その言葉の本当の意味を俺はまだ知らない
第1話です。
知りたいと思うことと、思い知ることは劇的に違う。
これは俺の主観だ。知りたいと思うその意欲は若者年長者共々すばらしいと思う。
何をするにも知ることから始めなければならない。知識にしろ、この現実にしろ。
だが、それでも偉い人は言うのだ。知っていいことと知らなくてもいいことがあるって。
その、知らなくてもいいことを知ってしまうこと。それが……思い知るということに当てはまる。
俺が住むこの柳山市、その市でも有数の進学校である柳山清新高校に俺は通っている。
俺――星野潤はごくごく普通の高校生だ。この学校での成績も特に優秀というわけでも、落ちこぼれでもない。中より若干上に位置する居心地のよさだ。
まぁ俺自身が満足していても、親はもっと上を目指せると言っているのだが。そんなやり取りにも特に不平不満を抱いていない。
学校の対人関係に対しても、スクールカーストの上位に属してはいないまでも、それなりの付き合いがあることは先に言っておこう。
別に学校の全員と仲良くなれるとは端から思っていない。それなりに話をして、気があった仲間と共に過ごせれば学生の内は許されることだろう。
容姿も特別整っているわけでもなく。真面目そうでツッコミが上手そうな顔と、もはやどういう顔だよとツッコミたくなるがそういう顔だと言われたことがある。あ、実際にツッコミいれちゃってるしね。
と、ここまではなんともつまらないことを口にしているなと思われても仕方ないだろう。そうだ。俺はつまらない人間なのだ。
だがけして中途半端な学生ではない。きちんと学校での己の役割は演じているつもりだ。その一つに……部活だ。
この学校は勉学はもちろん、学生の部活動にも力が入っている。一つの事に囚われない幅広い精神がどうたらと、入学式の日に校長が長ったらしく口にしていた。
なので俺はそれに乗っ取って。新聞部に入部した。
といってもこの学校の新聞部はけして栄えているとは言えない。俺が入部した時点で部員は五人。現在は卒業生が辞めてたったの三人だ。
俺と同級生が一人、そしてもうすぐ部活をやめてしまう先輩が一人。合わせて三人。
今日の放課後も、俺は週末のネタを探すための打ち合わせのため、部活に参加するのだった。
「星く~ん。今週末はどうする~?」
そうやる気なさげに話しかけてくる隣の女。
去年俺と一緒にこの部活に入部した同級生。名前は三羽蝶々という。割と立派そうな名前である。
同級生といってもよくあるパターンではない。言いたい事はあれだ、幼馴染とかじゃないというわけだ。憧れてなんていないけどね。
昔から寝ている俺を起こしに来てくれるとかじゃない。むしろ部室で疲れて寝ている俺を起こさずほっぽり出して帰るほど無責任な女だ。
こうおさげな髪型と眼鏡属性が相まって教科書とか読んでれば知的に見える賢そうな顔立ちなのだが、のっぺりとしためんどくさそうなしゃべり方をするためアホっぽい印象しか抱かない。
クラスの女子たちとの付き合いもそれなりにあり、こいつも俺と同じ、居心地の良い毎日を過ごしているずる賢いやつだ。
そんなこいつが新聞部に入った目的というのも、最初はこの学校に新しい風をとかやる気のあることを言っていたのだが、今では新聞部の器の小ささに飲み込まれ取材をめんどくさがるまでに堕ちた。
「どうするもこうするもないだろう。いつも通り街を徘徊して今度こそは目新しいネタをゲットするまでよ」
