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もう一つの家

 宮野春美さんの家は、高層マンションの一室だった。

 そのマンションの住人か、住人に許可を得た人しか通れないはずの玄関をフリーパスで通った俺達はエレベーターに乗り込んだ。

 どうして入れたのかと巫に訊ねると、


「だってここ、巫家の所有物だもの」


 という返事が返ってきた。

 知っているさ、こいつに俺の常識が通用しないことくらい。


 8階で止まったエレベーターを降りて、少し歩いたところにあった扉の前で巫は足を止めた。

 表札は白紙だった。

 巫は、今度は信雄氏の家の時とは違い黒岩に鍵を開けさせることはなかった。

 なぜなら、今度はちゃんとした鍵を持っていたからだ。


「マスターキーよ」


 俺の疑問を察知したのか、オレが問いかける前に巫がそう答えた。

 この時点で俺は巫の行動に驚くと言うことを忘れてしまっていた。

 巫はゆっくりと扉を開き部屋には行った。俺もその後に続く。

 春美さんの部屋は昼間だというのに薄暗かった。

 先ほどの信雄氏の家同様、部屋の奥には人の気配がない。

 だが、この部屋には言い知れぬ緊張感が漂っていた。その正体が何なのかは俺には分からなかった。

 部屋に入った巫は、なんの躊躇いもなく土足でフローリングの床に上がった。

 巫にとってこの部屋は、貸しているだけで自らの家の持ち物だという認識なのだろう。信雄氏の家より態度がぞんざいだ。

 

「おかしいわね」


 決して広くはない、それでも手狭という印象は受けない玄関を見渡して巫が低く抑えた声で言った。

 なにが?と目だけで問い返すと、巫がむっとした表情を見せ俺の足下に目線を向けた。

 そこには、乱雑に脱ぎ捨てられた靴が数足転がっている。


「この革靴、もしかしたら宮野信雄のものかもしれないわね」


 巫は、その中でも目立っていた高級そうな黒革のビジネスシューズを見ている。

 たしかに、その可能性は高いかもしれないと、俺はその時初めて考えた。

 確かこの家に住んでいるのは、宮野春美さんと若い俳優の二人だけだという話だった。

 若い俳優と専業主婦がサラリーマンが愛用するようなこの靴を履いているとは考えにくい。

 と、言うことは……


「私たちが居るってことはもう分かってるはずよね?

 誰か居るの?居るなら返事をしなさい」


 俺が考えるより先に巫が声を上げていた。

 前半は俺への問いかけ、そしてその問いの答えを待つことなく部屋の奥に呼びかけた。

 だが、返事は返ってこない。

 しかし、返事がなかっただけで反応が無かったわけではない。

 玄関から真っ直ぐ延びる廊下の先、磨り硝子の引き戸に仕切られた奥から「ううぅぅ」というくぐもった声が聞こえてきた。

 巫はとっさに俺の後ろに控えていた黒岩を見た。

 黒岩は、またも以心伝心を発揮し巫の話を聞くことなく行動を開始していた。

 黒岩はポケットから折り畳み式の携帯電話(所謂ガラケー)を取り出すとどこかへ電話をかけた。

 小さく押さえているが、通話から漏れ出た会話から応援要請をしているのだと分かった。

 どこの、どういう部隊に応援を求めているのかは……知らぬが仏のようなので聞かないでおく。

 黒岩が電話したのを確認すると、巫はゆっつくりと足を進めだした。

 応援が来るのなら今俺たちが動かなくてもいいのでは?とも思ったが、巫の険しい顔からその頭に最悪のシナリオが描かれているのを察して口を閉じた。

 俺は、何か武器になるものはないかと探して、靴箱の横に掛けてあった靴べらを握った。

 これで何か出来るわけでもないが、気休めの効果はあった。

 巫は十メートルもない廊下を慎重に進み声の聞こえた磨り硝子まで辿り着いた。

 巫はそこで一旦足を止めた。

 俺は神経を耳に集中させた。耳鳴りがしそうなほどの静寂の中で、確かに俺たち三人以外の息づかいのようなものが聞こえてくる。

 と、ここでしんがりに居た黒岩が俺を押し退けて巫の前にでた。

 声には出さないが、自分が切り込むという意思表示だろう。

 巫も素直に引き下がる。

 黒岩は扉に手を掛けると、空いている方の手を上げ指を三本立てた。二本、一本とそれを減らし、三本の指を折ったのと同時に扉を開き奥へ進入した。

 その時だった。


「来るなーーー!!」


 甲高いヒステリックな声が聞こえたかと思うと、グサッと鈍い音がした。

 何があったか分からず扉の奥をみると、そこに狼狽した顔の宮野さんが居た。

 次の瞬間、宮野さんの小さな顔に真っ赤な液体が飛びついた。

 それが、包丁で一突きにされた黒岩の腹から出たものだと頭が理解するのに数秒を要した。

 その数秒の内に、事態は大きく変化した。

 まず、怯えた目をした宮野さんが握っていた包丁から手を離しのろのろと後退した。

 その宮野さんに目の色を変えた巫が飛びかかり、腕を後ろに寄せるとどこからか取り出した拘束バンドで手首を止めた。

 この間わずかに五秒。

 俺はただ、その光景を現実離れしたドラマか何かの映像のように他人事の気分で眺めていた。

 俺の脳を現実に引き戻したのは、その脳の奥から聞こえてくる声だった。


(あ、あぶない)


 リッシーの戸惑い声に顔を上げると黒岩の熊のような巨体がゆっくりと倒れる最中だった。


「黒岩!」


 宮野さんを拘束した巫が、倒れた黒い影に駆け寄る。

 黒岩は、その巫を手で制し自らの腹に刺さった包丁を一気に引き抜いたら。

 「ふんっ」と気合いを入れた声と共に傷口からどっと鮮血が流れでる。

 巫がその傷口を必死に押さえる。

 黒岩は、苦しそうにしかし、必死になる巫の顔を少し嬉しそうに見つめながら、額には大量の脂汗を滲ませている。


「お嬢様、大丈夫です。もうすぐ、救護班も到着いたします。

 それよりも、あちらのお二人を……」


 弱々しい声を振り絞り、黒岩は巫の後ろを指さした。

 我に返った俺は、黒岩の指さす方に視線を動かした。

 そこにいたのは、ガムテープで体を何十にも拘束され、顔を内出血で紫色に変えた宮野夫妻の姿だった。












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