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宮野家の真実

「その時には私達の全財産は数枚の小銭だけになっていた。

 数日間満足のいく食事を食べていなかった私達家族は弱り切っていた。

 生まれて間もない千春は腹が減ったといつも泣いていた。だが、私達にその空腹を満たしてあげることはできなかった。

 栄養失調気味の頭は重たかったが、声を上げて泣く千春の顔だけは今もはっきりと覚えている。

 その顔を眺めていると、私は急に自信がなくなってきたんだよ。

 この子を立派に育て上げることはできるのか?この子を幸せにしてあげることはできるのか?これから先、娘の成長を見守ることはできるのか?

 そんなマイナスな考えばかりが頭の中をくるくると回っていた。

 そして、とうとう私達は絶対に選んではいけない選択しに手を出したのだ」


 俺は、信雄氏が言おうとしていることが分かった。

 信雄氏が感じたことを俺も感じて知っていたからだ。

 自分の将来、未来に希望がもてなくなり、全てがどうでも良くなってしまうその感覚を俺は知っていた。

 息をしているなのに喉を締め付けられるような感じがする。ちゃんと前を向いているはずなのに、そこに光を見つけられない。

 夢も希望も未来も明日もそして今さえも確かなものでなくなり、指の隙間からするすると抜け落ちていくようなそんな感覚を、俺は……


 知っていた。


「私達が選んだのは、練炭を使ったものだった。これなら、家族三人同時に死ねると思ったからね。

 死ぬ準備を整えた私と妻は千春の横に添い寝して目を閉じた。

 そして、永遠に目覚めることのない眠りにつくはずだった……

 だが、出来なかった!

 私は直前になって命が惜しくなった。

 だんだんと苦しくなる息に耐えきれなくなった私は、一目散に部屋から逃げ出したのだ。

 真っ暗で炭臭い部屋を突っ切って、新鮮な空気を求めて逃げ出したのだ。

 私の後を妻が必死に追いかけてきた。今から死のうとしていた人間が必死というのもおかしな話だが、確かに妻は必死だった。

 こうして、愚かな私と妻は生き残った。

 私は生きていることを喜んだ。心臓が動いていることを、血管が脈打っていることを、肺が空気で満たされることを私は喜んでいた。

 その時だよ……私が部屋に置き去りにしてきた娘のことを思いだしたのは」



♦♦♦♦♦



 天獄荘への帰り道。俺の足は巫家から帰ったときよりも重く遅かった。

 辺りはすっかり夕焼け色に染まり、俺の影は地面に長く寝そべっている。

 俺はそんな道を歩きながら、俺はポケットに手をやった。

 ここにはスマートフォンが入っている。実を言うと、信雄氏の話が始まる際俺はこれの録音機能をONにしていた。

 何の役に立つかは分からないが、俺の予想を遙かに上回る内容の話がここには詰まっている。

 俺はスマートフォンの真っ黒な画面を見つめながら信雄氏の最後の言葉を思い出した。


「結局私達の自殺未遂は父の計らいでもみ消され、千春の死は事故と言うことになった。

 私達は自分の幼さで、まだ話すことも歩くこともできない娘を殺してしまった。

 その心の穴を塞ぐために千尋を引き取ったのだが……

 そこから先は千尋から聞いているだろ?その話に偽った点はない。

 私達家族の間には嘘なんて必要としないほどの溝があったのだから……」


 なんなんだ、この話は。

 壊れてるとか、腐ってるとか、そう言う次元の話じゃないぞ。

 俺はてっきり、宮野さんが引き取られたあと宮野家に何らかのトラブルがあったのだとばかり考えていた。

 だが、どうだ?蓋を開けてみれば全く予想もしていなかった事実が飛び出してきた。

 一家心中をはかったけど死ぬのが怖くなって二人ともが逃げだし実の娘を見殺しにした?その喪失感を埋めるために宮野さんを引き取った?だけど愛することができずに今まで暮らしてきた?

 ふざけてる。

 そんな話を、信雄氏は被害者の様な顔をして話していた。

 悪いのは誰が見ても明らかなのに、あの人は自分の非を認めていない。俺は信雄氏の話を聞いていてそんな感想を持った。

 自分の娘が、実の娘が死んだ事件を汚点と切り捨て、自分達の自己満足のために引き取った宮野さんを見捨て、自らの保身のためにそれらを隠蔽する。

 それが親のすることなのか?

 夜逃げした俺の親も、我が子を見捨てた宮野さんの親も、親としての責任を全く持っていない。

 俺は行き所のない苛立ちを胸に秘めて天獄荘への道を歩いていた。

 数時間前にこの道を逆向きに歩いていたとき、俺の心には僅かだが期待があった。

 宮野さんの父親宮野信雄氏に会うことで、宮野家の抱える深い闇を知ることで、宮野さんを助ける糸口が見つかるのではないかという、今から思えばとんだ見当違いな期待を持っていた。

 結局俺は、信雄氏との話の中で何一つ解決の糸口なんて物は見つけられなかった。

 それどころか、宮野家が抱える闇が俺の想像を遙かに越えているものだという事実だけを、俺は見つけた。


「何やってんだよ、俺」


 俺はそう吐き捨てて、道端に転がっていた小石をけ飛ばした。

 小石は俺が狙ったところとはまるで見当違いな方向へ飛んでいくと、そのまま道の脇にあった溝に落ちていった。

 俺は溜め息をつくともう一度歩き出した。


 今はこのことをうじうじと考えていても始まらない。

 もうだいぶ時間が経ったから宮野さんも買い物から帰っているだろう。

 明日からの日常がどうなるか分からないけど、取りあえず晩御飯を食べよう。

 そして、暖かい布団でぐっすりと眠ろう。こんな日は早く寝るにかぎる。

 これまでのこと、これからのことを宮野さんと話すのは明日でもいい。

 それは単なる先延ばしなのかもしれないけど、だけど今すぐ話したところで宮野家の問題が解決するとは思えない。

 この問題の根は深い。多分、一日二日で決着の付くようなことではない。

 辛抱強く、粘り強く、根気よく向き合わなければならない問題なのだと思う。

 だから、今日は取りあえずお腹一杯食べて早く眠ろう。


 俺は自分の心をそうやって無理矢理開き直らせた。宮野さんに元気のない姿を見せたくないと思ったからだ。

 だが、この時とんでもない事態が天獄荘で起きていたことを、その時の俺は知らなかった。


















次回更新は来週になります。

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