9話
「いやぁ~派手に逝ったなぁ・・・ま、皆生きてるし、悪くないか?」
焚き火から少し離れた場所で木が燃えて爆ぜる音を聞きながら苦笑いを零して頭を掻く。目の前には帝国の攻撃によって側面に穴が開き、墜落の影響で数えるのも馬鹿らしい程に細かい破損の目立つ飛空艇があった。所々黒ずんでいるのは燃えた部分を必死に消火した跡であり、やや燻ぶっているところは再燃しないように手分けをしながら水を掛けていた。船内からは荷物が次々と運びだされ、非力なグループが運び出した物を無事なものと駄目になってしまった物と選別している。
「オイ、ルーク!ちょっとこっちに来てくれ!」
焚火がある方からボスの声が聞こえて、顔を向ければいつもの面子が集まっていた。
「どうしたんだ、ボス?」
「おう、とりあえず落ち着いたからな。今後の話だ」
そう言いながらボスがやや焦げたり解れた衣装服のまま胸を張る。焚火の周りにはアッシュ、アンガス、オリヴァーが身を寄せており、ミラはいない。
「まず現在地だが間違いなく帝国領にいくつもある大森林の中だ。つっても外に出るのは難しくねぇ。入口まで道が出来たからな」
帝都から脱出する際、アンガスの神懸かりな操縦で攻撃を必死に避けて回っていたが、そこは流石の帝国と言ったところか、塀に近づいた辺りで攻撃が更に激しくなり、後ろと下、そして前から挟み込まれて結局当たってしまった。こればかりは本当に仕方がない。帝国からすれば推定皇女のいる船に対してこんなに攻撃してくるとは誰も思わなかった。
幸い、空中分解することは無かったが現状が物語る様に長距離の航行が難しくなるほどには損害を受けて墜落する形でここに落ちた。森に落ちたのはほとんどワザとで木々をクッションにして少しでも生存率を上げる為と、万が一追撃が来ても森を突っ切ることで逃げやすくする為だった。
「でも、船は急いで修理すればもう少しは飛べそうでやんす!壊れたのはほとんど外装で内部の動力は傷ひとつ無いでやんす!」
「食料も、まぁ大体は運び出せた。水は足りねぇが今すぐ、ってほどじゃない」
「道具はまぁ、問題ないだろう。いくらか壊れたもんもあるが致命傷にはなってねぇ」
上からアンガス、オリヴァー、アッシュの順に喋る。それぞれが担当しているものの確認はもう終えたようだった。ちなみに自分は周囲の警戒担当だ。ここが森なら魔物どもの領域だ。警戒はしなければならない。
「ルーク、周りはどうだ?」
「あぁ、今すぐ何かが来るとは思わないぜ。流石に派手に音がしただろうからな。臆病なのは逃げただろうし、強いのは基本奥だろ?流石にこんだけの浅瀬には直ぐ来ないと思うぜ。つってもこれだけ暗いと流石に遠くまでは分かんないな」
一通り、周囲をぐるりと回ったが何かがこちらを監視しにきているような感覚は無かった。とはいえ森は自分たちの領域ではない。人が住むようには出来ておらず、魔物もわんさかいるはずで、今は一時的にいないだけ、という線が濃厚だった。
「ま、それは仕方ねぇな。今夜は兎に角交代で寝ずの番だ。アンガス、お前は悪いが修理に集中してくれ。早くここから離れねぇと帝国もすぐに追撃してくるだろうからな」
「任せて欲しいでやんす!明日には飛べるようにしとくでやんすよ」
アンガスが胸を張って答え、そのまま直ぐに船のほうへと走り去ってしまう。どうやらよっぽど気合いが入っているようだった。しかし外装があれだけ壊れているのはどうするのだろうかと思ってしまう。知識が無い自分ではどう考えても今すぐにどうにかなる様には見えない。
「さて、お前たちは寝る順番を決めといてくれ。俺はどこでもいいから後で伝えにこい」
そう言うとボスは他の面子が居る所へ予定を伝えに行った。
「じゃ、俺たちもサッサと順番決めるぜ」
アッシュがそう言ったの皮切りにじゃんけんで順番を決めた。
「おい、起きろ」
頭のあたりに軽い衝撃を感じて目を覚ます。視界は暗く、自分が見下ろされているのは分かっているが相手の輪郭は定かではない。
「ルーク、お前の番だぜ」
そう言われ、テントで寝る前の事を思い出して半身を起こす。そこまでくれば相手がアッシュであることもよく分かった。
「良く寝たぜ。何か変化はあったのか?」
