2.少年は少女に邂逅す。
リレー初期。この頃はまだ一話が短かった(遠い目)
彼女は、有名だった。
人形のような整い過ぎたその容貌で。
常に学年でもトップクラスのその成績で。
幼い頃からの武勇伝──もとい、その凶暴さで。
そして、一切の妥協をもすることなき、その高慢さで。
校内で彼女の名を聞かない日は、ほとんどないと言っても過言ではない。
だが、だからと言って、全校生徒が彼女に興味があるのかと言ったら、そうではない。その代表格が、久人だった。
彼女ばかりではない。
久人は基本的に、誰にも興味はない。
寺の息子として生まれて、否応なしに他の子供と一線を画して育てられた久人にとって、他者とどのように関わっていけば良いのかが今ひとつ判らない、というのが正直なところだ。
「久人ー」
それでも、どこにでもそれなりに構ってくれる奴というのはいて、なんとかやり過ごしてきている。
いつでも明るい表情の友人は、手に抱えた教科書と白衣を久人に見せた。
「ん」
「次、化学室だろ。行こうぜ」
「ん」
促されて立ち上がる。
廊下に出たとき、「そーだ」と友人が声を上げた。
「またやったらしいぜ、椿姫」
「……」
彼女の、あだ名。
話を聞いていくと、今度は昨夜、夜の廃屋に入って行くのを見た者がいるのだという。
そこは幽霊が出るとか呪われてるとか、つまりちょっとした怪談スポットになっている場所だったから、幽霊すらも従えに行ったんじゃないかとか、そんな尾鰭が既についていた。
「……へぇ」
「すげぇよな、姫! マジ真似できねぇよ!」
「前、前」
夢中になって話す友人の前には、件の彼女が仁王立ちで君臨していた。口には強者、または王者の笑み。
腕を組んで、顎を上げる恰好すら様になっている。
「や、やあ、椿サン」
「楽しそうね、なんの話?」
完全に蛇に睨まれた蛙状態の友人が、必死に視線で助けを求めてくる。
だが哀しいかな、基本的に久人は他者に興味がない。そもそも自業自得であって、彼女の気持ちを考えれば怒られておくのもひとつだろう。
ふいと視線を逸らした、そのとき。
彼女の細い足元から延びる、やはり細い影。
「……動いた?」
「えっ?」
「あ?」
今、確かに影が動いたように見えた。
そんなはずはない。彼女は動いていないし、風も吹いていないのに。
そうは思うが、久人が彼女の影から目を離せないでいると、彼女が弾かれるようにして身体の向きを変えた。当たり前のように、影も彼女についていく。
「……なによ。なにかいたの?」
「あ……いや、」
そんな莫迦な話はない。
久人が言い淀むと、彼女は──椿は大きな目で久人を睨んで、そのまま長い髪を翻し、立ち去った。
「助かったぁ……!」
安堵の息を長く吐き出す友人をスルーして、久人は椿とその影を見送った。