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怒った巫美里は手が付けられない。

 今思えばあの時俺が安請け合いしてしまったのは、判断ミスだったのかもしれない。

 自分の体を貸すという事の意味を分からないまま変な契約を交わさなければ、俺がその後する後悔はもしかしたら防げたのかもしれない。

 いや、あれは俺が何をしようと壊れていただろう。

 それでも、もっとマシな結末を用意できたのかもしれない。



♦♦♦♦♦



 神様への厚かましいお願いを終えた俺と巫は、多くの参拝客がそうするように、本殿の横に立つ売店へと向かった。

 神聖な御守りや、飾りの沢山付いた矢なんかを売っている場所を売店と呼んで良いのか分からないが、それ以外に適当な言葉が思い浮かばない。

 俺は、当たり前のようにその売店の前の混雑を避け、人の少ないさっきのベンチへ戻ろうとした。

 だがその時、何かが俺の服を引っ張った。


「ちょっと待ちなさい」


 当然のごとく、それは巫だった。


「どうしたんだ?お前の見たいもんはもう見ただろうが。

 これ以上何をするって言うんだよ」

「そんなのあれに決まってるでしょ」


 巫が指さした先にあったのは、初詣の定番中の定番おみくじだった。


「おみくじ?何でそんな訳わかんねえもん引かなきゃいけないんだよ。

 あんなの、金払ってだったの紙切れ買ってるだけじゃねえか」


 俺の投げやりな態度が気に食わなかったのか、巫の表情がどんどん険しくなっていく。

 さっきまでの嬉しそう俺に毒舌を吐いていた顔から、だだをこねる子供の不服そうな顔へと変わっていったのだ。


 地雷を踏んでしまったか?


 そんな後悔をしたのは、全てが手遅れになったときのことだった。

 巫はいきなり俺の胸ぐらを掴んだかと思うと、体格差も無視して俺の体を引き寄せた。

 あっという間に、俺と巫の鼻は触れ合いそうなほどまで近付いていた。

 至近距離で巫と目が合う。

 端から見れば今の俺達は、初詣に来て人目もはばからず新年早々イチャイチャしているバカップルに見えたことだろう。

 だがそれも、今俺の目の前にある巫の激おこぷんぷん丸な顔を見れば誤解だと分かるだろう。

 しかし、激おこぷんぷん丸というのはおかしな言葉だ。

 怒りの最上級を表しているはずなのに、この言葉を使った瞬間その怒りは大したことではないように感じられるのだ。

 意味と効果が違うのなら、それはもう言葉として成立していないんじゃないのか?


 と、そんなことを考えている場合ではなかった。

 今俺の目の前にある巫の顔は、激おこぷんぷん丸などという可愛らしいものではなく、激昂というのが似合う顔だった。


「な、何だってんだよ」


 至近距離で見つめ合っているのも気まずいので、俺から口を開いた。

 今朝はミント味の歯磨き粉で念入りに歯磨きしていたので口臭を気にする必要はないだろう。

 そんなことを考えていると、巫がいきなり俺の額に頭突きをしてきた。


「っ……」


 周囲の視線と額が痛い。

 俺は割れそうな痛みを放つ額を両手で抱えてしゃがみ込んだ。


「な、何だってんだよ」


 しゃがんだまま巫を見上げると、不機嫌な顔が俺を顔を覗き込んできた。


「いい、あなたは私の言うことを聞かなきゃいけないの。

 私の命令は絶対で、私のお願いは常に最優先事項なの、分かった?

 あなたは私の観察対象なのよ、その事を忘れないで」


 周囲の不審そうな目を憚る事なく、巫は大声でそう言い放った。

 こんな事を人が集まる売店前でやってしまったので、俺達の周囲には半径一メートルほどの人の輪が出来上がってしまっていた。

 端から見れは今の俺達は、新年早々初詣に来てイチャイチャしていたが何らかの理由で痴話喧嘩に発展し破局寸前のカップルに見えたことだろう。

 いや、もし仮に俺達が破局寸前のカップルだとしても、彼女が彼氏に頭突きをかますことなどそうあることではないだろうが。


 カシャ カシャ カシャ


 俺達の周りを取り囲んでいた内の数人のスマートフォンからシャッター音が聞こえてきた。

 くそ、野次馬どもが。その写真をどうする気なんだ?

 ツイッターにでも晒すのか?リア充爆発なうか?

 そんなことをしてみろ、巫が黙っちゃいないぞ。こいつのお父様の財力と人脈は多分とんでもないものだろうからな。

 写真をネットに晒した途端、お前達のリアルは終わるんだぞ。

 そんな風に、俺が心の中で周りの連中を毒づいていると巫が信じられない行動に出た。

 なんと巫は、俺達の事を撮っていた奴のスマートフォンを奪うとそれを地面に叩きつけ、なんの躊躇もなくそれを踏み砕いたのだ。

 その瞬間、シャッター音は全て止み、そのかわりに大きなざわめきが辺りに広がったのだった。


「どうしましたー?」


 可愛らしい透き通った声が人垣の奥から聞こえてきたのは、まさにその時だった。

 人垣の隙間からチラッと見えた服装から察するに、どうやら声の主は巫女さんのようだ。

 流石に人の多いこんな場所で騒いだもんだから、売店にいた巫女さん達が心配して見に来てくれたのだろう。

 ほんと、新年早々申し訳ないです。

 俺はまだ姿が見えない巫女さんに、心の中で頭を下げた。

 お寺の関係者が仲裁に入ってくれるなら、この一連の騒動も何とかなるだろうという期待が俺の中にあったからだ。

 だが、俺のその淡い期待は一瞬にして裏切られた。

 それどころか、巫女さんが現れたことで新たな問題が浮上したのだった。

 何故なら、


「すいません、通して下さい!

 すいません、皆さんどうなさいました?

 って、え?夢無君?巫さん?!」


 そう言って現れた巫女さんが、俺と巫のクラスメイトの宮野千尋みやの ちひろだったからである。












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