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家庭科教師  作者: 怪塊廻
3/3

家庭科教師 3話目

 頭が痛い。普通の頭痛とは少し違っていた。痛みで顔を顰めるほどだ。大人も酒を飲むとこんな感じの頭痛にするのかな。そんな事を呑気に考えながらゆっくりと目を開けた。

 そういえば家庭科室で寝ちまったんだよな。腕の辺りに違和感を感じながら幸雄は目を開けた。

 開けてすぐには焦点が合わなかった。どれくらいの時間眠っていたのか分からないが、結構長かったに違いない。目を開けて焦点が逢わないという事はそんなに無い。それともあの睡眠ガスのせいなのか。

 幸雄はそんな事を考えながら、立ち上がろうとした。その時やっと自分の置かれた状況に気がついた。

 身動きが取れない。身体を見ると、紐が何重にもなって椅子と幸雄を縛り上げていた。ほんの少しだけなら動けるが、椅子から離れる事はできない。

「クソッ!なんだよ!これ!」

 渾身の力を込めて身体を揺するが、椅子がガタガタと音を立てるだけで紐が緩む事はない。

「そうだ、一たちは?」

 首だけを動かして周りを見てみると、一や武雄も幸雄と同じように椅子に縛り付けられていた。幸雄以外は誰も目を覚ましていない。

「龍一!おきろよ、龍一!」

 幸雄は隣で縛り付けられている龍一に声をかけた。しかしなかなか起きない。

「龍一!早く起きろって!お前、今おれたちが置かれてる状況が分かってんのか!」

 龍一は鬱陶しそうに顔を顰めながらゆっくりと目を開けた。

「あぁ、クソッ。頭痛ぇ」

 顔を顰めながら手を頭へ持っていこうとするが、動かせない。当たり前だ。縛り付けられているのだから。その時やっと龍一は縛り付けられていることに気付いた。

「なんだよ、これ!どうなってんだよ!」

 いつも冷静な龍一が珍しく動揺している。どうなっていると聞かれても幸雄が答えられる事ではない。

「龍一、落ち着くんだ!」

「落ち着く!?こんな状況で落ち着いてられるのかよ!」

 龍一は頭に血が上ってしまい、何を言っても聞き入れてはくれない。龍一の怒声を聞き流しながら、幸雄は周りの状況を把握した。

 カーテンは締め切ってある。カーテンの端はガムテープで止めてあり、全く外の光が入ってこない。もしかしたらもう夜になっているのかもしれない。

 黒板には最後に見たときと同じように名前が書いてある。それ以外は全く変化は無い。他にも家庭科室内には特に変化が無い。

「クソッ、どうなっていやがんだ・・・・・・」

 背後から声がした。宗一郎が目を覚ましたようだ。

「おい、幸雄!これはどういうことなんだよ!」

「そんな事おれに聞かれたって分かんねぇよ!」

 龍一は相変わらず怒声を発し続けている。

「おれも目が覚めたらこの状況だったんだよ!」

 大声で怒鳴り返す。

「それにこんな事をする奴は想像がつくだろうが!」

 そう言うと龍一も宗一郎も黙った。そして龍一がしばらく間を空けて、

「三潴か・・・・・・」

 と小さく呟いた。

「あのくそ野郎!ふざけんじゃねぇぞ!」

 ガタガタと暴れると、椅子は一緒に動く。椅子は床に固定されているわけではなく、立とうと思えば簡単に立てるのだ。

 しかし立つためにはかなり苦労する。手が自由でないとこんなに不便だという事を今初めて分かった。

「とにかくみんなを起こそう」

 宗一郎が落ち着いた声で言った。

「そうだな」

 龍一はうなずくと、隣にいる浩一に声を掛け始めた。幸雄も一緒になって声をかける。宗一郎は隣にいるはじめに声を掛け始めた。ガスの効果はかなり強いものだったということが分かる。どれだけ声をかけてもなかなか目を覚まさない。

