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詰め襟・金髪・半裸・赤ん坊

「なんなんだ、お前ら」


 辛うじて出た言葉がそれだった。

 俺の目の前には依然として四人の人物が居て、期待を込めた目で俺を見ていた。

 その四人の八つの目は、俺が言葉を発すると期待と不安から、安堵へと変わった。

 それが、何に対する期待で、何に対して安堵したのかは全く分からなかった。


「ホンマに見えるんか?ワイらのこと。

 ワイらやぞ、このワイらやぞ!ワイらのこと見えるちゅうんか?」


 俺に馬乗りしていたチンピラ風の男性が、顔を近づけて何度も訪ねてきた。

 その迫力と恐怖に、俺は、コクと一度首を縦に振った。


「なんと……本当に僕達のことを見える人が居るなんて。

 こんな事を試しておきながら、俄には信じられません」


 詰め襟の少年、トビーが感無量といった風に天を仰ぐ。


「どういうこと?どういうこと?

 ねえ、どういうこと?」


 後ろの男性陣の反応に、俺の胸に立っていた赤ん坊がキョロキョロと後ろの三人の様子を伺っている。

 意外なことに、この赤ん坊は見た目こそ幼いが、その動作に幼子特有の危なっかしさはなく、まるで大人であるかのようだった。


「私達が、ちゃんと成仏出来るかも知れないってことさ」


 赤ん坊、リッシーの問いに答えたのは、バスタオル姿の女性、キリーだった。

 彼女の露わになった肩は、高揚かそれとも興奮か分からぬ物によって、小刻みに揺れていた。


 四人の反応は、それぞれ違ってはいたが、共通点はあった。それは、俺が彼等のことを"見える"ということに対する喜びだった。

 だが、四人がなにを喜んでいるのか、俺には分からなかった。と言うよりも、今の状況に理解できる要素など一つもなかった。

 まあしかし、人の慣れとは恐ろしいもので、一昨日から続く意味不明な出来事の連続のおかげで、俺はこの摩訶不思議な状況を目の前にしても、あまり動揺することはなかった。

 別に驚かなかったと言っているわけではない。動揺しなかったのだ。

 それだけ、俺の神経は図太くなっていたのだ。このわずか数日の間に。

 だから俺は、必要以上に慌てることなく、一度深呼吸した。

 そして、冷静な思考を持ってこう叫んだ。



「ドロボーーー!!!」



 建て付けの悪い南側の窓が俺の声によって、振動した。



♦♦♦♦♦



「いきなり大きな声を出すんで驚きましたよ。僕がとっさに霊結界を張っていなければ、今頃大騒ぎに成っていましたよ。

 まったく、こんな真夜中に大声を出すなんて、あなたは近所迷惑と言うものを考えないのですか?」


 詰め襟の少年、トビーが卓袱台を挟んで座っている俺にそう言った。

 真夜中に人の家に勝手に入ってきている奴にそんな事を言われて、酷く心外だった。


「俺の方からも聞きたいんだが、この状況は一体何なんだ?」


 この状況。

 今俺はこたつ布団を被った卓袱台に座っている。その正面にはトビーが。俺から見て右手にはアロハの金髪、ビッツが。俺から見て左手にはバスタオルの美人、キリーとキリーの膝にちょこんと座っている喋る赤ん坊、リッシーが座っていた。

 つまり、今俺は家に侵入してきた四人の身元不明者と一つのコタツに入っているのだった。


「そりゃ、自分が布団の中居ったらワイらが話しにくいからな」


 応えたのビッツだった。が、その内容は答えと呼ぶには余りにお粗末な物だった。


「だから、話ってのはなんなんだ?

 お金か?そんなものこのうちには無いぞ!」

「そうじゃないんですよ。あなたはどうやら、勘違いをしているようですが、僕達は泥棒ではありません」

「ああ、泥棒じゃないだろうね。お前等は強盗だ。俺を脅して金を取る気だろ!そうだろ!」


 俺はそう叫ぶと、この部屋唯一の出口、玄関に向かって駆け出した。

 一階に行けば大家のフミさんが居るそこまで行ければ、警察を呼べる。俺は、携帯を健一の家に忘れてきていたし、この部屋には固定電話がなかった。

 叫んでも誰も助けに来てくらない今、俺が求められる助けは、フミさんだけだった。


 だけど、俺は一階にたどり着くことは叶わなかった。いや、それ以前に、部屋から出ることさえままならなかった。

 何故なら、俺の体が石像にでも変わってしまったかのように、ピクりとも動かなくなってしまったからだ。


「だから、あまり突拍子のない行動をとるのは止めてくれませんか?

 僕達もノーリスクでこんな事をしているわけではないんです」


 全く動かない体に呆気にとられていた俺に話しかける声があった。

 トビーだった。

 トビーは、避難経路を示す看板のようなポーズをとった俺にゆっくりと近づくと、俺のうなじ辺りにふうと息を吹き掛けた。

 修学旅行で行った北海道の雪山の吹雪を思い出すほど冷たく凍えた風が、触れた場所から俺の体温を奪っていく。

 その息のおかげで、石のように固まっていた体は動くようになった。

 俺は、脱力して床に崩れ落ちた。凍りそうなくらい冷たくなった床は、それでもトビーの息よりは幾分暖かく感じられた。


「お前達は一体何なんだ」


 ここに至っては、流石に俺も異変を感じていた。この四人が泥棒などでも、まして強盗でもないことは分かっていた。

 それに、金縛りに遭っていたときから続く四人の会話の内容から大体の予想はついていた。

 だが、いやだからこそ、俺は口に出して直接訊ねたのだ。「お前達は何者なのか」と。


 その問に対するトビーの答えは、俺の予想通りだった。

 それは同時に、俺にとって最も悪い答えでもあった。



「僕達は幽霊です。それも、現世に未練を残した地縛霊です。

 僕達は、何もお金を取ろうとしてここへやってきたわけではありません。

 いえ、やってきた(.....)わけでもありません。僕達は初めからここに居たんです。

 なにせ、僕達はこの部屋のもと住人ですから。

 以前この部屋に住んでいたものとして、今の住人であるあなたに、一つお願いがあります。

 僕達を成仏させて頂けないでしょうか?」











少しだけ連載を休みます。

再開は来年の1月4日か5日を予定しております。

それでは、よいお年を。

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