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鬼影  作者: 森風 しゅん
10/16

10.名前を教えて。


 得体の知れないものに立ち向かわんとする、その姿勢。勇気か無謀かと言えば、おそらく彼女の場合は前者なのだろう。


 そしてまた、おそらく。

 彼女は『あれ』に、対抗する術を、持っているのだ。


「君、は」

 『あれ』を追い払えるのか?


 訊こうとした。やめた。訊いたところで、なにも変わらない。訊いたところで、久人にはなにもできず、彼女は──行くだろう。


「はっきり言いなさいよっ! 苛々させるわね!」


 眦を吊り上げて、椿が胸倉を捻り上げてくる。こっちは一応怪我をしているというのに、容赦ない。


(なんか……近所の猫みたい、だ)


 そんな場違いなことを考えたら、少しだけ笑えた。また睨まれた。

 やんわりと彼女の手を解き、チクチク背中に刺さっているガラス片がいい加減痛くて、着ていたカッターシャツを脱ぎ始めた久人に、けれど彼女の悲鳴が上がる。


「なっなっ! なにしてるのよ!」

「……痛い、から」


 そういえば椿──女の子がいたのだった。暗闇でいきなり相手が脱ぎ出したらそれは驚くだろう。

 久人は少し動きを止めて考えてから、


「……Tシャツ着てるし」


と、ひと言断りともつかない呟きを落として、もそもそとシャツを脱ぎ、机の上に放り投げた。少しは痛みもマシになった気がする。


 ほんの僅か、沈黙が降りる。

 遠いところで、再び窓の割れる音がした。ぱっと椿が顔をそちらに向ける。


「……行く?」

「っ、あたしだけよ。判ったでしょ、あんたは邪魔なのよ」

「うん」


 素直に応じると、椿は明らかに拍子抜け、という顔をした。

 だが、さすがにここで追い縋るほど久人も愚かではない。


 自分の長身は、彼女の盾くらいにならなるかもしれないが、彼女への壁になってしまう可能性も同じくらいにある。相手がなにか判らない以上、そして彼女の方が相手に詳しい以上、彼女に従うのが正しいのだろう。


「待ってる」

「なっ?! 莫迦ね、帰りなさいよ!」

「終電は過ぎた」

「ッ?!」


 椿が絶句する。友人の家に泊めてもらう予定だったから、仕方がない。

 それに、久人は怪我を負っていて──彼女についていくことはできない。


「君の、帰りを待つ。怪我なく、戻って来てくれ」


 女の子をひとりで行かせるしかないのに、その子が怪我なんてしたら、久人が恰好悪過ぎる。


 椿はひとしきり口の中でもごもご言ったあと、「……判ったわ」と言い捨てて、肩を翻した。


「いってらっしゃい、姫」

「行ってくる──ってなによあんたその呼び方?!」


 猫が全身の毛を逆立てた。

 ……じゃない、椿が赤やら青やらに顔色を目まぐるしく変化させて、再び久人の胸倉を掴んだ。


 だが久人の上背があるものだから、掴まれても全く苦しくないのが実状だ。


「ひとの下の名前を呼ぶのは慣れてないけど、君の苗字は、知らないから」

「~~ッ!!」


 椿は声にならない声を上げて久人を突き飛ばすと、結局苗字を教えないまま教室を飛び出して行った。




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