2話 ただいま
「さて、ここが私の家だよ」
少し古臭くボロい家がそこにあった。大きく、教会のような美しい建物であるが、蔦に絡まれ、蜘蛛の巣が少しある。埃も被っているようで、見た目では廃屋のようだ。
だけれども、そのステンドグラスのある扉からは、綺麗に磨き上げられた廊下と玄関が見えた。それに、隣にある大きな木の葉から漏れる木漏れ日が、その廃屋を神秘的に魅せていた。
ジェームスは、ボーッと眺めているユキにこっちだよ、と扉の中へ案内する。
「お、お邪魔します」
「違うよ。……今日からここが、君の家になるんだ」
ユキはジェームスの方を向いて、ちょっと照れくさいのか小さい声でこう言う。
「……た、ただいま」
「お帰り」
ジェームスは、そんな彼を笑顔で迎え入れた。
玄関で靴を脱ぎ、端に一つか二つ、穴の開いた廊下を少し進んでゆくと、ドタドタと幾つかの足音が聞こえてきた。ジェームスがただいまと言うと、その正体が姿を現した。
「おじいちゃんお帰りー!」
「お帰りー、ジェームスおじさん!」
「お帰りなさい!」
「お帰りー!」
「……お帰り」
元気に廊下を走って、ジェームスに飛びつくのは、中学生くらいの子から小学生までの子達であった。 ジェームスは、コラコラと言いつつ笑っている。だが、ユキはその状況について行けず、呆けるしかなかったようでボーッとしていた。
そんな彼を他所に、ジェームスは子供たちに彼を紹介した。
「みんな、よく聞いて。彼は今日からみんなの仲間だよ。そして、お手伝いさんでもある。でも、彼に頼ってばかりはダメだからね?」
『はーい』
「え?」
仲間だよという言葉に、少し戸惑う。ユキは仲間を持ったことがないのだ。彼が知らないだけかも知れないが……。
それを見たジェームスは、ユキにこう言った。
「ユキ、これから君はみんなのお兄さんだ。弟や妹達だと思って、仲良くしてやってくれないかな?」
ユキは、そう聞いて 、 曖昧な返事をした。その返事を合図に、子供達がユキに飛びつく。
「うわっ!な、何かな?」
「ねぇねえ、お兄さんはなんて名前なの?」
「え、えっと、僕は」
「どこから来たの?」
「あー、うんあのね」
「彼女いるのー?」
「いっつもそんな事ばかりしか聞かないんだから、黙ってて!」
まるでマシンガンの様に質問が飛び交う。当然、ユキは耳がいくつもある訳でも、ましてや聖徳太子の様に聞き分けることはできなかった。
あはは、と苦笑して視線でジェームスに助けを求める。ジェームスはニコニコと笑顔を浮かべて、手を叩いた。
「はい、そこまで。質問は一人ずつ後でしなさい。いいね?」
『はーい』
「あ、ありがとうございます」
来て早々、どっと疲れたように肩を落とすユキに、悪いねとジェームスは呟いた。
気を取り直し、まず名前から答えることにした。
「僕は、ユキっていうんだ。君達は?」
そう聞くと、まず小学生くらいの、この中では一番小さい女の子が答えた。
「えっとね、ルナって言うの!」
「ルナちゃんだね。ありがとう」
「えへへ」
そうニコニコしながら恥ずかしいのか、中学生ぐらいの子にくっつく。中学生ぐらいの子は頭を撫でながら、答えた。
「私はサナといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「家族なんだし、敬語やめろよー」
サナにそういったのは、小学生くらいの男の子だ。ユキは腕に何か刺青があるのに気づく。……だが、すぐにそれがシールだと理解した。
「へ、俺はルーイっつーんだ!よろしくな!」
「あぁ、よろしく」
「次、私ね!」
ルーイの元気良さにフッと微笑むユキ。次はルーイと同じくらいの年に見える、女の子だ。
「私はヴァイオレット。ルーイと同い年なの!」
「よろしくね」
そして、スッと手を挙げたのはユキと同い年くらいの子だった。ユキは、その子の目に視線があったところで、少し止まる。
髪は白く、整った顔に若干つり目な子だ。
