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自殺希望者専用住宅  作者: 沖田 了


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俺にできること

 昨日から一睡もしていなかった俺は、ビッツ達と数分話した後、すぐに仮眠を取った。

 と言っても、熟睡できるはずもなく俺は一時間も眠るとすぐに目を覚ました。

 目を開いたら全てが夢だった。などという都合の良いことは起こるはずもなく、俺は受け入れ難い現実ともう一度合間見えたのだった。

 そう言えば湯船はどうなったのだろう、と思って風呂場に行くとそこにはいつもと変わらない浴室があった。

 突然現れたトビー曰わく、昨日の内に大家のフミさんが掃除してくれたらしい。

 かなり高齢なのにそんな事して大丈夫なのか?と思ったが、よく考えてみるとあの人は何人もの人間が自殺していったこの天獄荘の大家なのだ。こういうことには慣れているのだろう。

 俺は絶対に慣れたくないが。


 と、まあそんな感じで、昨日宮野さんが自殺を図ったにも関わらず天獄荘202号室はいつも通りで、俺はそんないつも通りの部屋でいつも通り朝食を食べていた。


「おい叶、のんきに朝飯なんか食っとってええんか?

 これからどうするんか考えるのが先ちゃうか?」


 少し焦げてしまった食パンを囓っていると、ビッツが目の前に現れ藪から棒にそう言った。


「そんな事言ったって、お腹空いてるんだから仕方ないじゃないか。朝食とるくらい別に良いでしょ。

 それに、これからのことはちゃんと考えてるから」


 苦くて堅いパンを牛乳で流し込むようにして飲んだ。

 食道が閉じてしまったかと思うほど食事が喉を通らなかったが、エネルギー補給をしておかないと俺が倒れてしまう。

 こう言うときだからこそ、食事はちゃんととるべきなのだろう。

 俺はさっきより幾分軽くなった頭を円を描くように回してから、


「これからのことなんだけど、俺はこの部屋に宮野さんの両親を呼ぼうと考えてる」


 と言った。


「ご両親を呼んでどうするつもりなんですか?

 宮野さんがああなってしまった今、当事者抜きで話せる事なんてないと思いますが」


 昨日からの険しい顔でトビーが異論を唱えた。それにキリーか同意する。


「そうだよ叶ちゃん。

 何かしなきゃ状況は変わらないけど、それは千尋ちゃんが目を覚ましてからでも遅くはないんじゃないかな?

 それに、千尋ちゃんの両親を呼んだとして、一体何を話すの?」

「宮野さんの親権を放棄してもらう」


 俺の言葉に三人が息をのむ。

 リッシーだけが


「どういう意味?」


 と、首を傾げて聞いてくる。


「おい、いくら何でもそれは出過ぎたまねちゅうやつやぞ!

 そないなこと、叶がどうこう言えるもんだちゃうやろ!」

「そうですよ叶さん!叶さんが当事者でない以上、そんなことを独断で進めるのはよくありませんって」


 ビッツとトビーの抗議を黙殺して、俺は空になった皿を流しに持って行った。

 確かに二人の言っていることはもっともだ。

 宮野家の問題はあくまでも宮野家のものであって、ほんの少し関わった程度の俺が介入するのは本当はいけないのだろう。

 そんな事は言われなくても分かっていた。俺だって馬鹿じゃない。

 だけど、それでもこんな事を言ったのには、訳がある。

 俺は、悔しいのだ。宮野さんがあそこまで思いつめていたという事に気が付かなかった自分が憎いのだ。

 そのぶつけ先の分からない憤りを、俺は宮野さんの両親に向けているのだ。

 その行為が意味のない自己満足にしかならないものだと言うことくらい、俺は知っている。

 だけど、あの両親さえいなければ宮野さんはあんなに苦しまずに済んだのだ。

 あの両親さえいなければ宮野さんが苦痛を味わう事なんて無かったのだ。

 だから俺は、宮野さんからその疫病神を取り払おうと思ったのだ。

 宮野さんが目を覚ますか分からないけど、それでも宮野さんの体にからみついた不幸の元凶を断ち切る事が出来れば何かが変わる気がした。

 多分それは気のせいなのだけど、俺に出きることはそれくらいしかないから。


「本気か?そんな勝手なことしてあの子が喜ぶ思うんか?」

「叶さん、考え直して下さいよ。もっと穏便に済む方法はいくつもあると思いますよ」


 二人はずっと反対してくるが、俺の意志は固い。簡単に曲がりはしない。

 俺は携帯を取り出して、昨日会ったときに教えてもらった信雄氏の携帯の番号に電話をかけた。

 まだ病院にいたら繋がらないなと思っていたが、コールが二、三回鳴った後「はい」という信雄氏の声が聞こえた。

 その声は、まるで俺が電話をかけることが分かっていたかのように落ち着き払っている。

 俺は前置きをせずに、単刀直入に切りだした。


「宮野さんのことについてお話したいことがあります。

 宮野さんのお母様と二人で、これから指定する場所に来て下さい」

「おいおい、いきなり電話をかけてきてそれはないんじゃないかな?

 私にも妻にも予定というものがあってだね……」

「予定?それはあなたがたの今後の人生と天秤に掛けられるほど大事なものですか?」


 電話の奥の落ち着いていた空気が一瞬固まったが、信雄氏はまたすぐに同じトーンで答えた。


「分かった君の言うとおりにしよう。

 それで、私達はどこへ行けばいいのかな?」


 その問いに、俺は天獄荘の近くの公園の名前を答えた。














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