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宮野家の昔話

「私が千尋を施設から引き取ったのは、千尋がまだ二歳の時だった。

 当時は、私達夫婦の仲も良く私達は幸せな家庭を築く最中にあった。

 今から思えば、あの時に千尋を引き取ったのが全ての始まりだったと思う。いや、始まりと言うならば、私が学生の頃から始まっていたのだがな」


 信夫氏は苦虫をつぶしたような渋い顔をして、温かそうな湯気を上げるコーヒーの表面を見ていた。

 俺は、信夫氏が話し始めたタイミングで、そっとポケットに手をやった。


「学生の頃に始まっていたとは、どういう事ですか?」

「これは、話せば長くなることだ。今回は千尋の話だけでいいだろ?」

「いえ、今の言い方ではそれも無関係じゃないみたいですよね。

 俺は、全てを話して下さいってお願いしたはずですけど」


 信夫氏は一瞬思案したあと、コーヒーを一口口に含んでゆっくりと飲んだ。


「長くなるぞ」

「構いません」


 俺も、目の前に置かれた紅茶を一口飲んだ。


「私が妻と出会ったのは、私がまだ学生の頃だった。

 私と妻は同い年でね、サークルが同じだったことから親しくなってそのうちに、付き合うようになっていた。

 あの頃の私は馬鹿でね、毎日を欲望の赴くままに生きていた。まあ、そこは想像してくれ。

 そんな生活をしていたものだから、私はある日重大なミスを犯してしまったのだ」

「ミス?それはなんですか」

「避妊するのを忘れたんだよ」


 信夫氏は、そこだけ声を小さくして周りに聞こえないように話した。

 そんな事をしなくても、決して静かとは言えないこの店内では、ほかのテーブルの会話などが聞こえないのだが。


「案の定、妻は妊娠してしまった。

 その当時、私と妻は大学の三回生だった」

「なるほど、それじゃあ千尋さんのお母さんが本当の子供と暮らしたかったと言っていたのは、その事が原因なんですね。

 大学生の頃に産めなかった本当の子供のことを、今でも忘れられないでいるから……」


 社会人になり、結婚し子供を持つ余裕ができた宮野夫妻は千尋さんを養子に貰った。

 だが、血のつながらない千尋さんとの生活に、二人はいつの間にか疲れていた。

 そして、いつしか二人の間の愛は冷え切ってしまったのだ。

 その事が別居から続く全ての問題の原因なのか、と俺が勝手に納得しかけていると信夫氏が首を振った。


「いや、実はそうではないんだ。

 私と妻は、その子供を産むという選択肢を選んだんだ」


 その言葉は、俺に衝撃的という言葉では言い現せないほどの驚きを与えた。


「私達は、お互いの両親の反対を押し切り、大学を休学した。そして、あるアパートで同棲を始めたのだ。

 こんな男が何を言うか、と思うだろうが、当時の私には生まれてくる一つの命を粗末にすると言う選択肢がなかったのだ。

 結局、次の年の春に妻は出産した。

 私達の子供は、元気な女の子だった。名は千春ちはると言う。

 私と妻は満ち足りていた。貧しくても愛のある家庭を築けたことに満足していた。

 だが、今思えばあれはかりそめの幸せだったのだろう。

 社会の右も左もわからない学生二人と生まれて間もない赤ん坊三人が生きて行くには、今の日本は生活にお金がかかりすぎる。

 私達の生活はあっと言う間に行き止まりに突き当たったのだ。

 借金にまみれ、家族の縁は切れ、大学にも戻れず、満足に金を稼ぐことすらできなかった私達は次第に衰弱していった。

 そして、その日が訪れたのだ。私の人生で一番の汚点であるあの日が……」


 信夫氏はそこで自分の鞄から一枚の紙と万年筆を取り出した。

 そして、滑らかな手つきで紙に何かを書き込みだした。


「何をしているんですか?」

「これから私は、私の人生における最大の秘密を君に語る。だが、私は君のことを全く信用していない。

 だから、これにサインをしてもらう」


 信夫氏がそう言ってつきだした紙には、このようなことが書かれていた。


『私夢無叶は、宮野信雄に関する一切を口外しないと誓います』


「俺のことを信用してないなら何でこんな契約を結ぶんですか。

 名前を書いたとしても、俺はこの約束を破るかもしれないんですよ」

「そんな事は関係ない。契約というのは、それを結んだ時点でお互いが共犯になるのだよ。

 だから、私の話を君が聞いた時点で、君も私の負った十字架を負うことになる。

 その覚悟があるなら、これに名前を書くんだ。そうすれば、私も全てを話す」


 俺は、紙に書かれた文字を一度読むと万年筆を手に取った。


「本当に、全てを話してくれるんですね?」

「ああ、約束しよう」


 俺はその言葉を聞いて、余白に自分の名前を書いた。

 そして、信雄氏が次に取り出した朱肉を親指に付け、名前を書いた横に強く押しつけた。

 信雄氏は俺の名前と拇印を確認すると、その紙を鞄にしまった。

 俺はその間に、お絞りで指に付いた赤いインクを落とした。


「さて、それじゃ話そう。

 はじめに言っておくが、ここからの話を知っているのは私と妻だけだ。

 その意味を、よく考えて聞いてくれ」


 そう言ってから始まった宮野家の隠されていた真実の話は、赤の他人の俺には重すぎる物だった。





















誠に勝手ながら、個人的な事情によりしばらく更新をお休みします。

具体的な期間は分かりませんが、今月いっぱいは更新できないと思います。


こんな中途半端な状況で連載をやめると言うことはないので、そこはご安心下さい。

ちゃんと、キリの良いところまで書き上げるつもりです。


ただ、今月は少々忙しいので更新はできません。

次の更新まで待っていただければうれしいです。

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