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鬼影  作者: 森風 しゅん
15/16

15.被害者はかく語りき。

本日初!購入側としてSCC参戦しました!! めちゃ楽しかった!!

椿は激怒していた。

その怒りはオーラとなって滲み出しており、道行く人がわざわざ椿を避けて通るほどだった。


同じくそのオーラが及ぶ範囲からなんとか逃れようとしているものが一人。


けれど、離れることも出来ないのか、その人物――名を、佐原という――は、両手で二つの鞄を抱えながら憔悴した顔で歩いていた。


「なぁ……椿姫、何をそんなに怒ってんの……?」


椿は背後からかけられた声に、腕組みをして振り返る。


「あの馬鹿が、このあたしの行為を無碍にしたからよ!」


 ふんっと、鼻息も荒くそう言い捨てると、椿はまた歩き始める。佐原はため息をつきながらも、その後ろをついて歩いた。


 そもそも、なぜこの二人が共にいるのか、それはつい2時間ほど前まで時を遡る。


 あの学校での一夜から、土日と休日を挟んでも押さえきれぬ怒りをぶつけてやろうと、椿は藤村久人に会いに教室を訪れた。しかし、そこに奴の姿はなく、聞けば風邪を引いて休んでいるとのこと。それを聞いてもなお苛立ちは収まらず、自業自得だとまで思っていた椿は、誰か捕まえて藤村久人の家まで乗り込もうと考えていた。


 そんな中見つけたのが、生徒達の中でも真っ先に椿から目を背けた、この佐原という男だった。なんだか見覚えがあると思ったら、金曜日の夜に藤村久人と共に学校に忍び込んでいた奴だ。

 その佐原という男、椿が声をかける前にぶるぶると震えだし、椿が何かを尋ねる前に急に泣き出したものだからさしもの椿も驚いた。

『お、おれ。あいつを置いて逃げちゃったんだ。俺があいつを誘ったのに、あいつ、乗り気じゃなかったのに!』

 そう言っておいおいと泣く佐原を見て、周囲の生徒達がざわめきたち、椿は大変居心地の悪い思いをした。どうやらこの馬鹿、あのぼんやりとした藤村久人を置いて逃げてしまったことを悔やんでいるらしい。

 しかしまぁ、はっきり言ってそんなことは椿には全く関係ないので、無視して久人の住所のみを聞き出そうとしたら、


『俺も連れてってくれ!』


 と引っ付いて縋りついて来る始末。何度か拳骨を落としてやったが、佐原という男のタフさは人並み以上で、疲れた椿は仕方なく荷物持ちとして連れて行くことにした。――そうして今に至る。


「……で、でさ、椿姫がすんごく怒ってるのはわかったけど、久人に会って姫どうするつもり?」


 恐る恐る、というのがこれほど分かりやすい奴もいないな、などと考えながら、椿は目の前の横断歩道の信号が赤になったのを見て足を止める。


「そんなの決まってるじゃない。あいつを一発殴る」

「えぇ、なんでっ!?」

「だから言ったでしょ。あたしの行為を無碍にしたからよ」

「でもあいつ、病人だぞっ!!」


 それまで弱気だった佐原が、急に眉を吊り上げて椿に噛み付いてくる。……腰は完全に引けているが。

 椿は風にはためく髪をおさえつけて、佐原を一瞥する。


「嫌だったらついて来なくていいのよ。あたしはあいつを一発殴れればそれでいいの。あんたに付き合ってもらわなきゃならない理由はないわ」

 

 一人で藤村久人に会えるのか?と目だけで問いかけると、佐原は目を伏せてふるふると震え始める。


「や……やっぱり、あいつ……怒ってるよ、な? 俺、謝りたいけど……許してもらえないよな……」


 その瞳に盛り上がってきたのは水の波。それはきっともう間もなく粒となってあふれ出すだろう。

 しかしながら、椿がそれを見て覚えたのは同情でなく、苛立ちだった。何度も言っているように、椿の導火線はあってないようなもの。すぐに苛立ちは怒りへと様変わりした。


 そして椿が採った手段とは――いわずもがな、拳である。


 がっつん、と辺りに響くような鈍い音を立てて椿の拳は佐原の頭に落とされた。


「いってええっ!!」


 その威力の餌食になった佐原は頭を押さえて、その場に蹲った。

 一方の椿は清清しい気分になって、佐原を見下ろす。そして、眉を吊り上げて人差し指を佐原の鼻先につきつけた。


「いいっ!? 普通の人間はまず、危機的状況に陥ったらまず何を置いても逃避に入るわ。それが身を守る最良の術だからよ。それは本能と言っても過言じゃないわ! だから、あんな状況で他人のこと考えるっていうのは、頭のねじが何本か吹っ飛んでるのよ!」


 どこかのタケノコ男が聞いたらひどいなぁ、とでも呟きそうな暴言である。

 その迫力に押されつつ、それでも佐原は納得出来ないでいるようだ。


「で、でも、でもさ……」

「でももへちまもないっ! あんたが取った行動は別に変でもなんでもないわ!」


 これ以上の会話は無駄だと佐原に背を向けた。だが、佐原が言ってもしょうがない言葉をなお続けようとするのを感じ取って、椿は先を制す。


――だけど、と。


「だけど――あんたが、それでも納得できないって言うんなら。それなら、今度あいつが危ない目に会ったとき、あいつを担いでから逃げるくらいの覚悟を持ちなさい」


 目の前の信号が青になったのを見て、椿は歩き出す。

 その背後から慌てたような足音がついてくる。


 隣に並んだ佐原の顔は、それまでのものとは打って変わって晴れやかなものになっていた。


「ありがと、姫。椿姫って、結構優しいんだな」


 なるほど、もう一度拳をもらいたいらしい。椿は右手を固めて持ち上げる。その威力を身をもって知っている佐原は、すぐさま顔を青ざめさせて後ろに跳び退った。


「ぼ、ぼ、ぼ、暴力反対っ!!」


 持っていた鞄を盾にして、椿の拳を防ごうとする佐原。椿は気が削がれて拳を解き、目の前の坂を上り始めた。

 後ろから、安堵に息をつく佐原がついてくるが、流石に隣に立つのは危険だと学んだのか、右斜め後ろの位置を確保していた。しかし、口の方はどうも学習能力がないようだ。飽きずに椿に声をかけてくる。


「でさ、椿姫はどうやって久人と仲良くなったんだ?」


 聞き捨てならない言葉を聞いて、椿はぐるん、と音でもしそうな勢いで佐原を振り向いた。


「はぁ!? どこをどうやったらあいつと仲良いなんてことになんのよ! 仲良くないわよ!」

「え、そうなの?」

『そうなのか?』


 きょとんと椿を見返す佐原に、それまで沈黙を貫いていたはずの赤夜までも便乗してきた。心底ムカついて椿は足元の影を踏みにじるが、赤夜の気配は全く堪えていない。


「そうよっっ!! 何か異論があるの!?」


噛み付く椿にへっぴり腰になりながら、それでも口の減らないのが佐原という男のようだ。


「い、いや……異論って言うか、なんか二人、どっか似てるような気がしてさ。仲良くなっても不思議じゃないかなって」

「似てる?」



 思わず足を止めた椿に、佐原も足を止めて真っ直ぐに椿を見返してくる。


「二人とも、俺たちとは違う世界の中にいるみたいに思えるときがあるからさ」


 確信している、とでも言える様に断言した佐原に、椿はその場に立ち尽くした。目の前を舞う木の葉も、周囲を包む雑踏も何もかもが遠のいて、ただ佐原の言葉だけが何度も椿の脳裏で木霊していた。


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