 一がうなりながら目を覚ました。

「なんだよ・・・・・・一体なんだよ、これは!」

「落ち着け、一」

 宗一郎がなだめる。一は周りの状況を見て今の現状を理解したようでそれ以上は騒がなかった。

「武雄、起きろよ」

 一は何も言っていないのに武雄を起こし始めた。起こしてくれれば助かる。

「とにかくみんなを早く起こすんだ。そしてここから逃げ出す方法を考える。そうすればきっと・・・・・・」

 その時突然扉が開かれた。

 全員の視線が扉に注がれる。誰かが助けに来てくれたのかという期待の気持ちがあった。しかし期待は裏切られた。

 入って来たのは三潴だった。

「三潴ぁぁぁぁぁぁぁ!てめぇ、何のつもりだ!」

 龍一が怒声を放った。しかし三潴は涼しい顔で受け流し、

「他の連中も早く起こしなさい」

 と呟いたあとに、

「起きないのならわたしが起こしましょう」

 と付け足した。

 幸雄は三潴を睨みながら、まだ眠っている武雄達に声をかけた。しかし全然起きる気配を見せない。

「さっさと起きろよ!」

 龍一が痺れを切らして怒鳴り散らした。

「起きないようですね」

 三潴はそういいながら立ち上がった。

「こっちに来んじゃねぇよ!」

 幸雄が叫ぶが、その叫びを無視して三潴は浩一のそばへ歩み寄った。手にはプラスチック製のものさしが握られている。

 三潴はものさしを振りかざすと、浩一の顔目掛けて振り下ろした。バチンという綺麗な音が静かな家庭科室の中に響く。しかし浩一は起きない。三潴は再びものさしを振りかざし、何度も浩一の顔を叩き続けた。

 浩一の顔は腫れ上がっていく。ちょうど三潴がものさしを振り上げたときに浩一は目を覚ました。最後に一発だけ顔にくらった。

「すぐに起きなさい」

 三潴は呆れたような口調で言うと、次に真一の前に立った。真一もぐっすりと眠っている。三潴はため息を吐くと、ものさしを振り上げた。

 耳を塞ぎたくなるような音が何度も繰り返し聞こえてくる。起きるまで全力で叩き続けるのだ。ただ寝ているだけなら一回叩かれただけでおきるだろう。しかし強いガスを座れた幸雄たちがすぐに起きられるはずが無い。

 叩きたいがために三潴は強いガスを使ったのではないかとも思えてくる。その推測は間違ってはいないだろう。三潴の顔には笑顔まで浮かんでいるのだ。

 真一が目を覚ました。

「困りますね。口で言っても起きないなんて。いつまで経っても幼いんですかねぇ」

「自分が睡眠ガスを使ったくせに!」

 幸雄は怒りに任せて怒鳴った。すると三潴は、

「そのガスを吸わされる羽目になった原因を良く考えてみたらどうですか?」

 と言いながら、武雄の目の前に立った。

三潴がものさしを振り上げる。

「武雄!起きろ!」

 一が叫び続ける。しかし武雄は起きない。

「諦めなさい」

 三潴が一のほうを見ながら呟いた。しかし一は叫ぶのをやめない。とにかく一人でも早く起こしたほうがいい。龍一と幸雄も一緒になって武雄の名を呼び続けた。

 宗一郎たちも武雄を起こそうと必死になった。

「無駄な足掻きですね」

三潴が下げていた手を再び頭上に掲げようとした。ちょうどその時武雄は目を覚ました。すると三潴は失望したような表情になった。表情は冷たく、喜怒哀楽が全く感じられない。こちらのほうが、威圧感がある。

 三潴はものさしで武雄の頬を叩いた。

「何すんだよ!」

 一が怒鳴った。武雄も同じように怒鳴った。

「私が来るまでに起きなかったのはあなたでしょう?」

 三潴はそういいながら輝の前へ行った。輝はまだ起きていない。もしかしたらガスへの耐性がある人と無い人がいるのかもしれない。耐性があればすぐに起きられるが、耐性が無ければなかなか起きられないのではないか?

