朝の巫は機嫌が悪い
俺はピンと張りつめた冷たい朝の空気の中を走っていた。
凍えそうな冷気が肺に入って俺の体温を奪い、白い霧に変わって外へと出て行った。
宮野さんを一人にして部屋を留守にするのは気が引けたが、どうしてもあいつの家に行かなければならない気がして俺は家を飛び出していた。
いざとなれば、幽霊の四人が何とかしてくれるだろう。
四人には俺の知らない力があるようだったし、もし何かあっても大丈夫だろう。
今俺がするべき事は、あいつに助けを乞うことだ。
宮野さんに黙ってあいつにそんな事を頼んでいいのかと一瞬迷ったが、もうこれは俺の問題でもあると開き直った。
どの道、あいつにはバレることになるだろう。いつまでも宮野さんを家に置いておくわけにもいかないし、それになによりこんな事を黙っていたことがバレると後々が怖い。
なにせ、今の俺はあいつの観察対象なのだから。
♦♦♦♦♦
いい加減息が苦しくなってきた頃、ようやく巫家の門が見えてきた。
いつ見ても立派な木製のその門の柱に、似つかわしくない黒い箱型の物体が張り付いていた。
俺はしばらく立ち止まって息を整えると、そこに付いている小さなボタンを押した。
「どちら様でしょうか?」
聞いたことのない女性の声が黒い箱から返ってきた。
多分、何人もいるお手伝いさんの内の一人なのだろう。
「あの、えっと俺は巫……じゃなかった、美里さんのクラスメイトの夢無といいます。
美里さんはご在宅ですか?」
数秒の沈黙の後、お手伝いさんの返事の代わりに目の前の門がゆっくりと開いた。
門の先には誰も立っておらず、母屋の玄関へと続く石畳だけがあった。
俺は、辺りを伺いながら恐る恐る門をくぐった。
その瞬間、俺は何者かに顔を掴まれ大外刈を決められた。
「貴様、こんな時間にお嬢様を訪ねるとはどういう了見だ?
もし、ばかげた理由でお嬢様を訪ねたのなら私が許さないぞ」
意識が遠のく中で、俺は真っ黒ないかつい顔とドスの利いたその声を聞いた。
♦♦♦♦♦
「早く起きなさいウジ虫。もしかしてあなたは私の家に二度寝をしにきたのかしら?
もしそうなら、二度と目覚めることのない眠りに誘ってあげるのもやぶさかではないわよ」
「ちょっと待て、俺は別に二度寝をしてたわけじゃなくて気絶してた訳なんだが……。
後それと、この足をどけてくれ」
顔から巫の足が離れると、俺は上半身を起こして辺りを見た。顔を踏まれていたことにツッコミを入れたいのだが、そんな事をしている暇はないのでここはぐっと堪える。
どうやらこの部屋は、あの夜俺が泊まった部屋のようだ。
部屋に居るのは巫と俺だけで、俺が気絶する原因となった人物の姿はない。
俺は、その部屋であの夜と全く同じ場所に敷かれた布団の上に寝ていたのだ。
「くっそ、まだ頭が痛いぞ。一瞬ガチで死んだかと思ったぞ」
「なに言ってるのよ、巫グループの医学力をもってすればあの程度の致命傷すぐに直せるわ」
「ちょっと待て、もしかして俺は手術受けたのか?今日は何月何日だ!」
「うるさいわね、今日は1月3日よ。
冗談くらいもっと静かに流しなさいよ」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
朝っぱらから巫の毒舌モードはエンジン全開だ。
こんなのを一日の始まりに食らっちゃ、俺の身が持たない。早いこと本題に入らなくては。
「それはさておき、俺は二度寝なんかをするためにここに来たわけじゃないんだ。
ただ、巫に頼みたいことがあって来たんだよ」
「頼みたいこと?命を救ってもらって、そのうえ衣食住の面倒まで見てもらっているこの私に、さらに頼みたいことがあるって言うの?」
折れるな、俺の心。
しかし、よくよく考えてみると、よく俺はこんなに頼っている巫にさらに頼みごとをしようと思ったな。改めて考えてみると、図々しいことこの上ない。
だがしかし、巫の持っている財力、人脈、人材、政治力、などの力は味方にいるととっても助かる。
ここは、恥を偲んで頭を下げるべきだ。
「そう言われると返す言葉もないんだが、それでも、どうしても頼まなきゃならない事があるんだ。
そのお願いなんだけど、宮野さんを助けるのに協力してくほしいんだ」
「宮野?それはあのちびっ子の宮野千尋のことかしら?」
「ちびっ子って……確かに宮野さんはそんなに高い身長じゃないけどちびっ子は言いすぎだと思うぞ」
「うるさいわね!私はあなたの言った宮野という人物が、あなたが片想いしている宮野千尋かって聞いているの」
「宮野さんは、宮野さんだよ。俺達のクラスメイトでクラス委員の宮野千尋さんだよ」
「ふぅ~ん、あの子がね……」
巫は考え込むように、首を少し斜めに傾げた。
たったそれだけで立ち姿が様になるので、モデル体型というのは得だ。
勿論、俺はそんなのより笑顔の素敵な宮野さんの方がかわいいと思うけど。
「で、一体何があったのかしら?
あの子は見たところ、あなたみたいな馬鹿でマヌケなウジ虫とは違って、他人に助けを求めるような人間ではないと思うのだけど」
「それが、実はな……」
俺はそこから、昨日の夜からの出来事を掻い摘んで説明した。
夜の街で宮野さんと出会ったこと、その後、天獄荘の部屋で聞いた話、そして俺の意志。
珍しいことに、巫は俺が話している間一度も茶々を入れてこなかった。
それは、話しやすいのでとてもありがたいのだが、黙って俺の話に耳を傾ける巫は、ある種の恐怖だった。
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