第七話 大型チェーン襲来
夜市まで、あと五日。
潮見橋商店街の入口に、真新しい看板が立った。
赤地に白抜きの文字。
――グランドオープン!
――ワンコイン弁当!
派手な風船が揺れ、拡声器から軽快な音楽が流れる。
その前を、買い物客が吸い込まれるように入っていく。
「……来ましたね」
澪が低く言う。
ガルドは無言でその様子を見つめていた。
新しくできた弁当チェーン店は、明るく広い。
ガラス越しにずらりと並ぶ弁当。
ボリュームたっぷり、五百円。
対して「日の丸菜々」は、商店街の奥。
看板も控えめ。
値段は六百円。
昼時。
列の長さは明らかだった。
チェーン店は十数人。
こちらは、三人。
松風堂の店主がぼやく。
「やっぱり無理だったか」
金物屋も肩を落とす。
商店街に、冷たい空気が戻りかける。
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「日の丸菜々」の店内。
売上は、確実に落ちていた。
「……百円って大きいですね」
澪が帳簿を見つめる。
「量も多いし。学生は向こう行きますよ」
ガルドは静かに弁当を詰めている。
顔に焦りはない。
だが、胸の奥ではざわめきが広がっていた。
守ると言った。
団結すると言った。
だが、現実は容赦ない。
「撤退はせぬ」
ぽつりと呟く。
「またそれですか」
「だが正面から価格で戦えば敗れる」
「じゃあどうするんです」
ガルドはゆっくりと顔を上げた。
「戦場を変える」
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その夜。
商店街の臨時会議。
空気は重い。
「夜市、やめるか?」
誰かが言う。
「こんな状況で客来るわけない」
沈黙。
ガルドが立ち上がる。
「敵は安さだ」
「分かってるよ」
「だが安さだけで、人は残らぬ」
視線が集まる。
「昼は安さに流れる。
だが夜は違う」
「どう違うんだ」
「人は、理由が欲しい」
家族と出かける理由。
誰かと笑う理由。
ここに来る理由。
「夜市は“場”だ。
安さでは作れぬ」
澪が続ける。
「子ども向けイベント増やします。スタンプラリーもやりましょう」
「若い人も呼べるように、写真スポットも」
松風堂の店主が腕を組む。
「……やるなら、とことんだな」
金物屋が笑う。
「久しぶりに祭りらしいこと、やるか」
小さな頷きが、連鎖する。
ガルドは胸の奥で息を吐く。
恐怖ではなく、信頼で動く軍。
それは、魔界では得られなかった力。
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翌日。
チェーン店の前を通る。
学生たちが笑いながら弁当を買っている。
ガルドは立ち止まる。
敵を観察する。
量は多い。
味も悪くない。
効率的だ。
「……見事だ」
正直な感想だった。
澪が横で言う。
「負け認めます?」
「否」
ガルドの目が、わずかに細くなる。
「だが学ぶ」
店に戻る。
子ども向け弁当を改良する。
量は少なめに、価格は据え置き。
代わりに、手書きメッセージをより丁寧に。
今日の一言。
――ここに帰ってこい。
澪が笑う。
「重いです」
「軽くするか」
書き直す。
――また来い。
「それもどうなんですか」
結局。
――今日も待っている。
に落ち着いた。
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夕方。
ひなたが店先で遊んでいる。
チェーン店の袋を持った学生が通り過ぎる。
ひなたはふと、ガルドの手を握った。
「ぱぱ、あっち、いっぱい」
「ああ」
「こっち、ちいさいね」
ガルドはしゃがみ、娘の目を見る。
「だが、ここにはお前がいる」
ひなたは意味が分からないまま、にこりと笑う。
「ぱぱ、がんばって」
その一言で、十分だった。
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夜。
商店街の提灯が、一本、また一本と吊られていく。
夜市の準備が進む。
遠くでチェーン店のネオンが輝く。
だが、商店街の灯りも、負けていない。
ガルドは店の前に立ち、空を見上げる。
「我は魔王だ」
かつては世界を奪うために戦った。
今は違う。
「守るために、退かぬ」
夜市まで、あと三日。
戦いは、真正面からではなく。
人の心を巡る戦いへと、形を変えつつあった。




