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これが俺の交渉術

 信雄氏が現れたのは、予定時刻から十分が経過した頃のことだった。

 店に一人で入ってきた信雄氏は、喫茶店を見回し俺の姿を見つけるとゆっくりと俺のテーブルに近づいてきた。

 高校生であるということだけ伝えていたので、この店内では一目で分かったのだろう。

 高そうなスーツを着てコートを手に掛けた姿は、心なしか疲れている様子だ。

 信雄氏は、俺の目の前まで来るとじっと俺の目を睨みつけるように見た。


「君が夢無君かな?」


 俺が一度縦に首を振ると、信雄氏は向かいの椅子に腰掛けた。

 さっきまで上にあった目線が、急同じ高さになり少し怯む。


「それで、私を呼び出した用件は何かね?私も暇ではないのでね」

「その、急に電話してすいませんでした。

 でも、どうしても会ってお話ししなきゃならないことがあったんで」


 俺はそこで言葉を聞ってティーカップに口を付けた。

 だが、すでに三杯目のそれには一滴の紅茶も残っていなかった。

 それを見ていた信雄氏が近くを通りかかったウエイトレスに紅茶とコーヒーを注文した。


「すいません」


 何に謝っているのか自分でもよく分からないが、とりあえず謝ると、信雄氏が左手でそれを制した。


「そんな事より、君は何者かな?

 娘のことで話があるんだったな。君は娘の彼氏か何かか?

 それなら別に好きにつき合えばいい、我が家はそう言うことは口うるさく言わないようにしているんだ」

「いえ、そう言うわけではないんです」


 信雄氏は首を横に振った俺を怪訝そうに見ていた。

 アテが外れて困惑していると言うよりも、彼氏でもない奴が何のようだと言わんばかりの迷惑そうな顔だった。


「俺はただのクラスメイトです」


 俺はそこで言葉を切って、膝の上に置いていた両手を強く握りしめた。

 俺は今から持っているカードのうち一枚目を切る。

 このカードに食いつくか食いつかないかで、この交渉の結果は大きく変わるだろう。

 俺は、渇いた唇を少し湿らせ思い切っていった。


「単刀直入に言います。

 今、僕は宮野さん……宮野千尋さんと同居しています」


 その瞬間、信雄氏が固まった。

 比喩表現ではなく、文字通り目を見開いたまま固まったのだ。


「こちらホットコーヒーと紅茶になります。ごゆっくりどうぞ」


 ウエイトレスがコーヒーを目の前に置いたのをきっかけに目が覚めたように瞬きをした。


「な、何を言っているのかさっぱり分からないな。そのような意味の分からないことを話すのなら私は帰らせてもらうよ。

 これでも、忙しい身なのでね」


 そう言って立ち上がろうとする信雄氏に、俺はすかさず二枚目のカードを切った。


「いいんですか、俺は全部知ってるんですよ。

 弁護士っていうのは、信頼が第一なんですよね?こんな話が出回っちゃったら困るのは誰でしょう?」


 俺は必要以上に悪ぶってそう言った。

 出来るだけ交渉で何とかしようと考えていたのだが、この様子ではどうにもならないだろう。

 だったら、俺は悪役になってでも信雄氏を脅すことに決めた。


「君は私を脅迫するのか?そんな事は許されない。法律にも違反する行為だぞ」


 座り直した信雄氏が顔を赤くして睨みつけてきた。

 年齢が二周り以上違う人間に睨みつけられるというのはかなりの精神ダメージを受けるが、今は俺の方が優位だ。


「法律?それならあんたらの方が先に裁かれるでしょ?

 第一、俺は宮野さんを脅そうとしてる訳じゃないんです。

 ただ、話を聞きたいと思っているだけなんです」

「話し?話とは何だ?」


 とりあえず、俺の話を聞いてくれるようだ。第一関門は突破できた。

 次に挑むは第二関門だ。

 宮野信雄氏にとってあの秘密がどれほど重要なのかは分からない以上、こちらの要求も慎重に行う必要がある。


「そんなの、宮野さん……千尋さんのことに決まっているじゃないですか。他に何の話をするんです?」


 あえて話の焦点をぼかした。

 これに信雄氏がどんな反応をするかでこちらが切るカードを選ばなければならない。


「千尋が私の子ではないと言うことか?」


 信雄氏は間髪入れずにそう言った。つまり、信雄氏にとって一番重要な宮野さんのことというのは、宮野さんが本当の子供ではないという事と言うことになる。

 と言うことは、信雄氏は宮野さんが若い俳優の男に襲われたことを知らないのだろうか?


「そうです、その事です」


 俺のはうっかりと情報を漏らさないよう、一言一言確かめながらしゃべった。

 信雄氏も知らない情報があると分かった今、なおさらこちらの情報は簡単に出せなくなった。


「そんなプライベートなことを、見ず知らずの人間に話せるわけがないだろ!」

「そんなに怒らないで下さいよ。それにさっきも言ったでしょ、脅迫する気はないって。

 俺は真実さえ知れたらそれでいいんです。

 もし宮野さんが全てを話してくれたら、俺はその話を胸の中にしまいます。誰にも言いません」


 信雄氏はしばらく考え込むようにして頭を抱えたが、はぁと一つため息を付いて顔を上げた。


「本当に誰にも話さないんだな?当然、千尋にも」


 俺は深く頷いた。

 信雄氏はもう一度大きくため息をついてからぽつぽつと話し出した。














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