食べ歩きの時間や
「おい!はよ起きろや。ワイはずっと待ってんねん!
もし十数えて起きんかったら、自分のこと呪ったるで。覚悟しいや」
物騒な言葉に目を覚ますと、そこには金髪アロハのビッツの顔があった。
その顔は、寝起きのこれに分かるほど不機嫌だった。
「お、やっと起きたか。待ちくたびれたで。
ほな、そろそろ始めるか
「ちょ、ちょっと待ってよビッツ。始めるって一体何を?」
「何をってそんなん決まっとるやろ!
今からワイが自分に憑依するんやろうが!」
言うが早いか、ビッツは俺の中に入ってきた。
乱暴な冷気が、体の中に満たされていく。
寝起きで喉が乾いていた俺は、水を一杯飲もうとしたがその時には俺の体の操作権はビッツに移っていた。
♦♦♦♦♦
ワイは叶の体ん中に入った後、すぐに部屋を出た。
トビーは実体のある体に馴れるんに時間がかかる言うてたけど、ワイはそんなことはなかった。
まあ、ワイが死んだんはほんの三カ月前やさかい、トビーほど幽霊歴が長いわけでもない。
ワイの知っとるワイの情報は、24で死んだこと、死んだんが三カ月やってこと、それから死んだ理由が首吊りや言うことだけや。
幽霊になってすぐの頃は、さすがに戸惑った。
ワイら幽霊に生きてた頃の記憶はないけど、生きてたっていう事実は覚えてるんや。
その生きてた記憶と、幽霊やっていう現実に挟まれてワイは変に成ってまいそうやった。
そんなときに現れたんが叶やった。
ワイは幸せやと思た。死んでたったの三ヶ月で憑依できる相手が越してくるやなんて事早々あるもんや無いらしい。
トビーなんか70年以上待ったいうとるし、あの赤ん坊のリッシーですら10年は幽霊やっとるそうや。
やから、ワイは幸せやねん。
ワイはこの幸運を、絶対に生かすって決めとった。
(ビッツさん、どこ行くんですか?)
寝ぼけたような叶のこえが聞こえてきたんは、ワイが夜の繁華街にちょうど着いた時やった。
(この前の続きや。まあ黙って見とれ)
ワイは辺りの店を物色しながら繁華街を歩いた。
ワイが生きてた頃の体より小さくてひょろい叶の体は若干動きにくいが、それも問題にするほどのことでもなかった。
ワイはとりあえず味覚さえあればそれで十分やった。
あんまし歩き回るのも疲れるから、ワイは目に留まった居酒屋の暖簾をくぐった。
♦♦♦♦♦
「なんやいまいちやったな。こんなとこやったら全然満足でけへん」
(おい、声にでてるって!)
居酒屋で焼き鳥を何本か食べた後、ワイは直ぐにその店から出た。
あんなもんじゃワイの舌は満たされへん。
(ビッツさん、前から気になってたんですけどなんでこんな事してるんですか?
もしかして、未練が何か覚えてるんですか?)
(いや、そう言うわけやない。
ただ、考えはあんねん。)
(考え?)
(せや。ワイら幽霊には生きとった頃の記憶がない。どこに生まれてどこで育って、どんな奴らと笑ったのか、欠片も覚えてないねん。
でもな、ワイのこの喋り方がワイの故郷を教えてくれてる。
ワイの故郷は、西の首都大阪や。大阪言うたらなんと言っても食いだおれの街やろ?
食いだおれの街に生まれたもんの未練言うたら、旨いもんをもっと食いたかったいうこと以外考えられるか!)
やからワイは、飲食店の多いこの場所に来てる。
ワイの舌が満たされればワイは成仏出来る気がしとった。
(そんな簡単なものなんですか?
普通未練って言うのは、自殺する原因に成ったものとかじゃないんですか?)
叶が頭の底で叫んだがワイは無視する。
そんな覚えてもないこと探すより、旨いもん食べ歩いた方がよっぽど有意義や。
いくら食っても金は叶持ちやから心配する事はない。
タダ飯は生きてても死んでても最高や。
と言っても、この辺りの旨そうな飯屋はあらかた食べ尽くしとった。
ホンマやったら新幹線乗って大阪行きたいところやけど、叶の財布にはそれだけの金が入ってない。
あんなボロアパートに一人住んでるんや、なんかややこしい事情でもあるんやろう。
生きてる人間にそこまでの興味はないから、それ以上詮索する気はなかった。
取り敢えず、叶の財力じゃ遠出は無理やと思ったワイは近場でまだ行ったことのない地区に足を向けた。
こんな中都市の繁華街から離れた場所に旨い料理出す店があるとは思わんかったけど、他にすることもなかったからダメ元で歩いていった。
そして結果は、惨敗やった。
知らへん土地で闇雲に歩き回ったのが悪かったのか、ワイが辿り着いた場所はミンクのネオンが輝くホテル街やった。
男が一人で来るような場所やないことは明らかで、こんな所に飲食店があるとも思えんかった。
(ビ、ビ、ビッツさん、何て所に来てるんですか!早く引き返してください)
(なんや自分、こういう所は初めてかいな。
ったくこれくらいで同様なんかしとったら彼女出来てもヤルことヤレへんぞ)
(ヤルことって何ですか!そんなことは良いから早くここから離れてください。
知り合いに見つかったらまずいじゃないですか!)
(アホ、ここは自分らみたいなガキが来るとこちゃう。
心配せんでも大丈夫や)
とは言ったものの、別にここに長居する目的もないから、ワイは叶が言ったとおり引き返す事にした。
イチャつく男女を傍目で見るのは幽霊に成っても辛い。
と、引き返そうと振り返ったワイに誰かが急にぶつかってきた。
不意の衝撃にふらついたがなんとか持ちこたえると、尻餅を突いた相手がすいませんと言ってワイを見た。女の子だった。
(宮野さん!)
つんざくような叶の悲鳴が頭の奥から響いてきた。
ワイは頭痛のするその声に顔をしかめて目の前の女の子を見た。
一目見て幼いと分かる顔に、必死の大人メイクが浮いとるおかしな顔をしとった。
美人やったが、ロリと言ってもええその顔はワイの好みや無かった。
女の子はワイの顔を見ると一瞬驚いた顔になって、すぐに目を伏せた。
「誰なんや自分」
ワイが訊ねたすぐ後、女の子を追うようにして一つの影がホテル街の闇から走ってきた。




