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二人目の自殺未遂

「誰かー!誰か来て!!」

「叶!早よ帰って来んかい!千尋ちゃんが死んでまうぞ!」


 切羽詰まったキリーとビッツの声が聞こえてきたのは、俺が天獄荘の錆びた鉄の階段を昇っている最中だった。

 誰にも聞こえない。俺以外の人間には聞こえないはずの声を張り上げる幽霊たちの声を聞いて、俺の足は考える前に走り出していた。

 部屋のドアノブに手をかける。鍵は開いていた。

 俺は急いでドアを開けた。すると、すぐ目の前の廊下にビッツが立っていた。

 その顔には、焦りと恐怖が滲んでいた。


「遅いわ叶!ええから早よ来い、千尋ちゃんがえらいことやってもたぞ!」


 ビッツは風呂場を指さしてそう叫んだ。

 俺は、靴を放り出すように脱ぐとそのまま這いずるように廊下を進んで風呂場に入った。

 脱衣所には何もない。

 と、言うことは問題は浴室で起きているのか?

 一瞬の躊躇いの後、俺は思い切ってすりガラスでできた扉を開いた。


 そこで俺の目に飛び込んで来た光景は、宮野さんの血で真っ赤に染まった湯船と、その湯船に浮かぶ真っ白な肌をした宮野さんだった。


「叶ちゃん早く救急車を呼んで!じゃないと、この子私と同じになっちゃう」


 触れられるはずもない宮野さんの腕を必死に掴もうとあがいているキリーが涙目でそう言った。

 俺の体は、またしても勝手に動くとふるえる指で119を押した。



♦♦♦♦♦



「彼女何とか一命を取り留めたわ。後数分処置が遅れていれば最悪の事態になってたかもね。

 彼女の担当医が言っていたわ。『命を取り留めたのは奇跡としか言いようがない。まるで手首を切った直後に血流が一時的に止められていたかのようだ』って。

 ま、そうは言っても意識は戻っていないのだけどね」


 電気の消えた、暗くて寒い病院の待合所の椅子に腰掛けていた俺は、巫の声を聞いて顔を上げた。

 だが巫の病院の廊下よりも冷たい目と視線が合うと、もう一度顔を伏せた。

 どの面下げてもう一度巫と話ができるというのだ。

 俺は、結局また巫に助けられてしまった。

 好きな女の子一人守ってあげることができない自分の無力さに、俺は血が出るほど下唇を強く噛んだ。

 弱くて何もできない俺は、自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた。


「いつまでそうやって下を向いているつもりかしら。

 現実を見なければ何も変わらないわよ。

 あなたは現実を見つめずに自分の殻の内側に閉じこもっていたいの?違うでしょ。

 あなたは現実を変えようともがいていたはずよ。それがこの程度のことで諦めていいと思っているの?」

「この程度のこと?宮野さんは死にかけたんだぞ!それをこの程度のことってなんだよ!」


 誰もいない広い待合所に、俺の涙を含んだ声が響いた。

 いつの間にか、頭を下げた目の前の床は俺の涙で濡れていた。


「この程度のことはこの程度の事よ。

 私は初めからこうなる予想はしていたわ。あなたや宮野さんのような弱くて馬鹿な人間は、いつか生きる重荷に耐えきれなくなって折れてしまうのよ。ポッキリとね。

 それは何も驚くような事じゃなくて、何も珍しい事でもない。

 水が空から地面に降り注ぐのと、海は青いのと、地球は丸いのと、世界が不平等なのと何ら変わりない当たり前のことなのよ」

「黙れっ!黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れぇ!」


 俺は耳を塞ぎ、目を閉じ巫の言葉から逃れようとした。

 宮野さんを、俺を責める巫の言葉から逃れようとした。

 だけど、なぜか巫の言葉は俺の手の隙間をするりと縫って耳に届いてきた。


「だけど、さすがの私もこんなに早く折れるとは思ってなかったわ。三本の矢ではないけれど、一人では立つこともままならい弱者も二人いれば大抵は何とかなるものなのよ。

 宮野さんは今まで、一人でありながら何とか立っていた。それがあなたという二人目を得てさらに強く立つようになった。私はそう考えていたわ。

 だけど、実際は違った。

 あなたは宮野さんにとっての二人目にはならなかった。

 宮野さんにとってあなたは、ただの杖だったのよ。

 寄りかかって、頼って、倒れそうな体を支える杖だったの。

 宮野さんはあなたという杖を得たことで、急に自分で立つことをやめてしまった。当然よね、だってわざわざつらい思いをして立たなくても支えになる物が見つかったのだから。

 でも、それだけならまだ良かった。

 最悪なのは、そこで宮野さんを支えるべきあなたが宮野さんから離れてしまった事よ。

 たった数時間のこととはいえ、立つことをやめてしまった彼女にはそれが途方もなくつらい時間になったのよ。

 そして、とうとう彼女は決断してしまったのよ。全てを投げ出す決断を」


 巫の言葉は俺の鼓膜を震わし、全身の骨に響き、そして胸を熱く揺さぶった。

 何か言葉が俺の口からでそうになった。だけどそれは、のどの奥に引っかかって出てこない。

 弱い俺には自分が何を言いたいのかさえ分からなかったのだ。

 言い訳をしたかったのか、怒鳴りたかったの、泣きたかったのか、俺には分からなかった。

 それでもただ一つ確かなことがある。それは、俺がどうしようもない馬鹿野郎だと言うことだ。

 俺は、好きな女の子一人守れない、大馬鹿者だった。













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