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第一章3:『岩』

雪が静かに降り始めた。それは、ヒノとフユノが雪原に残した足跡をゆっくりと消し去っていく。 木々の葉に積もった雪は、その重みに耐えきれなくなると「ドサッ」と滑り落ち、地面に小さな白い丘を作っていた。


フユノ: 「私、雪が降るのを見るのが大好きなんだ。ねえヒノ、ここで少し座って雪を眺めていかない?」


ヒノ: 「……そうだな。ついでに食事も済ませよう。軍用のシリアルバーがまだ残っているはずだ」


ヒノとフユノは大きな岩に背を預けて並んで座った。 二人の目の前には、遥か彼方まで広がる凍てついた海。左手には深い森、右手には三瓶山さんべさんが白くそびえ立っていた。


ヒノは軍用糧食レーションの銀色のパッケージを破った。極寒の中で硬化したプラスチックが、静寂な雪原に「バリッ」と大きな音を響かせる。彼はその一本をフユノに手渡した。


フユノ: 「それにしても……雪の結晶って、綺麗だよね」


ヒノ: 「ああ、確かに美しいな」


フユノはバーを一口かじると、途端に顔をしかめた。


フユノ: 「うげっ……まずい」


ヒノ: 「相変わらず嫌いみたいだな。だが、これが俺たちに残された唯一の食料だ。他のものは何年も前に賞味期限が切れてる」


フユノ: 「どうしても慣れないよ……ホウレン草とキャベツ味のシリアルバーなんて」


ヒノ: 「好き嫌い言うな。栄養が摂れるだけ、体に感謝しろ」


フユノ: 「他に味はないの?」


ヒノ: 「あるけど、今はとりあえずこの『ホウレン草とキャベツ味』を消費しなきゃならない」


フユノ: 「ほんと、偏執的モノマニアックなんだから」


ヒノ: 「……偏執的モノマニアック? お前がそんな言葉を使うとは思わなかったな」


フユノ: 「むぅ……! 私のことバカだと思ってるでしょ」


フユノはヒノの頭をポカリと叩いた。


ヒノ: 「違うさ。ただ、旧世界の文献を読んでも、そんな難しい言葉を使う人間は滅多にいなかったからな」


フユノ: 「もう……さっさと食べて、行こうよ」


フユノはトマトのように顔を赤くして俯いた。恥ずかしさを隠すように、彼女は視線を逸らした。


二人は黙々と食事を続けた。視線の先には地平線。かつての「海」は今や無限に続く白い荒野となり、永遠に凍りついた氷の波がカオスを描いていた。それは恐ろしくも、どこか神々しい風景だった。 雪は勢いを増し、降り続いていた。


ヒノ: 「食べ終わったか?」


フユノ: 「なかなか進まないよ……本当にこれ、食べるのが苦痛」


ヒノ: 「頼むから、無理してでも食べてくれ」


フユノは目を丸くした。 いつもなら、彼女が嫌がって残した分はヒノが黙って食べてしまう。けれど今回は、彼女自身に最後まで食べるよう強く求めている。 それがフユノには新鮮であり、ヒノの必死さが伝わってくるようだった。


フユノ: 「……わかった」


ヒノ: 「ん?」


フユノ: 「ううん、なんでもない」


彼女は残りのバーを急いで口に詰め込んだ。


ヒノ: 「急ぐな……吐き戻しちまうぞ」


フユノ: 「もう遅いよ、ごちそうさま! ……さあ、行こう」


ヒノが先に立ち上がり、フユノの手を引いて立たせた。


ヒノ: 「よし……もうすぐ到着だ。この丘を降りれば目的地に着く。だがかなり急な坂だ、慎重にいかないと。……俺の手を握ってろ」


フユノは反射的に、今繋がれているその手を強く握り返そうとした。


フユノ: 「えっ、今すぐ……?」


ヒノ: 「いや、崖の縁まで行ってからだ」


フユノは自分の早とちりに気づき、再び顔から火が出るほど赤面した。 『私、なんであんなこと言っちゃったの!?』

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