強制的に起こされた訳ではなく、交代ということは順当に夜が過ぎていったということだ。よく見れば近くではアンガスやオリヴァーも寝ていた。とはいえ、起こされる程度のものではない事が起きた可能性はありうる。
「いや、静かなもんだ。つってもこれから陽が昇るなら森の奴らも起きてくるかもな。気を付けろよ」
そう言いながらアッシュは自分の寝床へと潜り込む。それを見届けてから近くに置いておいた武器を手にして静かに持ち場へと向かう。
「いや、冷えるなぁ」
外に出ると夜の森特有の冷たさが肌を叩き、思わず腕を擦る。空を見れば白み始めてはいるがまだ星が瞬いており、幾分傾いた月が静かに世界を照らしていた。森からは夜行性の鳥の声が聞こえてきて彼らもまだ夜を楽しんでいるように思えた。
「とりあえず焚火焚火っと」
周囲を見れば寝る前と変わらずの場所に焚火がパチパチと木の爆ぜる音を立てながら辺りを照らしていた。あそこならば暖も十分にとれる。
「はぁ、あったけぇ・・・」
寝起きの体を温めるように焚火に手を翳しながら目を細める。燻された木々の香りはなんとも言えない。体だけではなく、心まで温めてくれる。そして周囲に目を向ければ荷物が固めて置いてあり、そこには夜食や水も置いてあった。
「ま、静かに待ってますかね」
焚火の前に置かれた横倒しの丸太に腰かけて水を口にする。水は夜の空気よりも冷たく、中から一気に冷え込んだような気がしたが代わりに目も冴えた。ついでに乾パンも口に放り込めば、寂しさを慰めるには十分だった。
それから、まだ夜を愛する者たちの歌を聞きながら焚火の爆ぜる音に耳を澄ます。夜の最中に1人であっても孤独感は無く、街のスラムで息を潜めていた頃のほうがよっぽど孤独と寂寥に襲われていた。
そうして過去を懐かしみながら夜を過ごしていると次第に東の空から本格的に陽が昇り始める。夜空に白い光が一気に差し込み始め、頬にも焚き火とは別の温かさが触れる。この頃には眠気も完全に無く、夜露が朝露に変わって宝石のように輝き始める。
「うぅーん、良い朝だ」
立ち上がり、座り続けて固まった体を解すように体を伸ばす。胸いっぱいに空気を吸い込めば緑の香りが鼻を抜けて体の中を満たす。
「うん?」
夜明けを眺めていると後ろから土を踏みしめたような足音が聞こえて振り向く。すると幾つか設置されていたテントから人が出てきた。
「お、姫さんか」
特徴的なフードが見えて、出てきたのがミラであることが分かった。思えば夜の間に姿を見なかった事から早々に寝たと想像につく。まだ起きるには少しばかり早いが彼女の寝た時間と慣れない環境を考慮すればむしろ遅いくらいかもしれない。
「え、あ、おはよう、ございます」
声を掛けられたことに驚いたような声がミラから零れる。声の出所を探る様にきょろきょろと顔を振った彼女の顔が、フードで隠れて見えてはいないが、こちらに焦点があった後にペコリ下げられた頭と共に返事が来る。
「あぁ、おはよう。こっちにおいで」
彼女に向かって手招きをすれば、素直にこちらに向かって歩いてきた。
「調子はどう?」
「えっと、少しばかり体が・・・」
そういう彼女の体に目を向ける。よく見れば少しばかりぎこちなさそうに体を動かしていた。
「あぁ・・・そうだよな、ベッドじゃないもんな」
彼女は皇女だ。それも世界で1番と言っても差支えのない国のお姫様である。当然、テントで寝たことなど無いだろう。おまけに1人でテントを使ったとは思えない。恐らくエヴァなんかの女性陣と同じテントだったとは思うが誰かと寝るのも初めてだろうことは簡単に想像が付いた。
「あ、いえ・・・でも、悪い気分はしてないんです」
そう言いながらミラは自分が示した場所へゆっくりと腰かけ、横並びの形で焚き火の前に座る。
「そう?まぁ、姫さんがそう言うんならそれで良いけどな」
「確かに体は痛みます。でも・・・ふふ、起きた時にいつものメイドや騎士の顔を見なかったことがなんだか不思議で。彼らには申し訳ないとは思うのですが、なんだが新鮮な気分です」
ミラがそう言いながらクスリと小さな笑みを零す。
「あぁ、成程ね。それなら俺にも分かりそうだ」
