家庭科教師 2話目
家庭科室の中で三潴は黒板に何か文字を書いていた。幸雄は中指を立て三潴に向けてから、キョロキョロと家庭科室の中を見渡した。
仲のいい友達を見つけ、傍へ行く。
「一は?」
幸村武雄が早速聞いてきた。武雄は寝癖なのかセットしてあるのか分からない頭をかきながら聞いてきた。顔は悪くない。しかし頭が悪い。性格もあまりいいほうではなく、自己中心的な部分が多いところが欠点だ。武雄は一と幼馴染で幸雄が一と仲良くなる前からずっと一緒にいた。
「駐輪場で自転車置いてから来るって」
「そうか」
武雄は頷いた。
「あ~、だりぃな」
武雄の隣に座っている連城龍一がだらけた声を出した。スプレーで短めにカットされた髪をツンツンと立たせている。髪は若干茶色く染めてある。ただだるそうにしているだけでも周りから見ればかなりクールな男に見えてしまう。もちろんか思い違法で、何度も告白されているらしい。
龍一はいい奴なのだが生活態度や授業態度がかなり悪い。校則違反も平気で犯すような奴だ。そういうところを除けばいい奴だというのに。
「何でこんな日に来なきゃ、いけねぇんだよ」
「マジ意味わかんねーし」
「三潴って本当に面倒くせぇよな」
そんな事を話しているうちに一が教室に飛び込んできた。息を荒げながら幸雄達の傍まで来た。
「おっす。一」
武雄が声をかけた。一は軽く手を挙げながら席に着いた。
突然三潴がこちらを向いた。そして全員がいる事を確認すると、号令をかけてきた。しかし号令に従ったのはほんの数人で、ほとんどは無視して話し続けている。
すると三潴は再び号令を掛け始めた。さっきよりは従った人数が増えたが、やはり従わないほうが多い。
三潴が幸雄たちのそばへ歩み寄ってきた。幸雄の目の前に立つと突然幸雄の腕を掴んで、無理矢理立たせようとした。
「触んな!キモいんだよ!」
三潴の手を振り払おうとするが、強い力で握られているため振り払えない。
「おい、三潴!何やってんだよ!離せよ!」
一と武雄が立ち上がって三潴のそばへ歩み寄っていった。
「はじめから立って、挨拶をすればいいのです。そんな事もできないのですか?」
挑発するような口調で聞いてくる。
「黙れ!消えろ、豚が!」
幸雄は何とか三潴の手を振り払った。
「死ね!クソが!」
大声で叫ぶと龍一も立ち上がって傍によって来た。
「てめぇ、何様のつもりだよ?調子乗ってんじゃねぇよ」
龍一は三潴の胸倉を掴むと、殴りかかるような素振りを見せた。すると三潴は龍一の手を掴みながら、
「あなたこそ何のつもりですか?生徒のくせに。教師に対しての態度をどうにかしたほうがいいようですが?」
再び挑発するような口調で言ってくる。龍一のこめかみには青筋が浮かんだ。三潴に殴りかかろうとする。
それを周りにいた生徒が集まって止めた。
「何で止めるんだよ!離せよ!」
「ここで殴ったら、お前今度は退学になるぞ」
「落ち着けって!」
何とか龍一を落ち着かせる。三潴はスーツを直しながら、黒板の前へ歩いていった。白いチョークを持つと、黒板に文字を書き始めた。
連城龍一。
幸村武雄。
三原一。
葛西幸雄。
幸雄たちの名前が書き込まれていく。三潴はチョークを置くと、考えるような素振りを見せながら生徒たちの顔を一人一人なめまわすように見つめていった。
そしてしばらく考え込んだ末、一段下がったところに名前を書き始めた。
木村宗一郎。
斉藤輝。
加藤真一。
杉村浩一。
三潴はチョークを置くと、こちらを向いた。
「ここに名前を書かれた生徒はここに残ってください。それ以外の生徒は奥の第二家庭科室まで移動してください」
黒板に書かれた八人以外の生徒は次々と席を立ち上がり、第二家庭科室へと向かっていった。
幸雄たちの近くに宗一郎たちが近づいてくる。
「あいつは何を考えてるんだ?」
「わかんねぇ」
「どうせ説教でもするつもりなんだろ」
三潴は生徒と一緒に家庭科室を出て行った。何のつもりだ?