 三潴がものさしを振り上げた。全員が輝の名を呼び続ける。しかし努力のむなしく、三潴の握り締めるものさしが輝の頬を捉えた。

「痛っ!」

 と言いながら輝が目を覚ました。殴られるのが一回ですんで良かった。

「これで全員起きましたね」

 三潴は幸雄たちの前へ行くと顔を見回しながら言った。すると今度は部屋の隅に行き、部屋の隅においてあるノートパソコンを持ってきた。

 椅子に座りノートパソコンを机の上に置く。電源を入れる。何をする気だ?あのパソコンを使って何をする気なんだ?

「遅いですね。何でこんなに遅いのでしょう」

 どうやら起動が遅いらしく苛立った声を出している。これはこっちにとっては大助かりだ。起動が遅ければ遅いほど三潴が今から使用としている事が先延ばしになる。

 三潴は痺れを切らし、椅子から立ち上がった。再び部屋の隅へ行くと、今度は細長いものを持ってきた。そして土台。

 三潴は持ってきたものを床において、セッティングをし始めた。どうやらスクリーンのようだ。あれで何かを見せようというのか?

 スクリーンの準備が終ると、パソコンの画面を覗き込んだ。そして嬉しそうに微笑んだ。気持ちの悪い笑顔だ。

 今度は机の下から映写機を引っ張り出してくる。見たこともないような古い型のものだ。

 映写機をパソコンに繋ぎ、スクリーンに映像が映るようにして位置を定めた。映写機から光が出される。電源が入った。

 スクリーンにはデスクトップが映っている。デスクトップの中にあるアイコンを一つクリックした。すると画面にルーレットのようなものが映し出された。

 何度かクリックする音が聞こえてくる。そして一旦椅子から立ち上がり、幸雄たちの前へ歩いてきた。

「なんだよ?」

 龍一が低い声で三潴に問う。しかし三潴はニタニタと笑い続けているだけで動こうとしない。

「さっさと言えよ!何をする気なんだよ!」

 龍一がキレ気味の声で三潴に怒鳴る。すると三潴は急に無表情になった。次の瞬間三潴の拳が龍一の顔を捉えていた。

 龍一の顔がのけぞる。椅子が音をたてる。三潴は龍一の胸倉を掴むと、

「黙っていなさい。全く、あなたは口の減らない子ですね」

 と言いながら龍一の顔を何度も殴った。止めに入ろうにも身体が動かない。三潴のやりたい放題だ。

 三潴が殴るのをやめた。龍一は口の中が切れたらしく、口からペッと血を吐き出した。三潴はその血を嬉しそうに眺めている。しばらく見つめたあと、

「それでは本題に入りましょうか」

 と切り出した。本題?本題というのはどういうことだ。今から何をする気だ?

「まずあなたたちが呼ばれた理由はお分かりですね?」

「補習だろ?」

 宗一郎が答えた。

「その通り」

 三潴は表情を変えずに答える。だからなんだよと言いそうになったが、一歩手前で踏みとどまった。言えば、また三潴は殴りかかってくるだろう。

「今からあなたたちには特別補習を受けてもらいます。これはわたしと学校側の意見で実行させた事ですので」

「特別補習だと?」

 幸雄は堪えきれずに、口に出してしまった。殴られるかと思い身構える。しかし三潴は微笑みながら幸雄のほうを見て、

「そうです」

 と言ってきた。

「その特別補習って言うのはなんだよ?」

 龍一が三潴に聞く。

「特別補習はその名の通り特別な補習です。ただし成績が悪いから行われる補習とは少し違います」

「違うって?」

 一が声を発した。

「そうです。まずこの特別補習をやる理由を説明しましょう。あなたたちは全校の中でも一番家庭科への授業態度が悪い。そしてこのわたしへの態度も悪い」

「だから特別補習をするというわけか・・・・・・じゃあ、なんだ?俺達の態度を良くさせようというのか?」

「それもあります」

 じゃあ、他にもあるのか?と幸雄が言う前に、武雄が言ってしまった。

「それ以外はなんだよ?」

「あなたたちは必要とされてないんですよ」

「は?」

 どういうことだ?必要とされていない?誰がそんな事を言ったんだ?誰がそんな事を決めたんだ?

