ひよこ、のせて
今日は、風真と水城の通う保育園に、移動動物園が来る日。
通称、“ふれあい動物園”の日だ。
近くの動物園からやって来た、馬やブタ、大きなヘビなんかが、園庭に作られた柵の中でのんびりと過ごしている。
外から聞こえてくるみんなのはしゃぎ声を耳に、水城は固まっていた。
いつもおままごとや積み木をして遊んでいる教室の中央に、ひとつの大きな木箱がでんと置かれている。
箱の中が、不気味にうごめく。
水城が盾にしている少年が、なんの迷いも見せずそこに手を突っ込み、“それ”を一羽、水城の方に向けた。
「ほら、水城。ひよこだよ」
「……っ!」
鼻の先に、くすんだ黄色の羽毛をまとった小鳥を突きつけられ、水城の大きな瞳が揺れる。
「いっ……」
「?」
「やだ!風真ばかっ、“それ”!こっち向けないで!」
盾として使えなくなった風真から走って離れ、壁に背中を付けながら必死にいやいやをする。
急に逃げ出した水城に、風真はきょとんとする。
「なんで?……水城、ひよこ怖いの?」
「…………っ」
ぎゅっと唇を引き結び、風真の手に乗る“それ”を無言で睨みつけているあたり、どうやらそうらしい。
「…………」
「い、いいから早く、それ置いてっ!」
「…………ぷっ」
「!」
「あっはははっ」
「なっ、なんで笑うの!?」
だって、おかしいから。
木箱の周りに群がる女の子たちは、みんな「かわいい~」ととろけるような顔で、自分からひよこをだっこしているというのに。
こんな、可愛らしい黄色い小鳥が「怖い」だなんて。
水城はますます泣きそうな顔で、きつく眉を寄せている。
これ以上笑ったら水城が泣いてしまう、と直感した風真は、必死に笑うのを我慢して、ひよこを手のひらに乗せたまま、水城に歩み寄る。
「ちょっ……風真!それ!」
「大丈夫だよ、ほら、見てごらん」
風真にそう言われ、恐る恐る、彼の手に視線を落とす。
風真の小さな手のひらいっぱいに、ちょこんと、ひよこが愛らしくうずくまっている。
固そうなオレンジ色の嘴の上にある、黒く小さな二つの眼は、じっと水城に向けられていた。
「…………」
しばし見つめ合う、水城とひよこ。 ……だんだん、このひよこのつぶらな瞳を凝視する内、水城の中で意識改革が行われつつあった。
怖い、っていうか、これは確かに、周りの女の子たちが言うように……。
「乗せてみる?」
と風真に言われ、一大決心の思いで、こくりと力強く頷く。
風真の手から水城の手へ、ひよこの譲渡が行われようとした。
正に、その時だった。
「いてっ」
「!」
水城の手にひよこを乗せようと、風真が空いている片方の手でひよこを掴もうとした時、ひよこが抵抗した。
その、細く固そうな足の先にある鋭い爪を、風真の手のひらに突き刺したのだ。
薄皮の破れた手のひらからは、うっすらと血が滲んでいるのが見える。
「…………っ!」
「…………」
一瞬にして青くなる水城と、真顔で自分の傷を見やる風真。
そして結局。
「えーと……乗せてみる?」
「……やっぱりいやぁ~~~~~~っ!!」
水城がこのふれあい動物園で動物に触れずして学んだことは、“ひよこの爪はキケン”の一点のみだった。