元旦だというのに、めでたさを欠片も感じない。
一月一日。俺は初詣客で賑わう地元の神社の境内にいた。
決して狭くはない境内には、所狭しと露天が並び、境内に入りきれなかった露天は参道の両脇にずらっと並んでいた。
その露天の合間のスペースも、初詣客によって隙間なく埋め尽くされていて、この境内には元旦以外で見られる静けさが息を潜めていた。
一年は三百六十五日あるのだ。
ここはその内の三百六十日程は、日に十人も訪れないような神社なのだ。
それなのに元旦、正月、初詣、それらの言葉が付いただけでこの盛況ぶりである。
人混みが苦手な俺にとって、ここは生き地獄のような場所だった。
「人混みって、改めて聞くとすごい言葉よね」
不意にそんな事を言ったのは、俺の横を歩いていた巫だった。
巫は初詣するのに相応しい、紅い生地の華やかな振り袖を身にまとっていた。
遠くから見ると、巫の大人っぽい容姿も相まって、成人式か大学の卒業式のようにも見える。
いや、成人式や大学の卒業式にこのレベルの容姿をした女性はそう居ないだろう。
例えるなら、ミス着物とかミス純日本女子とかそういう大会に出ていてもおかしくない。いや、そこで優勝してもおかしくないほどの雅さを兼ね備えていた。
そんな、町中を歩けば十人中十一人が振り返るような美女と、こんな死に損ないの俺が何故一緒にいるかと言えば。
「死に損ないが一年の健康を神様にお願いする姿を見てみたい」
という、巫の突拍子もない提案のせいだった。
「人混みよ、人ゴミ。まるで粗大ゴミや生ゴミと同じようじゃない。
人がゴミのようだと言った有名な人が居るそうだけど、確かにその通りだと思うわ。
この世界に人よりも無益で有害でゴミのような存在は居ないもの」
「よく新年早々そう舌が回るな。
ここは神様の御前なんだぞ。もう少し言葉を選んだらどうだ?」
「ああ、何てこと……。
新しい年の始まりに、人の中でも最底辺のあなたにそんな事を言われるなんて。
私の一年お先真っ暗だわ」
年が変わっても、巫の毒舌に何ら変わりはなかった。
ほんとならもっと巫に反論したいところなのだが、今の俺にはそんな余裕はなかった。
巫の毒舌のように、年が変わっても変わることのない問題が今俺の家で現在進行的に起きていたからだ。
何を隠そう、その問題とはあの四人の幽霊についてだ。
「どうしたの、車にひかれてヘシャンコになったガマガエルみたいな顔して」
「別に何もないさ」
幽霊のことは、誰にも話していない。
大家のフミさんにも黒岩さんにも、もちろん巫にもだ。
話しても信じてもらえないだろうと云う諦めから話していないというのもあるのだが、誰にも話さない理由はそれだけではない。
あの夜、俺が金縛りに遭ったあの夜、俺は幽霊達とある約束をした。
約束というよりも、それは契約に近い物だった。魂間で結ばれた、強制力の強い契約。
俺はその事を思うと、胃が重たくなり、肩が自然と下がった。
辺りの人混みと相まって、俺のテンションは新年早々どん底に沈んでいた。
そんな最悪の気分で歩いていたのが悪かったのだろうか。俺は、いつもなら絶対に躓くことがないような石畳の隙間に足を取られ、前のめりに倒れてしまった。
これがもし、今日以外の日の出来事だったなら俺がドジだった、と言うだけで話は終わっていた。
だがしかし、先ほどから言っているとおり、今日この場所は、いつもとは比べ物にならないほどの人で埋め尽くされていたのだ。
そんな場所で一人が転けるとどうなるか、想像するのは簡単だろう。
そう、人間ドミノ倒しの始まりである。
♦♦♦♦♦
「呆れて物も言えないわ。あなたって本当に、どうしようもない、心の芯から死に損ないなのね。
新年早々よくそこまでの醜態を晒せるわね。逆に尊敬するわ。
私みたいに、可憐で優美な動作しか出来ない身からすれば、あんな段差があるのか無いのか分からないほど平坦な場所で転けるのは、足で指切りするくらい難しいわ」
俺と巫は、人混みから少し離れた、境内の奥にある林の中に居た。
俺は、そこにあったベンチに座って、擦りむいた顎にハンカチを当てていた。
巫は、そんなどん底を通り越してどどん底のテンションになっていた俺の前に立って、マシンガンの弾丸のような途切れのない叱責の言葉を浴びせていた。
「大体、躓いて転けただけで顔を擦りむくとは、どういう反射神経をしているのかしら?
あなたには、受け身を取るという動物的本能すら備わっていないのかしら?
確かにあなたは、半分死んだような、言わばゾンビのような気持ちの悪い存在なのだけど、ゾンビでも身を庇うくらいのことはするわよ。
つまり、あなたはゾンビ以下よ」
神様から少し遠ざかったからか、巫の毒舌のキレが上がっていた。
一度躓いただけで、非生物扱いである。
いや、非生物以下扱いである。まったく、こんな姿を誰かに見られたらショックで自殺しちゃうな俺。
って、俺に自殺なんて出来ないんだけど。
それにしても、改めて巫の毒舌に晒されて気が付いたことだけど、巫は俺の悪口を言っているとき妙に生き生きとしている。
生き生きとして溌剌として目がキラキラしていた。どうやら、俺に罵詈雑言を浴びせるのがよほど楽しいらしい。
去年の四月から八ヶ月近く同じクラスで過ごしていだけど、俺が巫のこんな本性を知ったのはつい先日、俺の自殺が未遂に終わった日のことだった。
それまで俺は、巫のことを無口で地味な友達いない系女子だと考えていた。いや、この言い方では語弊がある。俺は、巫の事を考えたことなど無かった。あの日、突然目の前に現れて俺の頬を平手打ちにするまでは、その存在すらも忘れかけていた。
確かに巫美里の容姿は桁外れに優れていた。
その辺の量産型アイドルなどでは、到底太刀打ち出来ないような、高貴さと可憐さ雅やかさを兼ね備えた生粋のお嬢様が巫美里だった。
だが、どんなに美しい宝石も掘り出して研磨して加工しなければその価値が発生しないのと同じで、人もまた原石のままでは本来の美しさを発揮できないのだ。
クラスでの巫は当に、余分な岩石をくっつけた原石と同じだった。
そんな巫が、あの日以降岩石の壁を作ることなく、本来の輝きを持って俺に接していた。
そこにどういう意図があるのかは、分からなかったが、俺は今の巫の方が好きだった。あくまでlikeの方で。
だがlikeでも、好きは好きだ。だから、振り袖姿の巫が一瞬にして岩石の壁を作ったとき、俺は少し悲しい気がした。
確かにその時、巫から放たれる輝きが大きく減った気がした。
「今日は帰るわ」
俺だけに聞こえるよう抑えられたその声は、数秒前までのマシンガンとは真逆の物だった。
その余りに突然な、態度の豹変に驚いて俺は顔を上げると、巫が背中を向けて俺の元を去ろうとしている場面だった。
だが、その背中が遠ざかる前に、俺の後方から調子の抜けた聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「か~な~~う~~~~」
新年早々MAXテンションなその声は、俺の元隣人山崎健一のものだった。
その声に、巫の肩はビクッと震え、そしてその足が止まった。