 そんな三潴が勝手に必要じゃないなんていったくらいで学校側はこんな事をさせるのか?

「学校からも、親からも必要とされていない。あなたたちのような人物を浄化するのがわたしの役目なんですよ」

「じゃあ、お前は本当の教師ではないというのか?」

「そうです」

 今まで教師だと思えない行動をしたことは何回もあった。それなのに気付けなかった自分を情けなく思う。

 一体こいつの正体は何なんだ?

「浄化ってどういうことだよ?」

 輝が三潴に聞いた。三潴は輝の傍までゆっくりとした動作で歩み寄っていく。

「私の言う浄化はあなたたちをいい子に更生するということではありません」

 これだけでは何もつかめない。恐ろしく役に立たないヒントに幸雄はため息を吐いた。

「もっと詳しく教えろよ」

 幸雄が聞くと、三潴は幸雄のそばに移動してきた。

「更生する以外にどうやって浄化させるんだよ?記憶でも消すのか?」

「記憶を消すなんていう技術はわたしにはありません。記憶を消したいのなら病院にでも行ってみたらどうです?それか頭を強打してみるとか?」

「じゃあ、どうやるんだよ」

 声がとげとげしくなってしまった。しかしあんなふうに言われてとげとげしくならないほうがおかしい。

「教えてほしいのですか?あなたたちにとっては聞かないほうがいいと思いますがね」

 三潴は見下すような目つきで幸雄たちの顔を覗きこんでいく。

「さっさといえよ!クソ野郎が!」

 我慢の限界が来た龍一が三潴に向かって怒鳴った。すると三潴はまた胸倉を掴み、

「また殴られたいのか?」

 と低い声で聞いた。こんな声を聞いたことは無い。この声に凄まじい恐怖感を与えられる。

「殴りたきゃ、殴ればいいだろ?それで済むなら俺は殴られるぜ」

 三潴は拳を作った。

 しかし何を思ったのか拳を開き、龍一を離した。

「何のつもりだよ?」

 龍一が聞くと、

「あなたたちには今から浄化活動をするのです。すぐに殴るよりも気持ちのいい事が起こせる。だからやめたのです」

「浄化活動っていうのは一体何をするんだよ。さっさと教えてくれ」

 一が言うと、三潴はやれやれというように首を振った。

「仕方が無いですね。教えてあげましょう」

 三潴は咳払いすると、幸雄たちの顔を見渡した。そしてゆっくりと口を開いた。

「あなたたちを殺します」

 殺す。殺す?殺す!?

「殺すだと!?」

「そんな大声で言わなくてもわかっています。そうです。あなたたちを殺すのです」

「でも、何でそんな事を!」

 浩一が絶叫する。恐怖で声が震えているのが分かる。

「あなたたちは誰からも必要とされていない。だから殺すのです。存在を消し去るのです。記憶を消したって必要とされないのには変わりない。更生したって必要とされない。そんな人たちを殺すのが私の本当の仕事です」

 三潴は平然とした顔で告げていく。こんな事を簡単に話していく三潴を見ていると、気がおかしくなりそうだった。

「そんな事が許されるはずが無い!」

 武雄が叫んだ。

「それが許されるのですよ。あなたたちは知らないかもしれませんが、これは政府から発表された新しい教育システムなんです」

「新しい教育システムだと?」

 幸雄がそう聞くと、三潴は頷いた。そして早足でパソコンの傍まで行くと、パソコンを操作し始めた。

 スクリーンにインターネットの画面が映される。検索バーのところが押され「新しい教育システム」と入力された。マウスが検索の部分をクリックする。

 いくつか出てきた候補の中で一番上に出てきたところをクリックする。開かれたサイトは今まで見たこともないようなサイトだった。どうやら政府のホームページのようだ。三潴はマウスを動かして、ページの端にあるログインと書かれた部分をクリックした。

 ログイン画面が開かれる。IDとパスワードが入力されていく。そしてログインボタンが押される。三潴は政府の人間なのか?

