8.アヤカシ来たりて。
それは確かな違和感。
ずしりと纏わり付くような重い気配。気管を直接締め付けられるような息苦しさが、自分の身体が緊張していることを伝える。
久人は懐中電灯を握り締めて、彼女、椿の足元を照らす。昼に感じた違和は、今はない。
次いで天井や壁際の暗がりがうずくまる角にライトを走らせる。──いない。
「ひ、久人……?」
突然ちょろちょろと光を動かす久人に、友人が当惑しきった顔を向ける。
クラスメイト達も青ざめた顔で久人を見上げてきた。
「お、おい藤村、なにしてんだよ……?」
「さっきの、まだいるわけ……?」
「……」
迂闊なことは言えない。どうやら彼らは、なにも感じていないようだから。
久人ひとりの思い違いならいい。
だが。
「なにしてるのよ。早く出て行きなさいって言ってるでしょ?」
苛々と椿が脚を鳴らす。
彼女は──気付いている。
久人が口を開こうとした途端、風を切る、感覚がした。
そして同時に、けたたましい音を立てて窓ガラスが1枚、粉々に砕けた。
「きゃあぁああっ!!」
「う、嘘だろ?! マジで?!」
砕けた破片は、けれど久人達を襲わない。外側にほとんどが散ったようだ。つまり。
(逃げた……もしくは、足場にした)
心臓が早鐘のように脈打つ。どうしたらいい。危険だと、判っているのに身体が動かない。
クラスメイト達は、床にへたり込んですらいる。
相手が人間であろうとお化けであろうと、既に関係ない。
恐怖を抱いた時点でお化けは存在し、そして現実に窓ガラスは割れた。
強風の所為にするには、今夜の天気は穏やか過ぎる。
「派手にやってくれるわね……」
椿が呟くのが聞こえた。
咄嗟に彼女の方を見ると、目が合った──気が、した。
彼女は長い髪に弧を描かせると、「シャクヤ」と呪文のような言葉を紡いで、とん、と床を一度踏み付けた。
空気が、更に密度を増したような心地がする。
けれどその中で、椿の動きだけが軽くて鋭い。
「そんなとこで寝るくらいなら、さっさと帰りなさい!」
彼女の叱咤に、呪縛が解ける。我に返った彼らは、転がるようにして廊下を駆け出した。
そしてそれは久人も同じで。
久人は気付けば、彼女の細い二の腕を掴んでいた。
窓から差し込んだ月明かりに、椿がさっきの友人ととてもよく似た表情をするのが判った。
「な、なにするのよ。放して。あんたもさっさと帰りなさい、邪魔よ」
「君も、だ」
初めて真っ直ぐに彼女の目を見た気がする。
「あ──あたしはいいのよ」
「たぶん、危ない」
「っ、判ってる! あたしはッ──!」
「ッ?!」
彼女が何かを叫ぼうとしたそのとき、久人の背後の窓が再び割れた。
今度は大量の破片が、背中に当たるのを感じた。