騒動の後で
「まったくもう、何があったかは知らないけど、おめでたいお正月に一体何してたのよ?」
白衣に緋袴の巫女装束に身を包んだ宮野さんが頬を膨らませて俺を見ていた。
高校二年生にしては低い背と肩までしかない短めの髪の宮野さんは、巫女装束がヤバく似合っていた。
背の高い巫に比べると若干幼い顔つきだが、そこがまたたまらなく可愛らしい。
学校でもそうなのだが、宮野さんはいつもニコニコしている。
何があっても輝きを絶やさない、太陽のような存在が宮野さんなのだ。
面倒見がよく、文武両道で先生からの信頼も厚い、父親は弁護士で母親はPTAの会長を務める完璧主婦、一人っ子だが子供に好かれるお姉ちゃん体質、誰からも慕われるため彼女の周りには人の輪が絶えない、俺のクラスのクラス委員長、来期生徒会選挙の大本命、それなのに自慢を一切しない、悪口も言わない、食べることが好き、好きな食べ物はオムライス、嫌いな食べ物はない……宮野さんの魅力を語り始めたら止まらなくなる気がするのでこれくらいにしておこう。
つまり、俺が言いたいことをまとめると……
宮野さんは正義!
と、いうことだ。
そんな宮野さんに正月早々出会えるなんて……俺、今死んでも悔いはない!
「何鼻の下伸ばしてるのよ気持ち悪いわね。
何がそんなに嬉しいのよ、こんなに不愉快なことがあったって言うのに」
宮野さんとは対照的に、俺の隣に座っている巫は不機嫌極まりない顔をしている。
どれくらい不機嫌かと言うと、俺以外のクラスメイトの前だというのに猫を被っていないほど不機嫌だ。
まあ巫にとってあの後の出来事はそれくらい不機嫌になっても仕方のない事だったのだが。
あの後、巫と巫にスマートフォンを壊された男性との間に宮野さんが仲裁入ってくれたおかげで事態は一応収束した。
巫にスマートフォンを壊された男性は、「警察呼べ!」だの「弁償しろ!」などと叫んでいたがどこからともなく黒岩が現れると、急に黙ってしまった。
今俺達は売店の奥にある控え室に居るのだが、彼はこの部屋の隣に黒岩さんと二人で居る。
たまに、「ヒィッ」とか「ウギャァ」という呻き声とも叫び声ともとれる音が聞こえてくる気がするが、多分俺の空耳だろう。いや、空耳だ!
「それにしても意外だったなあ、まさか巫さんがこんなに話す人だったなんて。
それに、巫さんと夢無君が仲良かったなんて驚きだよ」
宮野さんは、俺と巫の顔を交互に見比べて嬉しそうに笑った。
ああ、天使の微笑みだ。
「仲良くなんかないわよ。何で私がこんな何の特徴もない男と」
巫は不機嫌そうにそう吐き捨てるように言った。
ルックスだけで比べれば二人ともSランクで同点だというのに、性格を比べると雲泥の差が生まれてしまう。
どうして巫は宮野さんのように成れないのだろうか。
「ふぅ~んお似合いだと思うけどなあ」
「お似合いじゃないわよ!」「お似合いなんかじゃない!」
う、被ってしまった。ハッピーアイスクリームだこの野郎。
まあ俺は、巫にアイスクリームどころか生活の全ての資金を出してもらっているのだが。
「やっぱり仲良いんじゃない。
羨ましいな、お正月に友達と初詣なんて、私なんてお正月早々巫女さんのバイトだよ。
もっと青春らしいことしたいなあ」
そう言って口をとがらせた宮野さんは、小野小町も裸足で脱げ出す美しさを放っていた。
ああ、時が止まってしまえばいいのに。
俺は本気で神様に祈ったが、無情にもその時俺達が居る部屋のドアが開いた。
そこに立っていたのは、いつものように真っ黒なスーツとサングラスと肌をしたスキンヘッドの強面男性の黒岩だった。
黒岩は主人である巫に小さく会釈をした。
「どうなの、話はちゃんと着けたんでしょうね」
「はいお嬢様。こちらの方もご自身の非を認められ深く反省されております。
あの場に居られた他の方々には、別働隊が対処に当たっておりますので心配ございません」
「そう、ご苦労様」
巫は不機嫌な顔をほんの少しだけ緩めてそう言うと、立ち上がり歩きだした。
黒岩にはご苦労様と声をかけたのに、助けてもらった宮野さんに何も言わないとは何事だ。と、心の中で異議を唱えていると、巫がドアのところでこちらを振り返った。
「何をしてるのよ木偶の坊、さっさと来なさい帰るわよ」
巫の口から出たのは、宮野さんへの感謝ではなく俺への死刑宣告だった。
せっかく宮野さんとお喋りが出来るというのに、この幸運をあっさり捨てて帰るだと?
こんなシチュエーション金を払ったってそうは実現しないんだからな。
俺にはそんな勿体ないことは出来ない。
ここは例え相手が巫だとしても断固抗議する!
「はあ、何言ってんだよもう少しここに居たって良いじゃないか。
折角、み、宮野さんが良くしてくれてらっしゃるんでございますから」
「そうだよ、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
宮野さんが俺の味方をしてくれた!?
少し噛んでしまった気はするが、そこは気にしないでおこう。
宮野さんの隣に居るというのは、それだけで心臓が飛び出るくらいの緊張を伴うのだから少し噛むくらい仕方がないことだ。
「宮野さんは黙っててもらえないかしら。私は彼に話しかけているの。
まさかもう忘れたのかしら?あなたの立場を」
新年早々宮野さんという天使に出会えたのに、なんでこんなにも早く別れないといけないんだ。
こんな幸運を逃すなんて、竜宮城にいってご馳走食べないようなもんだぞ。そんな勿体ないこと俺には……
「は・や・く」
俺はこの時ほど巫に抵抗できない自分を恨むことはなかった。




