君の笑顔が好きだから
俺の幼馴染はよく笑う奴だった。そして優しかった。
いつもニコニコ笑って、笑顔で、誰もを明るくさせた。
俺もその内の1人だった。何度も助けられた。
辛くて悲しくて仕方なかったとき、挫けそうになったたとき、死のうとさせ思ったとき。
何度も助けてくれた。優しい言葉をかけて、俺を立ち直らせてくれた。
「ねぇ、蒼くん。この世界は素晴らしいと思わない? 人が人を愛するなんて素敵だよね。この世にいらない人なんて、絶対いないよ」
そう、言っていた。いつも。俺の幼馴染は、「愛」という言葉が素晴らしいといつも言っていた。
いらない人間なんていない。それを絶対に世の中に分からせてやるんだ、と。ずっと、ずっと言っていた。
そしていつしか、俺は幼馴染に恋愛感情を抱くようになっていた。
その感情に気付いたとき、ようやく幼馴染が言っていた言葉を理解した。
確かに、「愛」は凄かった。俺も、素晴らしいと思った。
ソイツが笑えば、俺の世界はよりいっそう色づいて、キラキラと輝く。
ソイツと話せば、俺の中を何かで満たしてくれる。
幼馴染がいれば、俺の世界が色づいていた。そして、思い出せば、いつも明るくいられた。俺の世界が広がった気がした。
ただ、一緒にいれるだけで幸せになれた。
素晴らしかった。俺は毎日が楽しくて仕方がなかった。
「蒼くん! 私の話を聞いて、自殺をやめてくれた人がいたの。やっぱり皆、話せば分かってくれるんだね」
こうやって嬉しそうに話してくる幼馴染を、いつも俺は撫でていた。
そして一言、「頑張ったな」と。そしてエヘヘ、と笑顔を見せてくる幼馴染が愛おしくてしょうがなかった。
ただ、それだけが幸せだった。
幼馴染も笑ってくれて幸せそうだったから、それだけでよかった。
ただ俺の幼馴染の思考を分かってくれる奴はごく僅かだった。
確かに俺も最初は「愛」だとなんだの言われても全く分からなかった。だからこそ、冷たい目で見られることもあった。
けど、常に笑顔だった。何を言われようが、笑っていた。
そして俺が高校2年生になった頃、同じ高校にいった幼馴染と同じクラスになった。
1年の頃は違ったので、一緒になれたことはとても嬉しかった。すごく幸福感を味わえた。
ソイツはずっと変わらず、「愛」について熱心に語っていた。
でも、急にそれが壊れた。
秋ぐらいだった。ソイツの笑う回数は減った。
最初こそ気にしていなかった俺だが、どんどん笑顔が減っていくので変に思った。
どうした、と聞いても答えなかった。「なんでもない」の一点張りで、笑みを浮かべるのだった。その笑みは明るいものじゃない。
完全に、変だった。それでも「愛」についての思想は捨てていなかった。
そして、冬になり……学校が休みの日、俺の携帯にメールが一通届いた。
開いて見ると、幼馴染の名。
なんだろうか、と思いメールを見ると、俺は絶句した。
こんなもの、アイツが送るなんて信じられなかったから。
『From.愛歌
無題
―――――――――――
いま近くの病院にいるの。
蒼くん、私死にたい。
私、いらない人間だった。』
俺は急いで部屋から出て、靴を履いて家を飛び出した。
母親から「どうしたの!?」という困惑した声が聞こえたが、無視した。
どうして、死にたいなんて。
あれだけ「この世にいらない人間なんていない」って言っていたじゃないか。
何で。何があった。
どうしてどうしてどうしてどうして。
それしか頭に思い浮かばなかった。
昨日だって、いつものように笑っていたじゃないか。笑顔こそ減ったが、笑っていたじゃないか。
走っていくうちに、1番近くの病院についた。
俺は息を切らし、汗だくの状態でカウンターに行き、幼馴染の病室を聞いた。
関係者か、と聞かれたので幼馴染と正直に答えた。そしてとりあえず会わせてほしい、と。
何とか病室の番号を聞き、その病室に勢いよく入った。
少し入ると、ベットの上で上半身を起こしている人がいるのがわかった。
その人を見ると、俺の探していた人だった。
その人を見ると、俺の探している人とは別人だった。
確かに俺の幼馴染だった。髪も、口も、目も。全部、アイツのものだ。
明らかに目が違った。死んでいた。目に何も映していなかった。
昨日とはまるで別人で、死人のようだった。
「愛歌……? どうしたんだ……?」
ゆっくりと幼馴染に近づく。
ベットまで近い距離に行くと、やっと俺の方をみた。瞳には、何も映っていなかった。
「蒼、くん……」
声は掠れていて、よく聞こえなかった。
いつもの幼馴染とは違う。こんな、こんな人間じゃない。
俺の知ってる愛歌は笑顔で、明るくて、元気で、「愛」について熱心に語っていて――……。
「私、ね。いらない、人間、だったの。親から、必要と、されて、なかったの。
いつも、暴力うけて、ね。それでも、私、「愛」さえ、あれば、お母さんや、お父さんも、変わって、くれると、思ったの」
知らなかった。コイツが、親から虐待をうけていたなんて。
そんな素振りは全然なかった。二度三度、腕に傷は見えたが、「転んだの」といわれて納得していた。だって、そんなの、2回や3回だぞ?
コイツは上手く服とかで隠していたのかもしれない。それか、親が目立たないところを集中的に攻撃していたか。
俺ですら、ずっと一緒の俺ですら、気付かなかった。
そして、自分の無力さを悔やんだ。
愛歌は途切れ途切れに続ける。生気がない声で。
「昨日、ね、「いらない子」って、言われた、の。
いつも、のこと、なんだけど、昨日は、私、包丁まで、向けられ、たの。それで、おなかに、刺さって、病院で、治療、うけて」
俺の手は無意識に震えてた。
どうして、俺はコイツを救ってやれなかったのだろう。誰よりも近くにいたのは、俺だろう?
どうして、俺はこの事に気付いてやれなかったのだろう。誰よりも一緒にいたのは、俺だろう?
「私、ホントに、いらないんだ、って……。殺され、そうに、なって、やっと、気付いた、の。
親から、必要と、されない、なんて、私に、存在価値、なんて、ないの。無意味、なの。いたって、邪魔、な、だけ。必要、ない、存在……」
感情のない目でそう告げる幼馴染。自分が愛した人間が、どんどん壊れていく。いや、もう壊れている。
きっと、徐々に壊れていたんだ、コイツは。
我慢して、我慢して、耐え切れなくなってしまったんだ。
俺は無意識にソイツを抱きしめた。強く、気持ちを伝えたくて。
何でか、俺の目から温かいモノが流れ落ちた。
「俺が、お前を必要とするから。お前は、必要のない人間なんかじゃないから」
だから、頼むから、一生のお願いだから、
――――死にたいなんて言わないでくれ……。
「俺には、お前が、愛歌が必要なんだ……」
抱き締めている力を強くする。じゃないとコイツは何処かにいってしまいそうで。
「頼むから……いつものように、笑ってくれよ……」
愛歌に伝わったのだろうか。少しでも分かってくれただろうか。考え直してくれただろうか。
いらない人間なんかじゃないって、分かってくれただろうか。
ただ俺は泣きながら、己の無力さを噛み締めながら、小さくて壊れてしまいそうな愛歌の体を抱き締めていた。
(まだ、間に合うか? 俺は、まだ、お前を、助けられるか?)
この後どうなったか、それは皆様のご想像にお任せします。
読んでくださり、ありがとうございました。