偽りの家族
黒岩の運転する車が止まったのは、閑静な住宅街にある大きな家の前だった。
巫の家には当然劣るが、それでも全国平均をダブルスコアで上回りそうな立派な家だ。
表札には宮野の文字が刻まれている。
(ねぇ、叶。さっき叶が言ってたことってホント?ホントにそんな事が起こっちゃうの?)
頭の奥から響いてくるリッシーの声は不安そうだ。俺自身も、極度の寒さと緊張で先程から体の震えが止まらなかった。
もしここに宮野さんがいたなら、俺の最悪のシナリオが当たってしまったことになる。
だが、ここに宮野さんが居なければ、俺はまた別の場所を探さなければならなくなる。
どちらにしても、いい結果だとは言えない。
だけど、どちらか片方を選べと言われたなら俺は直ぐに後者だと答えるだろう。
「何をしているの、早く降りなさい」
巫に催促されようやく車外へ出た俺は、大きく息を吸った。
一月の冷たいはずの空気は、今の俺には少し暖かく感じられた。
「ここで、合ってるの?」
疑った訳ではないが、一応確認すると巫が当たり前よと胸を張った。
「そうか、ここが……」
俺はもう一度、目の前の建物をしっかりと見た。
ここが、宮野さんが十年間孤独に暮らした二つの家のうちの一つなのだ。
ピンポーン
呼び鈴を鳴らしても、家から誰か出てくる気配はない。
と言うか、そもそもこの家からは人の気配が全くしなかった。
「おかしいわね。留守なのかしら?
黒岩!」
「はい、お嬢様。宮野法律事務所に問い合わせたところ、宮野信雄は本日出勤していないということです。
病院に訪れた形跡もありません」
巫が用件を言うまでもなく黒岩がすらすらと答えた。なんだ、この無駄な以心伝心は。
「そう。でも、せっかくここまで来たのだし、少し中を見ていきましょうか」
そう言うと、巫は何の躊躇もなく宮野家の門を飛び越えた。
この家の門は、巫家のものとは違い侵入者を防ぐには明らかに高さが不足している。
といっても、簡単に飛び越えれる高さでもないのだが。
「おいちょっと待て、今この家は留守かもしれないんだろ?
ってことは、鍵がかかってるんじゃないか。そんな家にどうやって入るって言うのさ」
「鍵がかかっているからなんだって言うの?
黒岩!」
巫が呼ぶと、黒ずくめの巨体が軽々と門を飛び越えた。
黒岩は、見た目にそぐはずかなり身軽だ。
「おいおいおい、まさか扉を壊すなんて言うんじゃないだろうな。
それはさすがにマズいぞ!犯罪だぞ!」
俺が声を上げたのと、ほぼ同時のタイミングでカチャという金属音が聞こえた。
見ると黒岩がドアノブの鍵穴に二本の針金を差し込んでいる。
「何言ってるのよ、そんな野蛮なことする訳ないじゃない。
いつまでそこに突っ立ってるのよ。早く入りなさい」
俺はただ、目の前で行われた犯罪行為にただただ呆然と立ち尽くしていた。
♦♦♦♦♦
結局、門の鍵を開けてもらった俺は、心を決めて家に一歩踏み入れた。
四畳ほどの玄関は白い大理石で出来ていて、油絵や花瓶、彫刻など高そうなものが飾られている。
その中に、俺は一枚の写真を見つけた。
「これって……」
ゴルフ場での一コマだろうか?一組の男女がグリーンをバックに笑顔でこちらを見ている。
俺はそこに写っている男性に見覚えがあった。宮野信雄氏だ。たが、傍らに写っている女性は信雄氏の妻春美さんではない。
この女性が、宮野さんが言っていた信雄氏と同棲しているホステスだろうか。
俺はその後玄関を一通り調べたが、宮野さんの写真は一枚もなかった。
俺が玄関を調べ終えると、リビングを調べていた巫が戻ってきた。
「だめね。やっぱり誰もいないみたいだわ。
ま、あなたの予想だからこうなるだろうとは思っていたんだけどね」
「ああそうかい。
ってか、この短時間で家の中全部探したのか?」
「私一人じゃないけどね。黒岩はまだ探してるわ。
でも、多分この家には誰もいないでしょうね。居るとすればもう一つの家じゃないかしら」
もう一つの家。
それは、宮野さんがひと月ごとに入れ替わりで暮らしていた母親の家。
宮野さんが家出する原因になった場所だ。
「そっちの場所も知ってるのか?」
「もちろん」
そう答えた巫の顔は、笑っているようだったけど、その奥に焦りの色がちらちらと見え隠れしていた。
多分、俺と同じ不安に駆られているのだろう。
ここに宮野さんが居なかった以上、あちらにいる可能性は必然的に高まる。
あちらの家に宮野さんが居た場合、最悪のシナリオは続行される。
ここで時間を消費してしまった分、残り時間はさらに減ったことになる。
(ねぇ叶大丈夫?さっきからずっと震えてるよ)
リッシーの不安そうな声が響く。
そうだ、残された時間が短いのは俺も同じだったんだ。
早くしなければ、俺の体も保たない。
(大丈夫、大丈夫だよ)
短く答えると、リッシーはしばらく沈黙した。
その間に俺は、もう一度黒岩の車に乗り込んだ。
リッシーがその言葉を発したのは、車が動き出してからだった。
(ねぇ叶、もしかしたら本当にもしかしたらなんだけどね、あたしさっきの場所知ってるかもしれない。
さっき、叶色んなもの触ってたでしょ?その時になんだか懐かしい感じがするときがあったの。
ねぇ、何でかな?)
俺は答えに窮した。
リッシーが感じた懐かしい感じ、それは前世に残してきた未練に近付いている証拠ではないだろうか?
だとしたら、やっぱりトビーの予想が当たっていることにある。
トビーの仮説が、俺の中で確信に変わった瞬間だった。
(もう少ししたら分かるんじゃないかな)
俺はそう答えて、震える体をバシッと叩いた。
俺がこんな所でくたばっちゃだめだ。俺に何が出来るか分からないけど、今ここで動かなきゃ後になって絶対に後悔する。
俺は、自分自身を奮い立たせた。