静寂が少しだけ続いたが、すぐに話し声が始まった。テレビや最近の話題についての話や、三潴についての話などが大半だった。
「幸雄。さっきは不運だったな。三潴に触られるなんてな」
一が哀れみのこもった表情で話しかけてきた。
「そうだよ。全く。汚ねぇ、汚ねぇ」
三潴に触られた部分を、手で汚れを払うような素振りをした。
「相変わらず気持ち悪い奴だぜ」
「マジであいつを殴ればよかったぜ。あんなにキモイ顔は原形をとどめていないほうが世界のためだぜ」
三潴を笑い飛ばしているうちに十分が経った。
「あいつ、いつまで待たせる気だ?」
「ふざけんじゃねぇよ。人のことを待たせてるくせしてよぉ」
「マジで調子乗ってるよな」
宗一郎が立ち上がった。
「もう帰っていいんじゃねぇ?」
すると輝も立ち上がった。
「そうだな」
「もし帰ってなんか言われたらどうするんだ?」
幸雄が心配して聞くと、
「あいつが待たせてこないんだからいいだろ。来なかったから帰ったって言えばいいんだよ」
「それもそうだな」
一はそういいながら立ち上がった。武雄と龍一も椅子から立ち上がり始めた。幸雄も立ち上がった。
宗一郎が家庭科室の扉に歩み寄っていった。真一と浩一はまだ椅子に座ったまま話し続けている。
「お前ら帰らねぇのか?」
「帰るよ。もうちょっとだけ話してからな」
「そうか」
幸雄は一たちのほうを向いた。
宗一郎は扉の前に立っているのに、扉を開けようとはしない。何やってんだよ。
龍一が宗一郎を押しのけて、扉の前に立った。しかし扉を開けようとはしない。空けようとしないんじゃない・・・・・・開かないんだ。
「何で開かねぇんだよ」
宗一郎が絶望したような声を出した。
この扉には鍵なんてついていないはずだ。開けようと思えば簡単に開くはず、それなのに開けられないなんて。
「三潴だ」
武雄が呟いた。全員の視線が武雄に注がれる。
「三潴がこの扉に何か細工していったんだ。俺たちが逃げ出さないように、用心していったんだろ」
「あのクソ女!ふざけんじゃねぇぞ!」
龍一が乱暴に扉を蹴りつけた。しかし扉が軋むだけでやはり扉は開かない。
「出られないって事か・・・・・・」
突然一が窓のほうへ向かって歩き出した。窓を開ければ外には出られるが学区内からは出られない。
しかし他の場所の窓が開いて居ればそこから外に出ることが出来る。一の行動を全員が期待して見守っていた。
一は窓の鍵に手を伸ばした。カタンという音がして窓の鍵が開いた。一の手が窓に掛けられる。
しかし・・・・・・開かない。やはり窓にも細工がされているようだ。こうなったら出るところは一つもない。窓を割るにもこの窓は強化ガラスが使用されているため家庭科室にあるものでは割る事はできないだろう。
すると突然真一が人差し指を口に当てた。
「どうした?」
「シッ!」
家庭科室の中に静寂が戻る。聞こえてくるのは腹立たしい蝉の声。違う。他にも何か音がしている。教室を隅々まで見渡し、幸雄はスピーカーを見据えた。教室の隅に必ず一個はついているスピーカーから何か音が聞こえてきている。
何の音だ?
息をするのも忘れ、音だけに集中する。
スピーカーの中から空気が漏れるような音がしている。まるで風船から空気が抜けているような。それか理科の実験で見た酸素ボンベから酸素が出ているときのような音がしているのだ。
「ガス・・・・・・?」
龍一が小さく呟いた。
「ガスだと?」
武雄が聞き返す。
「何で俺達相手にガスを流し込まなきゃ行けねぇんだよ。それにあいつ仮にも教師だぜ。ガスなんて流し込んだら児童虐待の罪で逮捕されるぞ」
「でもよ・・・・・・身体が重く感じないか?」
そういわれてみれば、さっきより身体がなんとなく思い気がする。頭も少し痛い。
「まさか・・・・・・本当にガスなのか?」
全員が血相を変えて姿勢を屈めた。防災訓練のときなどはこうして身を屈める。ガスも煙と同じで空気よりも軽いものだと思ったのだ。
しかしどちらにせよこの密閉された空間の中ではどんな行動も無意味。とにかくここから脱出する事を考えなければ意味がないのだ。
幸雄は戸棚の中から裁縫用の布を何枚か取り出した。それを小さくちぎって鼻につめる。大きいものは折りたたんで口に当てる。
それを見た周りの奴も同じようにした。しかしそうしてもあまり状況は変わらなかった。ガスの濃度が濃いのか、それともガス自体が通常のものよりかなり強いのかは分からないがとにかく症状は悪くなる一方だった。
突然一がグッタリとなって倒れた。
「一!」
武雄が一に駆け寄る。
しばらく声を掛け続けていた。しかし一は反応しない。
「どうしたんだ?もしかして死んだのか?」
「いや、違う。眠っているだけだ」
確かに眠っている。耳を澄ませばスースーという寝息まで聞こえるほどだ。
「これは睡眠ガスなのか?」
宗一郎が声を発した。
「それなら別に心配する事はないな」
武雄が突然布を投げ捨て、立ち上がった。睡眠ガスなら別に恐れる事はないだろう。命に別状はない。眠ってしまってもここは安全な場所だ。
幸雄も布を捨てた。するとすぐに眠気が襲ってきた。
「もう寝ちまうか」
龍一のその声を最後に幸雄は眠りの世界に引き込まれた。周りの六人も同じように眠りの世界にへと入っていった。