俺が極々当たり前のように、そして何変わらぬ明日に向かって目標めいた事を口にし自身のやる気をアピール。
だが蝶々はいつものようにあぁそうとしか返さないし、もうすぐ部活をやめてしまう部長の天野先輩も雑誌を被って椅子に横たわっていて偉いの一つも言いやしない。
この先輩は俺に対して、次の部長はお前だ星潤(俺へのあだ名)なんて言いながら、最後の雄姿の一つも見せずに毎日根腐っている。
「先輩。最後くらい先輩のいいところ見てみたいですな~」
「んあ~。俺は行動で存在を示さない。俺の存在自体が他者にやる気を与える」
「毎日寝てばかりで説得力のかけらもないんですがねぇ~」
俺がちょいと皮肉を言うと、それに対して慣れ切ったとばかりに軽く受け流す先輩。だめだこいつは。
ということで明日は俺と隣の女でネタ探しだ。というか毎週土曜はいつもこんな感じだ。
「つうわけで明日朝十一時にバーガー屋で落ちあう。遅刻するなら連絡は早めに」
「あ~い。あぁ先週私おごったんだから今週は星くんがおごってね」
「……仕方ない。これも部活間の規定という物だ」
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翌日。
もうすぐ夏に入り日に日に熱さが募る六月の末期。
待ち合わせ通り、蝶々と一緒にバーガー屋へ入る。
駅前にあるだけあって、学生の溜まり場となっているこのバーガー屋。
学生からすればハンバーガーは至高の贅沢品だと俺自身は思っている。安くて外食気分が味わえる。外食ってだけでもはや贅沢だ。
人におごられる食事というのも至高だが、おごる食事というのも自分の立場が高く見えてこれも至高だと思っている。中間で言う割勘だって、賢い感じがしていい。総合すると外食はいい。
と、余計な話は置いておき。このままだと単に昼飯を女子と食って終わりそうなので、ちゃんと部活の話をする。
「今日はどうする? 先週は街を歩き回って結局いつもの定番ネタ。公園での自然ってオチだったからな」
「そだね~。星くんはなんかこれといった欲望はないの?」
「欲望って……。そりゃまぁ、先輩ももうすぐ部活からいなくなっちまうわけだしなぁ。最後にめっちゃ人が食いつくくらい大きなネタが欲しいな」
「例えば……?」
「そうだな……。現実がかすんで見えてしまうくらい……でっけぇ事件とか」
そんな、学生の身分で危なっかしいことを口にする俺。
事件を見る側としての一方的な意見だ。だが事件の加害者になってしまう人の気持ちを考えたことがあるかと言われれば、複雑な気持ちだ。
この世の行い、傍観する側と当事者とでは大きな一線がある。
傍観者はあくまでも傍観者。下手に関わってはいけない。あくまでその舞台に対して、賛否を口にすることだけが唯一許されている。
それによってこの世界は動かされている。問題や事件という舞台に関わる人。それを傍観する観客。
それらを知り、感想を述べる人たちの心の底は、それは誰にも覗き暴けるものではない。
そう……当事者になってみないとわからないものだ。
「……事件なんて、起きないのが一番だよ」
「ま、結局はその一言でつきるわな。蝶々はいいこと言ったよ」
「そ、そっかね~」
そう、少し照れて蝶々は言った。
「ちょっとドリンクバー取ってくるわ。なにがいい?」
「したらカ○ピス」
「おう」
俺だって一人の男だ。女に無理に働かせはしない。
俺はドリンクバーへ足を運び、二人分のジュースをコップに注ぎ。
そして戻ろうと後ろを振り向いた、その時だった。
ぱしゃっ……!
