6.迫りくる異常の気配。
今日はお休みなので、続けてもう一話!
「かい潜って、ね……」
昼の間に鍵を開けておいた窓から侵入して、堂々と廊下を進んでいくクラスメイト達を追いつつ、久人は天井の隅で赤く点灯する小さな機械を見上げた。
監視カメラ。
防犯のためだと、至るところに設置されているそれは、宿直の警備が寛ぐ警備室のモニターに繋がっているはずだ。
(見付かるまで数分、かな)
おそらく前を行く彼らが目当ての流星群を見ることは叶わないだろう。
いや、友人の言いぶりからすると、夜の学校に侵入することこそ醍醐味、というように聞こえた。なら一応の目的は達成しているのか。
淡々と今の状況を考察しながら、久人は大人しく彼らの後ろを歩く。
懐中電灯を無駄にちらちらと動かしながら進む彼らは、楽しそうだ。
「俺さー、あの非常灯の緑の光が怖くってさー」
「あっあたしもー!」
「なぁ、このまま行ったら生物室の前通るんじゃねぇ?」
「えーうっそ、人体模型?」
「……」
正直、ついていけない。
本当の目的は流星群でも夜の学校でもなく、お化けとやらを見ることなのだろうか。
(深夜に、怪談スポット……)
彼女と同じだ。
だが、昨日の昼間に初めて真正面から向かい合ったあの彼女が──久人はほとんど視線を落としていたが──、前を行く彼らのように好奇心を剥き出しにして薄暗いビルを歩く姿は、想像がつかなかった。
つらつらとそんな取り留めもないことを考えていた久人の視界の端を、なにか黒い影がよぎった。
「……ん?」
「えッなになに?!」
「なんかいる?!」
喉を鳴らしただけの久人の呟きに、前を行くクラスメイト達が過剰に反応する。きちんと『お化けセンサー』として久人の存在は覚えてもらっていたようだ。
嬉しくはないが。
「な、なぁ、なんかいたのか?」
「……いたような気がしたけど、」
「いやぁっ! もう帰ろうよォ!」
「ねずみ、かな」
久人の推測に、さっきまで青ざめていた彼らの表情が一変する。呆れ、面白くない、そして軽い怒り。
「っんだよ! ビビらせんなよ!」
「あーもー有り得なーいっ」
そもそも久人はひと言もお化けが見えるなんて言っていないのに、酷い扱いだ。
腹の底に納得のいかない黒くて重い靄のようなものが貯まって、少しの意趣返しをしてやろうと思った。
「学校にねずみ。まぁ、……不自然だけど」
久人の住む地元にあるような、今時木造校舎の学校ならまだしも、街の中心部に建つ監視カメラさえ設備された私立のそこに、ねずみがいるとは考えにくい。
彼らもそのことに気付いたらしい。今度は喚くことも忘れて、せっかく取り戻した血色を再び失った。
「お、おい、」
「……マジ?」
及び腰になるクラスメイト達を黙って見遣って、それから久人は来たばかりの廊下の奥に視線を移す。
(……おかしい)
これだけ無防備に騒いでいるというのに、警備が来る気配がない。
影についても、久人自身は最初からねずみだなんて思っていない。何故ならそれは、どぶねずみにしたって大き過ぎた。
彼らが本当に帰ろうと言い出すことを期待して振り向くと、クラスメイト達は青い顔で久人を見ていた。
(……あ)
お化けを、目で追っているとでも思われたようだ。
ここまで追い詰めるつもりはなかった。多少の罪悪感を感じながら、仕方なく久人は言うよりなかった。
「……俺の気の所為かもだし。さっさと見て帰ろうぜ」