 政府の重要機密がジャンルごとに分けられ並べられている。それの中から教育という部分を選び、クリックした。

 するともう一つウィンドウが出てきた。三潴はウィンドウを拡大させて、幸雄たちによく見えるようにした。

 見出しの部分には「新教育法」と書かれている。ページの下のほうへどんどん移動させていく。しばらくいくと「正しい青少年の育成」という見出しの部分が出てきた。三潴はそこでページを止めた。

「それでは読み上げていきましょう」

 三潴はそのページに書かれていることを読み始めた。その育成方法の内容とはこうだ。

 青少年は一度非行の道へ走るとなかなか元には戻れないという事が最近分かってきている。だから非行へ走った青少年は更生をせずに、存在自体を消すというのだ。その行為の事を政府では「浄化」と呼んでいるらしい。その対照となるのはあまりにも酷いときだけだ。政府の調査職員がこれは浄化の必要があると判断すれば浄化を実行させる事ができる。浄化のさいはその学校の教員、そしてその家族からの承認を得られなければ実行させることはできない。本当に必要とされていない、更生の余地も無いものだけに実行されるのが、この浄化だ。

 読み終えた三潴はパソコンのウィンドウを消していく。画面に残っているのはルーレットのようなものだけだ。

「さて、理解できましたか?」

「ふざけんな!こんな事が理解できるわけねぇだろうが!」

「そうだ!それに警察が黙っていないはずだ」

 三潴は呆れたように首を振った。

「この国で決められた事に警察が動くと思いますか?」

 言い返せない。国での決め事は警察側にも適用されるのだ。いかなる罪であろうと国側が承認していればどんな事でも許されるのだ。

「とにかくあなたたちは浄化の必要があると判断されたのです。なのであなたたちには死んでもらいます」

 三潴がパソコンの画面をクリックした。

 死ぬのか?俺は死ぬのか?まだ十六年しか生きていないのに死ぬのか?