「あっ……」
後ろを振り向いて席へ向かおうとした瞬間、誰かとぶつかってしまった。
しまった。深く注意をしていなかった。すぐに謝らないと……。
「す、すいません……」
と、相手の顔を見て謝ろうと……謝ろうと……。
って、相手の顔どこにあんの? 俺の目線には黒い壁しかない。
どんどん上を見上げて行くと、ようやく見つけた相手方の顔。
一言で。ごつい。つかでかい。身長2mはあるんじゃねぇかってくらいあらでかい。
これが世に言う巨人か。実際にいたんだなびっくらこいたよ。
「あ、あの……」
「いや、こちらこそすまなんだ。気にするな。それよりか……」
俺が立ちすくんでいると、その巨体は俺なんかよりも、後ろにいる誰かに向かって。
「姫。ちょっと床が濡れているんで気をつけてください」
と、後ろの誰かに向かって姫と口にした巨体。
その巨体で良くは見えないが……姫ってなんだろう。
だがその巨体のほかにも、男たちが数名何かを囲んでいるように見えた。
ざっと四~五人。モデルガンを担いだふくよかな男や、白い髪の小さい少年や、漫画に出てくる騎士のようなコスプレをした整った顔立ちの男や。
なんだこいつら。なんの集団だ……。
「あの、俺もう行ってもいいですか?」
「あぁすまない。今度は気をつけて通るが良い」
と、巨体に言われ俺は男たちの集団の横を通る。
その際に、ちらっとその集団に囲まれた姫の姿が垣間見えた。
黒の、綺麗なゴシックドレスを着飾った。腰まで伸びた綺麗なツインテールの。
見た感じ小学生~中学生くらいの、とても可愛い小さな女の子だった。
それが見えた瞬間。マジで店員さんを呼ぼうかと思ったよ。だってこんな小さな女の子が、変な男たちに囲まれて姫と湛えられているんだもの。
こいつら……絶対やばい奴らだと。俺の中の危険信号がエマージェンシーを出していた。
それと同時に、あぁこれネタにできるなと、新聞部魂も一緒に灯ったのも確かだが。
「……あなた」
チラ見した後、何も見てませんと言わんばかりに通り過ぎようとした俺に、その姫が話しかけてきたように感じた。
いや違うよな。こんな可愛い女の子が俺みたいな一高校生に話しかけるわけがない。
俺は聞き間違いだと思って通りすぎると、俺の方へ寄ってきて、もう一つ張った声で。
「……そこの真面目そうなあなた。ちょっと待ってください」
と、あきらかに俺だなとわかるように呼ばれてしまった。
敬語か。小さい子にしてはしっかりしているな。って俺と大した歳変わんないと思うけど。
「……お、俺?」
「はいそうです? 真面目そうだけど若干どこか抜けている。世界からすれば大した面白くもなさそうなあなたですよ?」
なんか余計な事言われている気がするんですけど……。
なんだこの女? なんかのアニメのキャラでも象ってんのか? やめろよ中学の時からそういうことやってたら高校生になってから絶対後悔するって。経験者は語る。俺だよ。
と、余計な話はおいておき、俺は関わりたくない気持ちMAXなまま、かといって無視したらそばにいるやばそうなやつらにやられるだろうとと思って嫌々答えた。
「な、なにかなお嬢ちゃん?」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
と、先ほどの巨体が急に俺に向かって叫ぶもんだから、思わずびびっちまったさ。
「な、なに!?」
「姫に向かってなんたる口のきき方! 天誅を下す!!」
と、天誅だなんて物騒なことを口にする巨体。
やめてよもう、変な奴オーラ全快じゃないですかやだー。俺もう関わっちゃいけない連中と関わっちゃったじゃないですかー。
あぁもう助けてよ。この世の警察仕事しろよ~。
「す、すいません……」
「いや構わないですよ。高校生なんてちょっと生意気なくらいがちょうどいいのですから」
と、その姫様はまるでこの人生を長く生きて来たかのような大きなもの言いでそう言った。
まぁ許してくれたようでなにより。俺こそ中学生はそれくらい大人ぶっている方が丁度いいと思うけどな。
「……して、なんのようですか?」
「いえいえ、ちょっとあなたを見た瞬間。タナトスの予言が私の心を貫いたので」
もうやめてくださ~い。俺確かにアニメとか好きな類の人間だけどそこまで痛くなった覚えはないよ~。
そんなかっこつけた台詞を真顔で言えるこの姫。あのさそういうキャラってのは二次元でこそ輝く物で三次元で口にされても寒気しか起きませんからね姫。
「そ、そうですか……」
「はい、なのであなたの申します」
そう、にっこりと天使の笑顔を俺に向けて。
その姫と呼ばれた少女は……歌声を発するかのようにこう口にした。
「――この私のために、全力で世界を救ってください☆」