目の前に突然四人の幽霊が現れた。
手が動かせない。足も、首も体のどこの部位も思い通りに動かせない。
目も開かないし、声も出せない。
ただ、何か重い物に押さえつけられている感覚だけ感じることが出来た。
「おいっ、トビー本当にコイツに頼むんか?
なんや頼りないし、景気悪いツラしとるぞコイツ」
声が聞こえてきた。
20代くらいの若い男性の声。その話し方には関西弁の訛りが混じっている。
って、え?人?
どういうことだ?なんでここに人が居るんだ?もしかして、泥棒?
「確かに頼りないですね。
ですが、今の僕たちには選択肢がありません。ビザが切れる前にどうしても未練を断ち切る必要がありますから」
「そうよ、ビッツ君。君はほんの三ヶ月前に死んだはかりの新人だから分からないでしょうけど、私達幽霊にとって未練というのはとても厄介なものなのよ。
それを断ち切るには、生きている人間に助けてもらうしかないの。
分かった?」
「そうだったんだ。わたち知らなかった。
でも、ビッツんも知らなかったんでしょ?わたちとおんなじー」
「なんやとリッシー。オムツの取れてへん赤ん坊と、大人のワイを一緒にすな」
会話の声を聞く限り、今俺の部屋には俺を除いて四人の人物が居る。
しかし、声だけでは何が起こっているのかさっぱり分からなかった。
俺は何とか目を開けようとしたが、強力接着剤でも塗られているかのように瞼は一ミリも開かなかった。
「みんな、抑えて抑えて。
今はとにかく、この少年に頼むしかないのですよ。
ただ問題は、この少年が僕達を見ることが出来るかどうかということです。
この少年が僕達の姿を見れないとなると、全ての計画は振り出しに戻ってしまいますから」
トビーと呼ばれていた人物の声に、ほかの三人は口を閉じた。
どうやら、このトビーという人物がリーダー格ようだ。だが、俺にはトビーの声がどう聞いても中学生のそれにしか聞こえなかった。
「そんじゃあ早速金縛りを解こか。
ワイもそろそら腕痛うなってきたさかいな」
関西弁のビッツと呼ばれていた男性の声がそう言ったかと思えば、次の瞬間、俺の体を抑えつけていた何かが一瞬で消えて無くなった。
まるで、重たい鉄鋼が雲に変わったかのような、そんな感覚だった。
その時必死に目を開こうとしていた俺は、余りに突然の事に力を抜く余裕がなく、目尻と目頭が痛くなるほど大きく目を見開いた。
これでもかと開いた俺の目に、四人の人物が飛び込んできた。
♦♦♦♦♦
四人。と一言で言ってもその容姿は様々だった。
まず、仰向けに眠っていた俺に馬乗りになっている男性が目に留まった。
男性は両手を突き出して俺を押さえ込むような姿勢をとっていた。どうやら、金縛りの正体はこの押さえ込みによるもののようだ。
男性は、某大人気漫画のサ○ヤ人の如き鮮やかな金色の髪をしていた。将来、必ず禿げることだろう。
男性の容姿について、特筆すべき点は他にもある。まず一つ目に両耳と鼻で光っている銀色の物体についてだ。この、見ているだけで痛々しい物体はピアスなのだろう。その辺の分野に精通しているわけではないので滅多なことは言えないが、そのピアスは素人目でも高価な物ではないと分かる代物だった。
その次に目を引いたのは、南国を思わせるピンクの派手なシャツだった。俺は、ファッションに全く興味がないので、それがアロハシャツと呼ばれる物なのか、かりゆしと呼ばれる物なのか、区別が付かなかった。
ただ、一目見ただけで関わり合いになりたくないタイプの人種だと分かった。
巫美里のボディーガード兼運転手である黒岩さんが"ヤ"の付く自由業の方に見えたのとは違い、この男性は"チ"の付くフリーターに見えた。
さっきの会話の流れから察するに、この男性がビッツなのだろう。
次に目に留まったのは、俺から見てビッツの左後ろに立っていた女性だった。
この女性は、ある意味ビッツよりも目を惹いた。何故なら、彼女がバスタオル一枚の半裸で佇んでいたからだ。
いや、その露出の割合から見れば、"半裸"という言葉は些か大袈裟かも知れない。
彼女は、温泉リポートをする女子アナのように、一分の隙間なくバスタオルを体に巻いていた。
だが、いくら露出が少ないとは言え、入浴施設でもない場所でその姿を見るのは、思春期真っ只中の俺にとっては刺激が強すぎた。
大人びた立ち姿はビッツより幾らか年上に見えたが、それでも三十路には程遠いだろう。
整った顔立ちで、猫のような目をしている。髪の毛は短く揃えられていて、清潔感があった。
その顔には疲労の陰りが見えたが、それでも十分に美人な人だった。
この女性は、キリーと呼ばれていた人物と考えて間違いないだろう。
キリーを直視出来なくなった俺が視線を右に振ると、そこには真っ黒な生地の詰め襟を来た真面目そうな少年が立っていた。
少年は坊主とまではいかないものの、短く刈り揃えられた頭をしていて、眼鏡を掛けていた。
消去法的に考えて、彼はトビーと呼ばれていた人物だと思われる。
何というか、記憶に残りにくい地味目な少年だった。
俺は、そのさして特徴のない少年の観察を早々に切り上げ、残る一人の人物に目をやった。
俺は、その人物を誰よりも先に見つけていたのだが、どういうリアクションをとって良いのか分からず後回しにしていたのだ。
その人物は今、俺の胸の上に仁王立ちに立っている。
その事実だけでも驚愕に値するのだが、俺の驚きはそんなものではなかった。何故なら、その人物が、クレ○ンしんち○んの妹と同年代にしか見えない赤ん坊だったからだ。