俺を救ったのは、毒舌自己中なお嬢様
巫美里は、首に掛けていたタオルで汗を拭うと、俺のことを無視してどこかに電話をかけた。
俺に向けられていた懐中電灯は、ついさっきスイッチがオフになった。
「おい巫、おいってば」
「うるさい。黙れ死に損ない」
一蹴にされた。
確かに俺は死に損なったけど、それは巫の妨害によるものであって、俺に落ち度はなかった。
いや、自殺をしようとしていたのだ。そこには落ち度しかないのかもしれないのだが。
巫は二言三言電話相手に告げると、通話をやめた。
「さて、死に損ない。これは、どういう事かしら」
「どうって、そんなの見れば分かるだろ。俺は死のうとしてたんだよ」
一蹴にされた。
今度は言葉の通り、一度蹴られた。しかも顔を。
「な、何するんだよ」
「死に損ないが馬鹿だったから蹴った。ただそれだけよ」
「死に損ないが俺の固有名詞のように扱われている件については、また議論するとして。
巫、お前は馬鹿な奴なら誰でも蹴るって言うのか」
「そんな訳ないじゃない。人を誰彼構わず暴力を奮う暴女みたいに言わないでくれるかしら。
私は馬鹿なのが死に損ないだから蹴ったの。そこに他意はないわ」
「いや、他意どころかお前の本意すら俺には分からない」
そう、俺は巫が一体何をしたいのかが全く分からなかった。
もし、夜の散歩……いや、巫の恰好をみる限りランニングか。
もし、ランニングの途中に今まさに自殺しようとしているクラスメイトを見つけて、それを止めようと駆け寄ったというのなら、まだ納得できる。
そして、感極まってついそのクラスメイトに平手打ちをしてしまったというのなら、分からないことない。
ただ、理解できなかったのは、その後の行動だ。
いきなり俺を無視して電話をかけたかと思えば、人のことを死に損ないと呼び、人の顔を平気で蹴り飛ばした。
少なくとも、今まで一度も話したことがないクラスメイト相手にする行為ではない。
というか、巫ってこんなにしゃべる奴だったっけ?
「私に本意なんて無いわ。あるとしたら、それは本能というべきものよ。反応、でも間違いではないのだけど。
とにかく、あなたにはこれから私の家に来てもらうわ。
詳しい話はそれからよ」
「それは、無理な話だな。
残念ながら、俺にはもうそんな力は残ってねえよ。
巫が俺を負ぶってくれるって言うのなら話は別だけどな」
「あなたは本当に馬鹿なのね。
私がさっき誰に電話をかけていたと思っているの?まさか時報を聞いているとでも思ったの?
私が掛けていたのは……」
巫の言葉はそこで遮られた。
突然、黒塗りの高そうな車が俺達の居る公園に突入してきたからだ。
車はクルクルとドリフトしたかと思うと、巫が立っている藤棚の真横にピタッと停車した。
「言うまでもないわね。さあ、乗りなさい」
もしその時の巫の様子を言葉で表せと言われたなら、俺は確実にこう答えた。
女王様
♦♦♦♦♦
さて、と言うわけで俺は今、巫が呼びつけた黒塗りの車の後部座席に座っていた。
車に関する知識は、残念ながら持ち合わせていないので、俺は今自分が乗っている車種が分からなかった。
ただ、運転手が左側に座っていたので外車だということは分かった。
因みに巫は運転手の隣に座っている。単にそこがいつもの定位置なのか、それともただ俺の隣に座るのが嫌なだけなのかは、分からない。
分かっているのは、あれから一度も巫が口を開いていないという事だ。
どうやら、話の続きは家でするから車内では何も話すことはないと言うことらしい。
そのため、今この車内は静寂に包まれていた。
本来なら俺はとっくに死んでいたはずなのに、今こうして座り心地のいいシートに体を預けている。
それはとっても奇妙なことのように思われる反面、とても現実味あるもののようにも思われた。
つまり、自殺しようとしていたさっきまでの自分が日常から切り離された異常な自分で、今ここに座っている自分が本来の自分だという感覚だ。
家族に捨てられたという事実が俺の感覚を現実から切り離したのとは逆に、巫に蹴られたという現実的な痛みが俺の感覚を現実に引き戻したのだ。
そう考えると巫に土下座して礼の限りを尽くしてもいいような気がするが、あれだけ俺のことを罵倒してくる奴にお礼するというのは、どうも憚られた。
第一、巫は俺のことを助けようとしてあんな行動を起こしたわけではない。
本人曰く、俺が馬鹿だったから蹴ったのだそうだ。
まあ言われてみれば、自殺ほど馬鹿なことは無いだろうな。
自らを殺す
改めて考えると、背筋に嫌な汗が流れる。
その件に関しては、俺が全面的に悪いのだろう。
だが、やはりそれをのぞいて考えても巫の行動は謎過ぎる。
クラスメイトといえど、一度も話をしたことがない俺を自ら呼び寄せた車に乗せ自宅まで連れて行こうとするのは、明らかにおかしい。
ここは普通、俺の家か学校、もしくは警察に届けるのが筋ではないのか?
まあ今の僕には家なんてないんだけど……だけど、それを知っているのは旧俺んちの近所の人達と教師の一部だけで、巫まで情報が回っているとは思えない。
と、俺はここで一つ重大な事を思い出した。普段の巫の大人しい姿のせいですっかり忘れてしまっていた重大な事
巫の実家が、冗談みたいな金持ちだということを