それが何であれ、新しいことは心を動かしてくれる。良いことか悪いことかはその時にならなければ分からないが未知、というのはいつも心をくすぐる。彼女にとってはテントで他人と寝て起きる、ということすら未知だった、というだけの話だ。
「騎士様たちも、優しくしてくれる者たちばかりでした。でも、やはり立場があったので・・・彼らにも、何時か謝らねばなりませんね」
そう口にする彼女はどこか寂しげで、少なからず城を抜け出してしまった罪悪感も混じっているように聞こえた。
「ま、先の事はその時が来てから考えようぜ!どう?お腹すいてない?」
朝から湿っぽい空気にはしたくない。それに今日はこれからは大変な行程が待っている。ならば初めくらいは元気に行きたい。そう思って、空気を強制的に替える。
「え、えっと・・・」
どこか戸惑ったような声が返ってくるが次の瞬間、クゥ、と彼女の方から可愛らしい音が聞こえた。
「あ、あの、これは!」
「ハハハ!そういえば昨夜から特に食べてないだろ!ちょっと待ってな!」
顔を赤らめ、慌てた様な彼女を笑いながら、食料があるところへ向かう。
目についた直ぐに食べられそうなドライフルーツと生の果実、色の良いものだけを手に取って彼女のところに戻って広げる。
「好きなの食べな」
そう言いながら彼女も手に取りやすい様に自分から真っ赤な果実を手に取ってそのまま噛り付く。そうすれば酸味がやや目立つがそれでも甘酸っぱいの範囲に収まった果肉が口いっぱいに瑞々しさと共に広がる。焚き火の前にいた影響か少しだけ乾いた体には丁度いい塩梅でシャリシャリと食べ進める。
「えっと・・・いただきます」
そんな自分を暫く見ていたミラだったが恐る恐る手に、自分と同じ物を取ると覚悟を決めたかのように一つ頷いてから噛り付いた。
「あ、おいしい・・・」
ミラは自分が口を付けた小さな噛み跡をまじまじと見つめながらそう零す。
「だろ?確か、前の街で買って保存してた奴だ。店主が言うにはちょっと早いらしいけどな。酸っぱいし」
そう言いながら口に含んだ種を遠くに飛ばす。手には実についていた蔓の部分だけが残り、そっちは焚き火に放り込む。
「そうなんですね。・・・こんな食べ方をしたのも初めてです」
そう言いながらミラはシャクシャクと小さな音を立てながら食べ進める。どうやら彼女のお眼鏡に叶ったと小さく笑う。最初は帝国の姫さんだからと少し気を回したがこれならば問題はあまりないかもしれないと思う。
それからいくつかの果実を食べて片付けを終えるころには寝ていた団員たちも起き出す頃合いになり、陽もしっかりと昇り始めた。
「ちょっと見回ってくるかな」
仲間が起き出す前に最後の見回りをしてこようと立ち上がる。流石に起き抜けに奇襲を受けたくはない。手に武器を持って体を伸ばした。
「どこかに行くのですか?」
「あぁ、ちょっとこの周辺の見回りに、な。万が一、魔物が見張ってたら嫌だろ?」
森の魔物は罠を張ったり、隠れる能力に長けているのが一般的だ。勿論、森の成り立ちと主によって大きく異なっては来るが夜の間に襲撃が無かったことから一般的なグループだろうと想像がつく。であれば、この船で無理矢理に拓いた場所から森深くに入ることが無ければ互いに接触することは考えにくい。但し、こちらは船の墜落で彼らにとってみれば既に侵略してしまった側だ。森が怒っていれば何処かで攻めてくる可能性はあった。
「あの、私もついて行っても良いでしょうか?」
ミラが立ち上がり、伺うような声色でそう聞いてくる。しかし2つ返事で「いいぜ」とは言い難い。何せ自分1人しかおらず、武器はおろか、力を入れるような重たいものを持ったことも無さそうな姫さんだ、万が一魔物に襲われようものなら自分だけで対処出来るかは分からなかった。
「う~ん・・・まぁ、俺から離れなきゃ、いいかなぁ・・・」
暫く思い悩むが視界の悪い夜でもない、船が見える程度の位置で深くに潜らなければ何とかなるか。そう判断する。
「まぁ、いいぜ!ただ、離れたりだけはしないでくれよ」
「はい、分かりました」
ミラが素直に頷く。そして彼女を連れて森の中へと入っていく。
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