赤軍 1
新興勢力・インペラトル――通称赤軍の間で妙な噂がある。“赤軍が危機に陥ったとき、時たま彗星のように現れる一人の赤軍の軍人が戦場を駆け巡る”というものだ。
目撃者の話ではパーカーを目深にかぶっているため性別は判断できず、かろうじて分かるのはその軍人が紺の袴を着用し、装飾の乏しい薙刀を使って戦うということだけ。パーカーは赤軍側が支給しているものと同一で、血に汚れるのを嫌って着込んでいると考えれば和服姿の赤軍軍人全員に当てはまる。赤軍を取り仕切る上官たちはその軍人を特定することができず、褒賞も階級も与えられない状況にあるという。
故に上官を含めすべての人が、その軍人を畏怖の念を込めて『赤夜叉』と呼んでいた。
赤軍の傘下に収まっている学び舎の裏手で、刃の部分に保護用の布をつけた、柄の部分に赤い大玉の数珠が巻きついた薙刀を振り回す少年がいた。
服装は奇抜で、薙刀で使われる稽古着の上から小さな汚れさえついてない赤いラインの入った白のパーカーを羽織っている。髪色は薄く、緑の瞳は目印にしている大木から反らされることはない。
この少年、名を荻原郁といい、赤軍の一般部隊に所属する二年生である。元々は救護班で負傷した仲間の手当てをしていたのだが、一年次の終わりに起きた戦闘で救護支部が他軍に襲われた際に仲間を守るために刃を振るい、それが運よく撃破につながったため上官たちの目に留まり昇級時に一般部隊に転属されたのである。配属当初から元は非戦闘員だからと一人練習に励み、それが他の軍人の心を動かしたのかたまに手合わせをしてくれる。しかし戦闘力はやはり人並みと評価されていて、上官からはもっと精を出すようにと言われている。
そうして今日も一人練習をしていた郁だったが、ふと手を止めて一つ息を吐くと、刃を保護していた布を取って近くの植木を薙ぎ払った。
「ぎゃあ!!」
悲鳴と共に、刈られた植木の間から小柄な人影が出てくる。オレンジ色のパーカーのフードをかぶり、その上から白基調のブレザーを着込んでいた人影は、がたがたと震えながら涙に濡れた顔を郁に向けた。
「せ、先輩! 僕様を殺す気ですか!!」
「前々から言ってますけど、隠れ方が下手なんですよ。一般部隊員の俺でも分かるんですから相当です。そんな隠れ方ではすぐ見つかりますよ」
「だだだ、だからといって何も刃を向けなくてもいいじゃないですか!!」
座り込んでぎゃんぎゃんわめく人影――諜報部隊に属する一年生・佐渡巡に、郁は冷たい微笑みを向ける。
「戦場ではそんなこと言ってられないですよ? いつ命が奪われるか分からないんですから……特に巡、あなたのように他軍でスパイ活動をしている人間は一番疑われやすいんですから」
「大丈夫ですよ! この佐渡巡、一度だって正体を見破られたことなんてないんですから!」
得意げに胸を反らす巡の首元に、郁は薙刀の切っ先を静かに当てる。それだけで巡はおとなしくなり、上目づかいで郁を見つめる。
「先輩、もしかして僕様のこと嫌いですか?」
「まさか……大事な後輩くんをどうして嫌う必要があるんですか」
「だ、だって、他の人たちと明らかに態度違うじゃないですか! 差別です!」
郁は軽くため息をつき、しゃがみこんで薙刀を地面に寝かせると巡の右頬を思いっきりつねった。「痛い痛い!!」とわめく巡から手を離し、郁はにこりと作り笑いを浮かべる。
「それより、頼んでおいたことはやりましたか?」
「ばっちりです! ちゃんと相手方にも手紙を送っておきました!」
「……上出来です。案内してください」
そう言ってパーカーを脱ぎだした郁に、巡は薙刀をしまっていた袋を差し出す。それを受け取ると、郁は己の得物を今しがた脱いだそれと共に袋に入れて、今まで着ていたものとは違う――黒い彼岸花の刺繍が胸を飾っている赤いパーカーを羽織り、前のチャックを完全に閉めきってフードをかぶった。
「いつ見ても麗しいお姿ですね――赤夜叉サマ」
「……それ以上冷やかしたら、あなたも私の得物の餌食にしますよ?」
パーカーの隙間から覗く眼光の冷たさに、巡は委縮しつつも嬉しそうに微笑んでこちらですと先を歩き始めた。