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

「こんなところで死ぬなんて御免だ!」

 龍一が怒鳴った。しかし三潴は涼しい表情で見返しながら、

「あなたたちはここで死ななければいけないのです」

 と返してきた。

「何でだよ。そんな理由は無いはずだ」

 と幸雄が言うと、

「わたしは何の教科担任か分かっていますよね?仮にも家庭科教師なのですよ。家庭科教師ならばそれらしく家庭科室で殺したいと思います」

 そんな理由でこの場で殺そうというのか。幸雄はてっきり何処かへ連れて行って殺そうとするのかと思った。

 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。俺たちは殺されるんだ。その前にここから逃げなければ。

「さて、そろそろ始めましょうかね」

 三潴が呟き出した。幸雄は何とか時間を稼ごうと必死に思考を巡らせた。

「なぁ、殺す順番はどうやって決めるんだ!?」

 やっと浮かんだ答えがこれではあまり意味が無いかもしれない。逆に自分が殺されるのが早くなる可能性だってある。

 三潴は幸雄のほうを見据えた。

「今から決めるんですよ。スクリーンを御覧なさい」

 全員の視線がスクリーンへいく。スクリーンにはルーレットのようなものがいまだに映っている。

「あれがなんだか分かりますか?」

「ルーレットか?」

「そうです」

 幸雄たちが当てた事を喜ぶかのように、三潴は不気味な笑みを浮かべた。

「あのルーレットで何をするんだよ」

 幸雄が聞くと、笑顔のまま答えた。

「あれで決めるんですよ」

 即答された。あのルーレットを使って殺す順番を決めるのか。じゃあ、なんだ?ロシアンルーレットのように自分がいつ死ぬか見ていなければならないというわけか。

「あれで殺す順番を決めるという事か・・・・・・」

 と幸雄が呟くと、三潴は馬鹿にしたように笑い出した。少し頭にきたが、平静を装って三潴に聞く。

「何がおかしいんだよ」

「誰もあれで殺す順番を決めるとは言っていません」

「じゃあ、何を決めるって言うんだよ!」

 少しムキになって大声を出す。しかし三潴は笑い続けている。

「あれを使って何を決めるか当ててみなさい」

 三潴は幸雄たちを試すかのように告げた。そんな事考えたくない。しかしあれで何を決めるのかが気になってしょうがない。

「教えてくれよ」

 幸雄が言うと、

「考えもしないで、答えを聞こうとするなんて・・・・・・全く頭の悪い子供ですね」

 と返してきた。

 分かったよ、と小さく呟くと幸雄は思考を巡らせた。何とか答えを導き出せないか。今分かっているのは俺たちが殺されること、あのルーレットで決めるのは殺す順番じゃない事。じゃあ、なんだって言うんだ。

「殺す方法か?」

 龍一が小さく呟いた。すると三潴は龍一のほうを向いて、

「よく当てられましたね。ほめてあげましょう」

 と馬鹿にしたような口調で言った。殺す方法。全員同じように殺すんじゃないのか?一人一人違う殺し方でやっていくのか?

「では実際にやってみましょう」

 三潴はそう言いながらパソコンの前へ回った。

「ちょっと待てよ!」

 何とか時間を稼ごうと幸雄が声をかけるが、三潴は無表情で幸雄のほうを見ながら、

「黙っていなさい」

 と念を押した。もう一言も話せない。話せば三潴は怒り狂うだろう。

 三潴は幸雄を見て満足するとマウスを動かし、ルーレットのすぐ下のところにある四角い場所へアイコンをもって行った。ぼやけていて何とかいてあるのかよく分からないが、ルーレットスタートのような事が書いてあるのだろう。

「まずここを押します」

 四角い場所を押すと、しばらく沈黙が続き、画面の下のほうから一枚のカードが出てきた。裏面になっているため何のカードなのか分からない。

 カードは画面の中央へ来ると突然めくられた。しかしすぐにめくられるというものではなく何度も回転しながらだんだん分かってくるというものだった。

 この時間が神経を苛立たせる。黙って見守っていると、カードの回転がゆっくりになった。何か書いてあるがぼやけていて読めない。

 カードはもう一回転すると画面に固定された。カードには杉村浩一と大きく書かれている。これはよく分かった。黒い文字で浩一の名前が書かれているのだ。

「これで杉村浩一が殺されるということが決まりました」

「ふざけんな!」

 浩一が声をあげた。何度も三潴を罵る。しかし三潴は落ち着き払って、浩一の方を見ようともしない。

「訂正しろ!殺されるのは俺じゃない!」

 誰だって殺されるのは嫌だ。だから訂正されるのだって嫌な事だ。もし浩一以外の奴に当たっていたら、訂正を求められたとき浩一はそいつに怒鳴っていただろう。

 自分のいいほうへ転がして行こうというのが人間の悪い癖だ。

 浩一は叫び続ける。三潴はうざったそうに聞いている。そしてついに三潴が席から立ち上がった。

「いつまでもギャアギャアとうるさいですね。少しは黙ったらどうなんですか?」

 どこから取り出したのか、手にはガムテープが握られている。ガムテープを十センチほど出して、ちぎる。それを手に持ったまま浩一の前へ歩いていく。

「もう喋らないと誓いますか?」

 ガムテープを浩一に良く見える位置に固定して、三潴が聞く。もし喋るようならガムテープで口を塞ぐという事か。

 浩一はガムテープで口を塞がれることを恐れたのか、それとも騒いでも意味が無いという事を理解したのか黙って頷いた。すると三潴は顔に笑みを浮かべた。

 再び三潴がパソコンの前へ移動する。カチッというクリックする音が聞こえた。するとルーレットが回転を始めた。アイコンはさっきの四角い囲いの中に当てられたままだ。

 その時再びカチッという音が聞こえた。するとルーレットの回転がだんだん遅くなっていった。ルーレットの上に矢印が出てくる。ルーレットの海岸が止まり、矢印がさしている場所は。

