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二十一年前の家族

 あれは、まだ夏の暑さが居座っていた九月の終わり頃のことだったと思います。

 あの家族がここに住み始めて、五ヶ月ほどが経過していました。

 この数ヶ月、家族の生活サイクルはだいたい決まったものになっていました。

 朝、父親が一番に起きるとまだ寝ている母親と赤ん坊を起こさないようにそっと作業着に着替え、どこかへ出かけていきます。

 その約一時間後、赤ん坊がお腹が空いたと泣き出します。

 その声を目覚まし代わりに母親が起きるのがいつもの朝の風景です。

 その後は、母親が赤ん坊をあやしながら家事をこなし、夕方になると買い出しに出かけくたびれて帰ってくる旦那を迎えます。

 そうして一日が終わり、次の一日に向け三人は眠りにつきます。

 余暇のない、切り詰められた生活を送りながらも、その頃はまだ家族に、活力がありました。

 しかし、三人の平穏な生活は突然終わりを告げるのでした。


 ドンドンドン


 ドアが壊れるのでは?と心配するほどの音を立て玄関のドアが揺れたのは、夕方まだ父親が帰っていない時間帯でした。

 ノックと呼べないような乱暴な音の合間から、複数の男の怒鳴り声が聞こえてきました。

 男はかなり興奮しているらしく、呂律が回っていなかったため何と言おうとしていたのかは正確には分かりませんでした。

 ただ、「借金」という単語が飛んでいたのは覚えています。

 怒鳴り声と大きな音に驚いた赤ん坊が泣き出すと、母親は赤ん坊を抱きかかえ部屋の隅に丸くなりました。

 その肩はぶるぶると小刻みに大きく揺れていました。

 そんな母親に抱かれたものだから、赤ん坊は泣き止むどころか、さらに大きな声を上げて泣き出しました。

 その声は、薄い天獄荘の壁を容易にくぐり抜け玄関の外にいる男達にも届いてしまいました。

 鳴き声を聞き、部屋に人が居ると分かった男達は強硬手段に打って出ました。部屋の扉を蹴り破ったのです。

 当時すでにぼろぼろだった天獄荘の扉は、屈強な男達の蹴りに耐えることが出来ず蝶番から外れてしまいました。

 僕は、その一部始終を、何もすることが出来ないままただ立ち尽くしてみていました。

 何度も言うように、あの当時の僕の存在はきわめて薄く、今のような特別な力は一つとして使うとこが出来ませんでした。

 と、言っても何をやったところで結果は同じだったでしょうが。


 部屋に入ってきたのは三人の男達でした。

 まだ幼さの残る顔をした派手な格好をした青年と厳つい顔をした三十代ほどの男性、そして、一番後ろに立っていたスキンヘッドにサングラスを掛けた男性の三人だった。

 男達は、何の断りもなく部屋に入ると母娘には目もくれず部屋の中を漁りはじめました。

 タンスの引き出しを乱暴に調べたり、押し入れの中をひっかき回したり、とにかくやりたい放題部屋の中を荒らしました。

 そして、ものの十分もそうするとすぐにそそくさと部屋を後にしました。

 当然、荒らした部屋の衣類や壊れたドアを直すことなく。


 これは、夫婦の会話の断片を聞いた僕の憶測ですが、どうやら夫婦は質の悪い消費者金融からお金を借りてしまっていたようでした。

 新生活の資金にと、数十万円を借りただけなのにその時には総額数百万円に跳ね上がっていたようです。

 三人の男たちは、その消費者金融に雇われた取り立て屋だったのです。

 男たちが来た日から、家族から笑顔が失われました。

 それまででも、ギリギリだった生活がその日を境に立ちゆかなくなったのです。

 その時の夫婦の顔は、それまでの他の住人たちと同じように起きることに絶望を感じていました。

 目からは希望の光が消え、薄く開いた口からは細い呼吸が漏れるだけ、動きに覇気がなくやる気なさげにぼーっと壁の一点を見つめている。

 赤ん坊はそんな事お構いなしに声を上げますが、夫婦はそれをあやすこともせずただ声も上げずに涙を流していました。


 その家族が自殺を図ったのは、それから二日後のことでした。


 その日、久しぶりに父親が出かけたかと思うと、一つの七輪と炭を持って帰ってきました。

 どこでにゅうしゅしてきたのかは分かりません。一つ言えるのは、彼にそんなものを買うお金は残っていなかったということです。

 父親は七輪を部屋の隅に置くと、窓や扉などの隙間を残っていた衣類で塞ぎました。

 布団を川の字に並べ、赤ん坊を何なかに寝かせると夫婦は長い時間見つめ合いキスをしました。

 母親が先に布団に入り、父親は七輪に入れた炭に火をつけてから母親とは反対側に添い寝しました。

 赤ん坊は、なにも知らずにすやすや眠っています。

 夫婦は、うっすらと開けた目で我が子を見つめながら、その頬をゆっくりと撫で、目を閉じました。

 炭に火がついてから数分、部屋は白い煙りで満たされていました。

 息をしない幽霊の僕でも分かるくらい、部屋は息苦しくなっていました。

 僕は、どうすることも出来ないまま死に行く三人を見つめていました。


 その時でした。急に父親が立ち上がったかと思うと、彼はそのまま扉を突き破り部屋から飛び出したのです。

 その行動に呆気にとられていると、母親もそれに続いて廊下を這うようにして外へ出ました。

 それは、一瞬の出来事でした。

 部屋には、冷たくなってしまった赤ん坊が一人残されていました。


 その体からゆっくりと切り離された魂が、何を隠そうリッシーなのです。














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