第一章1:『局外』
[システム音声] —バッテリー充電完了。 —サーマルスーツ、100%チャージ完了。
フユノ: 「ヒノ、準備できたよ。スーツの充電、マックスになったって」
ヒノ: 「よし、プラグを抜いて電源を切っておいてくれ。ここで最後の一晩を過ごして、朝になったら出発だ」
フユノ: 「わかった。……私、フジにお別れしてくるね」
フジは、動かなくなった古いロボットの名前だ。フユノが富士山にちなんで名付けた。全身錆びついたその死体は、それでもフユノとヒノにとって、この孤独な旅を共にする唯一の仲間だった。
フユノ: 「ねえ、ヒノくん。明日、雪合戦しようよ」
ヒノ: 「ああ、いいよ」
フユノ: 「約束だよ?」
ヒノ: 「約束する」
二人は眠りにつき、翌朝を迎えた。 出発の際、フユノはお別れのしるしとして、ロボットの頭にそっと口づけをした。
フユノ: 「フジくん、寂しくなるね……」
その言葉に反応したかのように、ロボットの消えた瞳に一瞬、光が宿った。 だがそれは、主扉が開いた瞬間に差し込んだ、朝日の反射に過ぎなかった。
ヒノ: 「ついに、また外の世界だ。準備はいいか?」
フユノ: 「三日間も閉じこもってたから……雪に反射する太陽が目にしみるね」
ヒノ: 「よし、雪合戦をしよう」
二人は雪を投げ合い、夢中で遊んだ。それは、幼い頃の幸せな記憶を呼び起こすひとときだった。 残された時間はあと二年。だが、その二年間を人生で最も美しい時間にしようと二人は決めていた。 雪合戦を終えると、二人は再び歩き出した。
どこまでも続く雪の中、二人は歩き、丘を越え、雪に覆われた森を抜け、旧世界の廃村を通り過ぎた。 二人は旧世界の習慣を一つだけ守っていた。それは「祈り」だ。見かける神社ごとに、二人は手を合わせた。
ヒノ: 「地図によれば、もうすぐ島根に入る。稲佐の浜へ行こう」
フユノ: 「イナサノハマ?」
ヒノ: 「神聖な浜辺なんだ。岩の上にある小さな祠が有名でね。そこで海を眺めよう」
フユノ: 「海……今はただの氷の塊だけどね」
ヒノ: 「わかってる。氷の海を見よう。急げば、最高の夕日が見られるはずだ」
フユノ: 「夕日……お母さんが描いてくれた絵を思い出すな」
二人は旧世界の古い土道をたどり、島根へと向かう。
フユノ: 「ねえ、ヒノくん。イエティって本当にいるの?」
ヒノ: 「旧世界にはいなかったけど、この新しい世界には、いるよ」
フユノ: 「危ないのかな?」
ヒノ: 「新種の生物だから、資料がほとんどないんだ。ただ一つわかっているのは、相手が自分より強いときだけ襲ってくるっていうことだ」
フユノ: 「えっ、どうして自分より強い相手を襲うの?」
ヒノ: 「さあ、わからないな」
フユノ: 「どんな姿なの?」
ヒノ: 「どこかの基地で見た絵だと、毛のない熊みたいな感じだった」
フユノ: 「毛がないの? それじゃ凍え死んじゃうよ」
ヒノ: 「皮膚が特殊なんだろうな」
しばらく歩き、二人はついに島根に到着した。
フユノ: 「ねえヒノくん、どうして日本の全ての地方を回りたいの?」
ヒノ: 「この国が、美しいからだ」
フユノ: 「……そうだね、その通りだね」
ヒノ: 「急ごう、夕日に遅れないように。今夜は雪の砂浜で眠ろう」
歩みを進めていたその時、ヒノは森の入り口で何かに気づき、足を止めた。
ヒノ: 「……弾をくれ。銃を装填する」
フユノ: 「えっ……!?」
ヒノ: 「熊だ。これを見てくれ」
ヒノが指差した雪の上には、ツキノワグマの足跡があった。
ヒノ: 「慎重にいこう。普通、熊は理由もなく人間を襲わない。でも今は餌が極端に少ないんだ。俺たちを『食事』とみなすかもしれない」
フユノ: 「うぅ……私を守ってくれる?」
ヒノ: 「この銃じゃ熊は倒せない。でも、足止めくらいはできる。今は森を避けて、迂回しよう」
フユノ: 「時間がかかっちゃうね……」
ヒノ: 「それが一番安全な方法だ」




