第八話 夜市計画
夜市まで、あと三日。
潮見橋商店街の空気は、どこか浮き足立っていた。
提灯が吊られ、手書きのポスターが貼られ、子どもたちが通りを走り回る。
だが、表向きの賑わいとは裏腹に、準備は難航していた。
---
## 1
「人手が足りない」
松風堂の店主が腕を組む。
「若い連中はみんな忙しい」
「うちは夜まで店開けられないよ」
銭湯の主人も渋い顔だ。
資金も余裕がない。
広告費も最小限。
会議室の空気は、再び重くなりかけていた。
ガルドは静かに皆を見渡す。
わずかに残る力が、また働く。
言葉の奥にある本音が、滲む。
――失敗が怖い。
――笑われたくない。
――今度こそ終わりにしたくない。
「失敗しても、死なぬ」
ぽつりとガルドが言う。
「大げさだよ」
「我は城を失った。だが生きている」
場が静まる。
「だが、何もせず終われば、後悔だけが残る」
澪が続ける。
「今回だけじゃなくて、これからに繋げる形にしましょう」
「どうやって?」
「役割を分けます。無理なことはしない」
ガルドは指を折る。
「和菓子屋は限定品のみ。数を絞れ。
八百屋はカット済みで手間を減らせ。
銭湯は短時間イベントにする」
具体的な指示に、店主たちが顔を上げる。
「無理をするな。だが、やめるな」
その言葉に、少しずつ頷きが広がる。
---
## 2
一方、「日の丸菜々」の厨房。
子ども向け夜市限定弁当の最終試作。
「量、多すぎません?」
「祭りだ」
「食べきれないと悲しいですよ」
ガルドは考え直す。
ひなたの顔を思い浮かべる。
走り回り、笑い、疲れた後。
ちょうどいい量。
「……半分にする」
「最初からそうしてください」
ハート型卵焼きは改良され、より整った形に。
小さな旗を立てる。
旗には、こう書いた。
――よく来たな。
「上からですね」
「歓迎だ」
澪は苦笑するが、否定はしない。
---
## 3
その夜、ひなたが店の奥で絵を描いていた。
クレヨンで、ぐるぐると丸。
「なにを描いている」
「まつり!」
丸い光、棒人間、笑顔。
ひなたの世界には、不安も競争もない。
ただ“楽しい”がある。
ガルドはその絵を見つめる。
これだ、と直感する。
夜市の中心に置くべきもの。
勝ち負けではない。
楽しさ。
「澪」
「はい?」
「子どもが描けるスペースを作れ」
「お絵描きコーナー?」
「そうだ」
「いいですね、それ」
澪の目が輝く。
「チョークで道路に描けるようにしましょう」
商店街の許可を取り、通りの一角を子どもエリアにする案がまとまる。
---
## 4
だが問題はまだあった。
天気予報。
「……雨かもしれません」
澪がスマホを見せる。
降水確率、六十パーセント。
沈黙。
「屋根のある場所は限られてるし……」
不安が広がる。
ガルドは空を見上げる。
魔界なら天候操作の魔法があった。
だが今はない。
「雨が降るなら、降る」
「諦めます?」
「否」
目が鋭くなる。
「備える」
ブルーシートを用意する。
屋台の配置を変える。
屋根のあるアーケード下に集中させる。
「最悪、規模を縮小します」
澪がメモを取る。
「それでも、やる」
ガルドは低く言う。
撤退はしない。
だが無謀もしない。
学んだのだ。
弱火という戦い方を。
---
## 5
夜。
提灯に灯りが入る。
商店街が、ほんのり橙色に染まる。
通りの奥に立ち、ガルドはその光景を見つめる。
かつての魔王城の松明とは違う。
威嚇の火ではない。
人を呼ぶ火。
背後から、小さな足音。
「ぱぱ」
ひなたが手を握る。
「ぴかぴか!」
「ああ」
ガルドはしゃがみ、娘と同じ目線で提灯を見上げる。
「きれいだな」
「うん!」
その笑顔を見て、胸の奥の影が少し薄れる。
過去は消えない。
だが、今は作れる。
光を。
---
夜市まで、あと一日。
準備は万全ではない。
不安も消えていない。
だが、潮見橋商店街には確かに“熱”があった。
かつて恐怖で軍を動かした魔王は、
今、笑顔で人を動かそうとしている。
戦いは、明日。
天候も、運命も、分からない。
それでも。
守ると決めたのだ。
この場所を。
この灯りを。
そして、娘の笑顔を。




