4.少年と、おばけと、流星群と。
まだまだ短い文章ですが、次から徐々に長くなってきます……。
「なぁ、明日学校にこっそり夜まで残って、流星群見ようぜ」
そう言い出した男子の名前を、久人は覚えていない。ただ、金色に染めた髪は学内のどこで見掛けても目につく。
ぼんやりと久人は実験準備を進めながら、聞くともなしに後ろの席で交わされる会話を聞いた。隣に座った友人は顔までしっかりそちらに向けて、興味津々だ。
何年に1度とかいう流星群が、この地域で、そして肉眼で見られるらしい。
うきうきと友人が久人の白衣の袖を引く。お陰で薬液を少し零した。計り直しだ。
「なぁアレ、楽しそうだな。俺らもやんねぇ?」
「星が見たいなら、俺の家に来た方がたぶん良く見える」
久人の実家は片田舎の山に片足掛けたところにある。通学には1時間と少し掛かるが、その分空気はまだ綺麗で、空も広い。
だが友人は「ばっか!」と久人の頭を小突いた。また薬液を零す。
「夜の学校ってのがいいんだろーが!」
「警備がいる」
「だからそれをかい潜ってだな、」
「でも夜の学校って、お化けとかいるんじゃないのォ?」
後ろの席で、やはり久人が名前を知らない女子が、ひと際高い声で言う。
お化け。
あぁ、いるかもなぁ、とか、ンだよお前そんなの信じてんの、とか、違う方向にずれた話が広がっていく。
友人は相変わらず会話に入れて欲しそうにそっちを見たまま、「なぁ」と久人に話し掛けた。
「いんの? お化けって」
「いると思えば」
「マジ?!」
友人が上げた大声は、当然教師とクラスメイトの視線を釘付けにした。注意される友人を無視して、黙々と久人は実験を進める。
お化け、つまりは妖怪だと考えれば、それは人間の恐怖心が自然現象と融合してできたものだ。だから『いると思えばいる』。当たり前のことを言ったつもりだったが、どうも驚かせてしまったらしい。
「え、え、マジで? マジでお化けっていんの? 幽霊とか」
教師が黒板の前に戻った途端、友人が肩を寄せてくる。
久人は少し考える。例えば、菅原道真は人間でありながら死後に雷帝、つまり神になったし、紅葉姫などは人間でありながら鬼、つまり妖怪になった。
ひとの霊魂が神や妖怪になり得るということを認め、なおかつ妖怪の存在も許容するならば、霊魂、つまり幽霊の存在も認めることに、なる。
「いるんじゃないか」
どうでもいい結論ではあったが、順序立てて求めた答えならそうなのだろう。少なくとも、久人はそう思う。
「うっそォ! やだァ!」
けれど久人の答えに悲鳴を上げたのは、友人ではなく後ろに座っていた女子だった。
「聞いたァ? お化けっているんだって!」
「マジかよ! え、なに藤村もしかして見えたりすんの?」
「今ここ、なんかいる?」
大騒ぎになった。
もちろん、教師の注意が飛ぶ。何故か久人までいっしょくたに怒られた。とばっちりだ。
見えるはずがない。
見えていたら、おそらく寺である家にも居づらくて堪らないだろう。
(……あぁ、家が、寺だから)
だからみんな、久人の言葉に信憑性を覚えたのだろう。
軽い後悔はしたものの、取り消して済む問題では既になさそうだ。何故なら後ろの彼らは久人の話をもう聞く気はない。
「ねぇお化けいるんならやめようってェ」
「大丈夫だって!」
「そうだよ、それなら藤村についてきてもらえばいんじゃねぇの?」
冗談じゃない。
断ろうとした久人を押し退けて、友人が目を輝かせた。
「なっ、それ、俺も行っていい?」
……とばっちりだ。