片想いしている人の涙は、胸を痛くする。
宮野千尋は泣いていた。
朝日がほんの少し差し込んだ薄暗い俺の部屋で、俺の胸に顔をうずめて泣いていた。
10年以上溜めこんだ感情を吐き出すように涙を流し続けた。
俺は黙って宮野さんの肩を抱いてその涙が治まるのを待つしかなかった。俺は片思いをしている女の子に何一つしてあげることができなかったのだ。
いつも笑っていて明るくてクラスの中心にいた宮野さんがこんな闇を抱えて生きていたなんて全然知らなかった。
それなのに俺は、こんなに苦しんでる宮野さんの表面しか見ずに、なにも知らないのに勝手に憧れて勝手に好きになっていた。
一昨日だって宮野さんと話せたことに舞い上がって、宮野さんをちゃんと見ていなかった。
こんな身勝手なことはない。俺の恋心は身勝手この上ない自分勝手なものだった。
それに、今こうして宮野さんが全てを俺に預けてくれているのは俺が勝ちとったものっじゃない。
宮野さんが10年以上隠してきた事実を話してもいいと思った相手は俺じゃない。
宮野さんを救ったビッツなんだ。
たまたまその場に居合わせただけの、何もできなかった俺にはこの話を聞く資格なんてなかったのだ。
それだけじゃない、こうして宮野さんの肩を抱く資格も、宮野さんの苦悩を受け止める資格もないのだ。
それなのに俺は、宮野さんに頼りにされるこの立場を辞退することができなかった。
たとえここにいる資格がなくても。たとえ知らなければ幸せな事実を知ったとしても。たとえ好きな女の子の苦しむ姿を見ることになったとしても、俺は宮野さんの心の支えになれるこの立場を手放すことができなかったのだ。
♦♦♦♦♦
泣き疲れてしまったのか、宮野さんは日が昇りきる頃には眠ってしまった。
俺は宮野さんを起こさないように、変な場所を触ってしまわないように細心の注意を払いながら、宮野さんを隣の部屋の布団に寝かした。
理性が保たれているうちに隣の部屋に戻った俺は、宮野さんが眠っている部屋へと続く襖を閉めた。
その瞬間、あたかも今までずっとそこに居たかのように四人の男女が俺の目の前に現れた。
「全部聞いてたのか?」
「ああ、すまんが聞かせてもうたで。なんせワイも気になっとたからな」
「あたしも聞いた!あの女の子の親サイテーだよ!」
「ホントすごい話ね。あんなに若いのに可哀想」
キリーは目頭に布を当てて涙をぬぐった。その行為自体は良いのだがその布がキリーが唯一身につけているバスタオルなので目のやり場に困る。
と、視線を泳がせていると眉間にしわを寄せたビッツと目があった。
「それにしても、叶!なんやお前、それでも男かいな。
キンタマ付いとんねんから、ああいうときはキスの一つでもしてやるもんやぞ!」
「そ、そんな事できるわけ無いじゃないか!傷ついて弱ってる宮野さんを襲うようなこと」
「はいはい、二人とも今はそんな事を話してる場合じゃないでしょうに。
それよりも、どうするんですか叶さん」
「どうするったって……」
トビーの真剣な目に、俺は言葉が出てこなかった。
話を聞いてしまった以上見捨てることは出来ないしそのつもりもない。
だが、宮野さんを助けるなんて事が俺に出来るなんて思えなかった。
宮野さんの抱える闇は想像を絶するほど深くて暗い。
俺一人なら宮野さんにしてあげられることは何一つ無いだろう。
だけど
俺は目の前に座る四人の顔を見た。
一人は真面目そうな顔に心配の色を浮かべる中学生。一人はめんどくさそうにしているが内心は宮野さんを一番気にしている金髪アロハ。一人は体に巻いたタオルで涙を拭っている心優しいお姉さん。一人は顔を上気させてプンプン怒っている赤ん坊。
そして、心の中でもう一人の顔を思い浮かべた。いつも俺を馬鹿にしてくる、だけど困っていたときに助けてくれたあの顔を。
俺一人じゃ、何も出来ないだろう。だけど俺はヒーローなんかじゃない。俺は俺一人で宮野さんを助けられると思っている程、身の程知らずじゃない。
自分の無力を知ってるし、自分の愚かさも知っている。
だから、カッコ良く助けようとは思わない。みんなの力を借りて、頼る。みっともなくてもいい、ダサくてもいい、ただ宮野さんを助けられればそれでいいんだ。
俺の心は決まっていた。
「俺は助けたい。俺には何も出来ないかもしれないけど宮野さんを助けたいんだ。
こんな話を聞いて見捨てるなんて事俺には出来ない。
なあ、トビー、ビッツ、キリー、リッシー、我が儘なお願いかもしれないけど、俺に手を貸してくれないか?」
身勝手なお願いだった。
俺は今、俺の自己満足のために四人にお願いをしているのだ。
死んで幽霊となり、自分の事で精一杯であろう四人にこんなお願いをしているのだ、断られても文句は言えなかった。
だけど、俺一人で宮野さんを助けることが出来ない以上、俺は他人の力を頼るしかなかったのだ。
だから俺は、精一杯頭を下げて誠心誠意お願いした。
「全く、あなたって人は……」
初めに口を開いたのはトビーだった。
その声は明らかに呆れている。
「ほんま、どうしょうもないお人好しやな」
ビッツが不機嫌な口調でそれに続く。
「あたしは大賛成だよ!」
「私もこんな可哀想な子を放っておくわけにはいかないよ」
リッシーの元気な声とキリーの涙声がして俺は顔を上げた。
俺と目が合うと、四人はしっかりと頷いてくれた。
俺は目頭が熱くなるのを感じて、慌てて頭を下げ直した。




