5.少女は鬼と見張りをす。
寝すぎて頭が痛い……。
「ほんと、最近の男は腰抜けばっかりなのね」
静かな空間にソプラノの声が響く。それほど広くもない空間にあるのは、一つの金属製のデスクと、その前に並べられた三つの椅子。その一つの椅子に腰掛け、すらりと長い足を組んでいるのは椿だ。
椿は、高級料亭から取り寄せたのかという出来の料理が詰められた重箱をテーブルに広げ、それらに舌鼓を打ちながら頭上にあるものを見上げる。
椿の頭上には、十にも及ぶモニターが並んでいた。そのモニターの一つ一つには、教室や廊下、職員室などの様子が映し出されている。椿が陣取っているここは、椿が通う学校の警備を担う守衛室だ。しかしそこには、椿の他に本来ならいてしかるべき警備員は一人もいない。
ここが静かなのはそれだけではない。時計の針はすでに日付がもうすぐ変わるというところまで来ており、窓の外に見える空には夜の帳が落ちていた。暗闇の中に沈む校舎は、生徒達で賑わう昼の姿とは打って変わって静寂に包まれていて、いっそ不気味といってもいいほどだ。
『お前と比べてやるな。その人間が哀れだ』
静寂を破るように返された声に、椿は眉を上げる。
椿の足元、黒い影からぬるりと現れたのは赤い爪。その爪は椿の重箱から卵焼きを一つさらい、それを楽しみにとっておいた椿はあっと声を上げる。怒りに任せて椿は自らの影を荒々しく踏みつけるが、その足を易々と交わして赤夜はその全体像を現す。赤銅色のその体躯は二メートルを越え、この空間ではあまりに窮屈そうだ。
「それって褒めてるの?」
『当たり前だ。お前ほど根性のある肝の据わった人間は見たことがない』
「……褒め言葉として取っといてあげるわ」
唇を尖らせながら、食事を終えた椿は手を合わせて箸を箸箱にしまう。そして、頬杖をついて再びモニターを見る。
低い笑い声を漏らしていた赤夜もつられるようにモニターを見るが、そこに映る映像は先ほどから全く変わらず、無人の空間だけが確認できる。
そもそもなぜ椿がここにいるのか。それは、ここに一人もいない警備員と関係していた。
曰く、『夜の校舎に化け物が出るために雇った警備員が三日と続かない』。そう警備会社に泣きつかれた学校側が対処に悩み、その化け物を退治してくれという依頼が椿の家に舞い込み、椿が赴いたという訳だ。
冒頭の椿の台詞は、化け物に怖気づいたという警備員に向けられたもの。学校側も椿の意見には大賛成だろうが、一人も警備員が続かないというのであれば、頭を悩ませるのも無理はない。
そうしてわざわざ椿が夜の警備室まで出向いてきたわけだが、校舎内は静かすぎるほどに静まり返っており、本当に化け物が出るのかどうか甚だ謎だ。かれこれ3時間以上モニターに向かい合っている椿の我慢も限界にまで達しようとしていた。
『もしかすると、この場所に飽いて他の場所へ移ったのかもしれんな』
「かもね……あと1時間だけ様子を見て、何もなければ引き揚げるわよ、赤夜」
頬杖を崩して、椿はテーブルに頭を乗せる。
赤夜は、腕を伸ばして椿の髪を撫ぜた。
『ああ、そうしよう。最近のお前は少し働きすぎで――』
途切れた言葉を怪訝に思い、椿は赤夜を見上げる。その赤夜は椿でなく、モニター画面に視線を注いでいた。つられるように椿もモニターを見やる。そして。
「……あいつら、一体何しに来たの」
鋭くなる椿の視線の先。
暗いモニター画面の一つに、数人の男女の姿があった。