 洗濯機と書いてある。洗濯機?洗濯機で殺すということか?幸雄は一瞬噴出しそうになったが浩一のことを考えてやめておいた。

「洗濯機ですね」

 三潴はそう言うと椅子から立ち上がり、家庭科室の後ろのほうにある家庭科準備室へと向かっていった。あそこには家庭科で使う道具などが置いてある。

ガタガタという音がしたあと、ゴロゴロという音が聞こえ始めた。後ろを見る気にもなれず、三潴が前へ来るのを静かに待ち続ける。浩一は気になって仕方がないようで何度もちらちらと後ろを見続けている。

すると三潴が洗濯機を押しながら家庭科準備室から出てきた。下には車輪がついている。そのまま洗濯機は幸雄たちの前に置かれた。洗濯物を入れる口がナナメになっていて、中の状態が見られるようになっている洗濯機だ。

「なんだよ、普通の洗濯機じゃねぇか」

 幸雄が言うと、三潴はおかしそうに微笑んだ。

「外見はそうですね」

 そう言うと三潴は家庭科室を出て行った。どこへ行ったんだ?

 三潴の足音が離れていく。呼び止める間もなかったため、三潴の行動は理解できない。しかし三潴がいなくなったため緊張の糸が一瞬で途切れた。溜めていた息を思いっきり吐き出す。

 三潴がいなくなってこんなに嬉しいと思ったのはいつ以来だろうか。いつも水間がいなくなるときは嬉しかったのだが、ここまでの喜びを感じた事は無い。身動きが取れない状況で無ければもっと嬉しいのだろうが。

 幸雄は首を動かして周りの状況をうかがった。龍一たちも緊張の糸が切れたようで、リラックスした表情でいる。

 しかし唯一リラックスした表情でないのが浩一だ。それはそうだ。これから殺されるのだから。

 浩一の顔は青ざめ、身体は小刻みに震えている。ここまで恐怖に怯えた人間を見たのは今日が初めてだ。

「浩一・・・・・・」

 真一が気を聞かせて声をかけるが、浩一はうつむいたままだ。小刻みに震える唇からは、

「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない」

 とごく小さい声で聞こえてくる。耳を澄まさなければ聞こえないだろう。初めて体感する死の恐怖から逃げることは出来ない。

 自分もいつかは死ぬのか・・・・・・。そう考えると急に恐怖がこみ上げてきた。高位置ほどではないがやはり恐怖には変わりなかった。今まで感じたことのない恐怖。気分は悪くなり、腹がキリキリと締め付けられる。

 沈黙の中、浩一の声だけが唯一聞こえていた。

 そんな緊張を破るかのように三潴が帰ってきた。その瞬間気まずい空気がまぎれた。こんなに三潴が来てくれて嬉しいと感じたことはこれが最初で最後だろう。

「杉村浩一」

 三潴は浩一の前に立つと、懐から短いナイフを取り出した。そのナイフで浩一の身体を縛っている縄を切断した。縄が床に落ちる。

「早く立ちなさい」

 三潴は浩一の腕を掴み立たせた。そのまま浩一を引きずるようにして幸雄たちの前へとつれてくる。恐怖に歪んだ浩一の顔から目を背けたくなる。

 三潴は洗濯機の蓋を開けた。今から何が行われるんだ?

