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第五話 ハート型卵焼き


 夜市開催まで、あと三週間。


 潮見橋商店街は、久しぶりに忙しさを取り戻しつつあった。


 といっても、準備で慌ただしいだけだ。

 客足が急に増えたわけではない。


 「日の丸菜々」の厨房では、ガルドが腕を組み、卵を睨んでいた。


「……難敵だ」


「また卵ですか」


 澪が呆れたように言う。


「子ども向け弁当を出すのだろう。象徴がいる」


「象徴?」


「視覚で心を掴む」


 ガルドの頭には、明確な目標があった。


 ひなたが、保育園でぽつりと言ったのだ。


「みんなの、おべんとう、かわいい」


 その言葉が、刺さった。


 他の子の弁当には、星形の人参、動物の海苔、色とりどりの飾り。


 ひなたの弁当は、味は良いが質実剛健。


 ――魔王仕様。


「可愛いとは、何だ」


「いきなり哲学始めないでください」


「形だ。色だ。愛だ」


「最後は合ってます」


 ガルドは卵を割る。


 今や殻はほとんど入らない。


 成長である。


「目標は、これだ」


 彼はスケッチブックを見せる。


 歪な、ハート。


「……微妙に怖いです」


「何故だ」


「左右非対称すぎます」


 ガルドは真剣だ。


「ひなたが、誇らしく弁当を開ける姿が見たい」


 その声音に、澪は少しだけ目を細める。


「……じゃあ、巻き方から変えましょう」


---


 フライパンに薄く油をひく。


 弱火。


 卵液を流す。


 じゅわ、と優しい音。


「焦るな」


「あなたがですよ」


 端から丁寧に巻く。


 いつもの長方形ではなく、中央をくぼませる。


 冷めてから半分に切る。


 断面を合わせる。


 ――ハート。


 少し潰れているが、確かにそれだ。


 ガルドは息を止めて見つめる。


「……できたか」


「七十点くらい」


「低い」


「初回にしては上出来です」


 ガルドはしばらく無言でそれを見つめ、やがて頷いた。


「これを量産する」


「量産って言い方」


---


 翌日。


 ひなたの弁当箱を開ける瞬間。


 ガルドは、妙に緊張していた。


「ぱぱ、きょうは?」


「開けてみよ」


 ぱかり。


 中には、小さなハート型卵焼き。


 ひなたの目が丸くなる。


「わあ!」


 声が弾む。


「はーと!」


「気に入ったか」


「うん!」


 両手で弁当箱を抱える。


 その姿は、宝を見つけた子どものようだ。


 ガルドは胸の奥が熱くなるのを感じる。


 征服でも勝利でもない。


 ただ一人の笑顔。


 それだけで、十分だった。


---


 その日から、子ども向け弁当にハート型卵焼きを入れた。


 夜市限定メニューとして試作を並べる。


 店頭の黒板に書く。


 ――魔王のハート弁当(数量限定)


「魔王いらないです」


「必要だ」


 最初は、通りすがりの母親が立ち止まった。


「……これ、可愛い」


 子どもが指差す。


「これがいい!」


 購入。


 その場で写真を撮る。


 数時間後、澪がスマホを掲げた。


「拡散してます」


「ばずる、か」


「ハート弁当、で検索すると出てきます」


 写真とともに書かれている。


 “見た目可愛いのに、味ちゃんとしてる”

 “裏にメッセージあって泣いた”

 “魔王こわいけど優しい”


 ガルドは腕を組む。


「当然だ」


「照れてます?」


「照れておらぬ」


 だが、口元はわずかに緩んでいる。


---


 夕暮れ。


 商店街の通りに、子どもの声が増えている。


 和菓子屋も限定の金魚菓子を出し始めた。

 八百屋はカットフルーツを売る。

 銭湯は“夜市割引”の張り紙を出した。


 小さな変化。


 だが、確かに連鎖している。


 澪が店先で言う。


「あなたのせいですよ」


「何がだ」


「みんな、ちょっとやる気出してます」


 ガルドは商店街を見渡す。


 灯りが増えた気がする。


「我は何もしていない」


「してます」


 澪は笑う。


「ちゃんと、火をつけてます」


 ガルドは遠くを見る。


 魔界で灯した火は、焼き尽くす炎だった。


 だが今は違う。


 温める火。


 卵を焦がさぬよう、弱く、優しく。


 店の奥から、ひなたの声が響く。


「ぱぱー!」


 駆け寄る小さな体を抱き上げる。


「どうした」


「はーと、もっと!」


 ガルドは笑う。


「量産だな」


 その声は、かつての魔王のそれではない。


 ただの父親の声。


 夜市まで、あと二週間。


 潮見橋商店街に、少しずつ鼓動が戻っていた。


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