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鬼影  作者: 森風 しゅん
11/16

11.同じ世界が見えるなら、

お盆も本日で終わりですね。そんなこんなでこのお話の起・承が終わりかな?


「赤夜」


 椿の一言で、紅い爪が一閃する。

 その斬撃を受けたアヤカシが大量の血を流しながら床に落ちた。


 それを一瞥し、椿はたんっと軽く床を蹴る。同時に、赤夜の手がアヤカシの身体を捉え、椿の影の中に沈めていく。こうして、椿はアヤカシを自らの影に封じ、従えるのだ。


 しかし、椿の関心は捉えたアヤカシではなく、違うものに向けられていた。


 椿は、砕け散ったガラス片や机、潰れた椅子などの残骸の中を気にすることなく歩き、教室を出る。

 その椿に続いて教室を出た赤夜は、椿の進む方向に眉を寄せて声をかけた。


『おい、椿。どこへ行く? こちらはあの小僧がいた場所とは違う方向だぞ。まさか、置いていく気か?』


 しかし、椿は赤夜の問いを無視して駆け出した。こうなると椿は頑として口を開かないということをよく知っている赤夜は、諦めたのか黙って影の中に身を潜めた。


 赤夜の問いが来ないことに安心した椿は、階段を二段飛ばしで駆け下りて目的の場所を目指す。角を曲がり、いくらか走ったところでようやく椿は目的地に辿りついた。


『……なるほど』


 そこにかかるプレートを見て、椿の影の中から赤夜が納得したように呟いた。

 プレートには、「保健室」と書かれていた。



 片手に抱えた荷物を持ち直して、椿は先ほどの男が待つ教室に足早に向かっていた。そんな椿の頭の中を占めているのは、先ほどの男のことだった。


 アヤカシに対峙したときのあの男の反応。

 それを見たとき、椿はあの男がアヤカシを感じ取れるのだと知って、感動と落胆を同時に覚えていた。


 椿はずっと、自分と同じ世界が見える人間を探していた。しかし、探せど探せど見つからず、いつしか探すことも求めることも諦め始めていた。だからこそ、あの男が何らかの力を持っているのかもしれないと赤夜が言ったとき、椿は否定こそしたけれど。心の奥底では、期待が膨れ上がるのを止められなかった。


 だからこそ、あの男の反応を見たときに、アヤカシを感じ取れるのだという「感動」と、けれどアヤカシを視ることは出来ないのだという「落胆」が生まれたのだ。


 それでも、そんな未確定の能力如何を差し引いてもなお、男は椿の関心を惹いていた。その行動をもって。


 アヤカシに遭遇した人間が取る行動は二つ。

 恐怖に慄きその場から逃げ出すか、自分の身の程も知らず無謀にもアヤカシに向かっていって、却って椿の足手まといになるだけか、だ。

 しかしあの男は、そのどちらでもなく、あの状況において男が取れる最善の方法を取った。

 椿は、今までそんな人間に出会ったことなどなかった。


――君の、帰りを待つ。怪我なく、戻って来てくれ。


 ……そんなことを言ってくれた人間など、今までひとりもいなかった。

 だから、なのだろうか。少しでも、……嬉しい、なんて思うのは。認めたくないけれど、椿は頬が赤くなるのを抑えられなかった。


 それをなんとか誤魔化そうと空いた片手で頬をさする。そうこうしている内に、椿はあの男が待っている教室の前に着いていた。途端に、なんだか胸の辺りが落ち着かなくなるような変な感じがして、なかなか体が動いてくれない。だが、それを振り切る勢いで教室の扉をスライドさせる。


 帰ったわよ、と声をかけようとして、椿は言葉を失う。教室内に視線を巡らせ、ついで扉にかけた指が真っ白になるほど力を込めた。

 ひくっと、口端を引きつらせ、椿は呟く。


「なぁるほど……結局口だけだったって訳ね」


 扉を開けた先の教室内は、がらんどうだった――誰の姿も、そこにはない。

 それを認めた瞬間、椿はついさっき、一瞬でもあの言葉を嬉しいなんて思ってしまった自分を葬りたい気持ちになった。いや、悪いのはあたしじゃない。 

 腹の底からこみ上げてくる怒りに歯止めをかけずに椿は叫んだ。


「あ……んの、タケノコ野郎――っ!」

「誰それ」


 突如後ろから聞こえた声に驚いて、思わず手に持っていたものを足の上に落としてしまう。


「~っ」


 荷物は足の指を直撃し、その尋常ならざる痛みに椿はその場に蹲った。


「……悪い、大丈夫か?」

「っ……、大丈夫なわけないでしょうが!! 急に声なんかかけないで! それにあんたっ、どこ行ってたのよ!」


 本当に心配しているのかと胸元を掴みたくなるほど抑揚のない男の声音に、椿は喚き散らす。

男はしばらく考え込む様子を見せ、椿の問いに丁寧に答えていった。


「本当はここでじっとしてた方がいいとは思ったんだけど、背中に刺さったガラスがちゃんと取れなくて水道で流しに行ったんだ。で、帰ってきたんだけど姫、俺が後ろにいるの気づかなくて。急に肩叩いたりしたらびっくりするかと思って声かけたんだけど……結局驚かせたみたいだな、ごめん」


 そういわれると確かに、男の服は水に湿っているようだった。それを見ると、何も後ろめいたものはないはずなのに椿はそれ以上何も言えなくなる。


 あっそう、と素っ気無く言って、椿は唇を尖らせた。


「君は?」


 突如降りてきた問いの、その内容が分からずに椿は顔を上げて男を見る。

 男の、感情に乏しそうな顔にわずかに浮かんでいるものは、心配。

 それが分かった瞬間、椿は考える間もなく応えていた。


「平気。問題は片付いたし、あたしは無傷よ」


 言うと、ほう、と男が一つ息をついた。

 なんだか居たたまれなくなった椿は、ふと足元のそれを思い出し、手に取って近くにあった椅子を指差した。


「あんた、そこに座んなさい」



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