「……」
「……え?」
何かを呟いたようだが、何も聞こえなかった。そこから、結構無口な子で、しゃべる声も小さい事が察せる。
ユキは少し見続け、次の言葉を待つ。すると、その子はそっぽを向いてしまった。
「あ、あれ?」
「リーン姉は恥ずかしがり屋さんで、他の人に見続けられると隠れちゃうの」
「……へぇー……」
そうヴァイオレットが言うと、リーンは両手で顔を隠し、後ろを向いてしまった。
ユキは、アハハと苦笑いをするとよろしくねと囁くように言ってあげた。リーンはそれに、コクリと頷くだけであったが……。
「さぁ、廊下で長話は止めて、取り敢えずリビングに移ろう。質問はそこでしておくれ」
『はーい』
「う、うわわっ!」
ルナとルーイがユキの手を引いて、リビングへと向かう。 少し長めの廊下を引っ張られながら歩くと、普通の教会とは違い、生活感のある部屋が扉のガラス越しに見えた。どうやらそこがリビングなのか、ルナは迷いなく開けた。
「ここがリビングだよ!ユキ兄!」
「んでんで、あっちがキッチンなんだぜ!」
ルナとルーイはどこか自慢げに教えていた。少し古めのスライド式のガラス戸のむこうに、ごく一般的なキッチンがある。
洗ったばかりの濡れた皿やコップが、緑のカゴに綺麗に並べてあった。そのカゴのとなりにシンクがあり、そのまたとなりにガスのコンロがある。そのどれもが旧世代のものだが、綺麗に使われていた。
ユキはおぉーと感嘆の声を漏らすだけである。初めて見たのだ。そのどれもが、どのようなものかは分かってはいない。
「とにかく、リビングに戻ろうよ!」
「そーだな、まだ聞いてないことがあるし」
リビングに戻る三人。ジェームスおじさんと他の三人も既に椅子に座っていた。リビングは広く洋風で、白いテーブルと少しふわりとした椅子がある。観葉植物が白い壁の中にしっかりと合っていた。
また、あるところから境に、和風な部屋へと繋がっていて、そちらの部屋にはこたつが置いてあった。その畳の部屋の隅に、テレビが置いてある。映しているのは全てアメリカのニュースであった。まぁ、ユキには理解し難いものばかりだが……。
「それじゃあー、ユキ兄はどこから来たの?」
ルナがそう聞いた。ユキは、複雑な顔をする。記憶がなく、そこら辺の道で目を覚ましたユキには、そこから来たとしか言えない。さて、どう説明したものかと悩むユキは、うーんと唸ってこう言った。
「僕には記憶がなくてね……。どこから来たか、自分でもわからないな」
「そうなの?」
「そう」
子供達がぼぅっとしている。どうやら、記憶がない人というのを、初めて見たのだろう。実感が湧いていないようだ。
その雰囲気が少し嫌になったユキは、それじゃあ、次は?と自ら聞いた。
「んじゃあ、彼女いるのー?」
「だから、止めなって!」
「彼女って?」
ユキはこの質問に関して少し気になっていた。彼女とは一体何なのか。もしくは、誰なのか。もしやもう一人、僕みたいな感じの女の子がいるのか?とか、考えていたのだ。
ユキの女の子バージョン。だが、当然いるはずがない。
「えー!恋人のことだよ?」
さっきまでこの質問が失礼だというかのような態度を取っていたルナが、驚いたのかそう聞いた。
「恋人……」
しかし、どこかその単語には覚えがあった。とても仲の良い異性同士の関係のことだ。記憶のないユキには、居ない。居たのかもしれない。だが、記憶に居ない。
先ほどと続けて複雑に思う。一体、僕は誰なのか。そもそも、僕の名は何なのか。ユキは考え、そして止めた。今は、いいだろう、と。
「で?どうなんだ?居るのか?」
「……居ないよ」
ユキは苦笑していった。その反応が悔しがっていると見えたのか、ルーイはニヤリと笑った。どうやら、質問はまだ続きそうである……。
誤字脱字誤文乱文御免!
発見次第、連絡をください。
感想も受け付けてます!
それと、この話以降は亀更新になるかもです。