「ここに入りなさい」

 三潴の冷静な声が告げた。浩一は三潴の顔を見上げながら、泣きそうな顔をした。

「そんな顔をしても無駄です。早く入りなさい」

 洗濯機に入るというのは容易な事ではないだろう。しかし浩一は小柄で学年一背が低い。身長が146㎝だ。これなら洗濯機に入ることも出来るだろう。

 つまりなんだ?洗濯機の中に浩一を入れて、そのまま動かそうというのか?それだけで人が死ぬと思っているのか?

 浩一は三潴に体を持ち上げられ、洗濯機に投げ込まれた。ガタッという音が洗濯機の中からする。三潴は素早く洗濯機の蓋を閉めると、据え付けられている鍵をかけた。これで洗濯機の中から逃げ出すことは出来ない。

 ガンガンという音が聞こえてきている。思わず耳を塞ぎたくなるが、手が自由ではないため耳を塞げない。これから聞こえてくる浩一の悲鳴もそのまま聞こえてくるということだ。

 三潴は洗濯機のコードを伸ばして、コンセントにプラグを差し込んだ。洗濯機の表示部分が赤く点滅する。中から浩一のくもぐった叫び声が聞こえてくる。

「今から何をする気だよ」

 一が聞くと、

「ヒントをあげましょう。この洗濯機には排水機能がついていません」

 と告げた。排水機能がついていない。つまり出てきた三潴そのままということだ。洗濯機の後ろについているホースを傍にある蛇口に取り付ける。蛇口を全開にすると、三潴は洗濯機のボタンを押した。

 洗濯機が激しい音を立てながら、中に水を入れていく。

「うわっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 という浩一の叫び声が洗濯機の中から聞こえてくる。もうやめてくれ!聞いていられない!三潴は楽しそうに洗濯機の中を覗きこんでいる。

 浩一は何度も洗濯機の蓋を押すが、鍵がかかっているためピクリとも動かない。そのうちにも水位は上昇している。うつ伏せになっていれば窒息するぐらい溜まっている。洗濯機は以外に狭く、すぐに水が溜まってしまう。何とか蹴って開けようとするがそれも無駄なあがきに過ぎなかった。

 縮こまって水が増えていくのをただ見ているしかできない。その時突然洗濯機が動いた。半回転したため体制を崩して水の中に倒れこんでしまう。水は容赦なく増え続ける。

 再び動く。洗濯機の中には掴むところがないため、簡単にバランスを崩してしまう。ブランコの鎖の部分を掴まずに乗っているような気分だ。

「クソッ!開けてくれ!」

 何度も叩き続ける。しかし割れるどころか、ヒビ一つ入らない。水はもう限界近くまで溜まってきている。もう顔を出しているのがやっとだ。幸雄達は顔だけ出して、抗っている浩一の姿をただ見守る事しかできなかった。

 すると突然回転の勢いが早くなった。浩一は体を叩きつけられ顔を顰めた。それと同時に水が鼻と口の中に浸入してくる。慌てて顔を上げる。が、もう水がいっぱいになってしまった。顔を出す余裕も無い。

 また動く。再び身体を叩きつけられる。それが何度も繰り返されていく。一のうちは大丈夫だったが、何度も繰り返されるに連れて身体中痣だらけになってしまった。

(もう、やめてくれ)

 朦朧とする意識の中で懇願する。しかし思いが通じるはずも無かった。頭の中に両親の顔が浮かぶ。ごめんなさい。ごめんなさい。

 そして許さない。何で俺を殺してもいいなんて許可をした?そんなに悪い息子だったのか?自分が情けない。

 過去の記憶が駆け巡る。あぁ、これが走馬灯って言う奴だな。

その時また動いた。浩一は頭をぶつけてしまい、意識を失った。

 幸雄たちは浩一が気絶した事を知らない。浩一の身体の中に水が流れ込んでいく。鼻から侵入し、肺へ水が入っていく。

 数秒後浩一の手が力無く開かれた。浩一は溺死してしまった。しかし苦しんだ割には穏やかな表情をしていた。

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