8話
「うわぁ・・・すっごい狙われてるなぁ!」
宙に船が浮き、夜逃げというよりも監獄からの大脱走、それも真正面の扉を破るかのような勢いで飛び立つ飛空艇の甲板から帝国城の方を眺めながら思わず声が出る。実際、帝国を囲む塀を檻とすれば強ち間違いでもない。自分たちは今、この国ではただの犯罪者で逃亡者だ。捕まれば只では済まない。
片手で手摺を力一杯に掴み、もう片手はミラが誤って吹き飛んでしまわないように彼女の腰のあたりに回して抱き留める。そのまま風を真正面から受けてしまわないように甲板に伏せるようにして身を屈め、物陰に隠れた。普段ならば一度浮いてさえしまえば甲板に出て、歩いても問題ない程度の速度で航行するが今は期待できない。少なくとも追っ手を振り切るまではこのまま猛スピードのままだろう。どうにかして船の中に戻れれば一定の安全が確保できるが船内への扉は少し遠い。
「お母さま・・・」
同じように城へ視線を向けたミラがボソリと呟く。その声音は自信が感じられず、迷子のような声だ。今まで自分を守るための全てが自分に向けられているのだ、その不安は想像を絶するだろう。城からは相変わらず警鐘が帝都中に向けて響き、数えるのも馬鹿らしい数の自分たちを狙う大砲や魔道具の明かりが煌々と星の様に煌めく。一発でだけでも致命傷の攻撃、、普通なら考えておくべきことすら忘れ、攻撃が外れて帝都を壊すことを考慮していない。帝国の怒りが具現化したかのようにも思えた。
「ほら、中に戻ろう。間違いなく、落としに来る」
城の方を見ながら固まるミラにどう声を掛ければ良いのかは分からなかった。しかし今はそれよりも船の中に戻るのが先決だった。甲板に居る状態で万が一攻撃が当たってしまえば流石に助からない。帝都の染みにされるのは絶対に避けたい。それにミラだけが落ちてしまえば誰にとっても最悪の出来事だ。
「あ・・・そうです、ね。申し訳ないのですが、立てそうに無くて・・・」
声を掛けられ、夢から覚めた様な驚きの声を出したミラは自分で立とうとしたが船の揺れがまだ激しい事も有って足元がおぼつかない。腰が抜けているわけではなく、純粋にバランスが保てないといった様子は、手さえ貸してやれば移動は出来そうだった。
「無理しなくていいさ。ただ、俺の手と腰を、そう服と一緒に掴んでてくれ」
下手に動かれると次の行動が難しくなってしまう。それ故に自分からミラを抱えるようにしつつ、彼女にも自分を掴んでもらい、船内への入口へと急ぐ。その際、船の動きを把握するために帝国城から放たれる攻撃に目を凝らしていると、城の背後、あるいはバルコニーなどの外に繋がっていそうな場所から黒点のようなものが幾つも浮くのが見える。
「あれは・・・なんだ?」
帝国城の周囲に、よくは見えないが黒点のようなものがいくつか宙に浮く。何かしらの魔法のようにも見えるがそれにしては変化が乏しく、自由に動くことはない。規則正しく、それこそ打ち上げられる花火のように、決められた動きをしており、宙に浮くと夜空の星の様に滞空している。そして次の瞬間、宙ではなく、城のあちこちから大砲の弾ける音が慌ただしい帝都の夜を砕く。
「うわっ!?撃ってきやがった!」
思わず身を竦ませる。幸い一射目、いくら無数の大砲で撃ったところで簡単に当たることは無い。しかし帝都が眼下に広がっていて、なおかつ推定皇女がいるこの飛空艇を早々に大砲で撃ち落とそうとするのは予想はしていても驚いてしまう。皇后が激情家というのは聞いたことが有ったが、驚きと焦りから瞼を何度もパチパチと動かしてしまう。
「早く、中に!」
当たれば勿論だが掠るような事があってもその振動で本当に宙へ飛ばされかねない。ミラの体を今よりもずっと強引に引き寄せながら大砲が再装填される隙に全速力で船内へと戻った。
「ボスはいる!?」
船内に戻り、風の抵抗がなくなると共に立ち上がってミラの手を引いたまま船内を駆けて操舵室に入る。そこでは整備班を筆頭に皆忙しそうに船を操作していた。部屋の中央、舵はアンガスが握っており、その横にはボスが舞台の恰好そのままに立っていた。
「おう、ルークか。っと姫さんもか」
声に反応したボスがこちらに首だけを回して返事をする。怪我をしている様子はなく、そこは少しだけホッとした。
「うん。ってそれより滅茶苦茶撃たれてるぜ!」
直後、ドン!と大砲の弾ける音が船内にまで聞こえてくる。特殊な造りで揺れや音を軽減している船内でも響いてくるあたり、相手の本気度が伺えた。
「ハッハッハッ!いやぁ、あの皇后、滅茶苦茶でよ!俺が会った時から死ぬほど不機嫌で、もともと真っ青な顔が怒りで紫色になんじゃねぇかって思ったぜ!いやぁ、バレてたな、逃げられたのは運が良かっただけだ。顔見た瞬間スタコラサッサ、ってな」
そう言いながらボスは腹を揺らし、ポンと叩いた。しかし本当に死ぬとは思ったのか幾分声にいつもの覇気が無く、空元気のようにも思えた。
「あの・・・本当に大丈夫なのですか?」
横にいたミラが不安げな声でボスに声をかける。それは彼の体調を案じてか、或いは逃げ切れるのかどうなのか、あるいは両方か。とにかく不安が前面に押し出た声色だった。
「なぁに、問題ねぇよ。ただ、予想よりも攻撃が激しいのは、っと確かに嬉しくねぇな!」
また空気が割れたような音と共に振動がやってくる。今の感じは間違いなく魔法だろう。大砲のような爆発音よりも音は小さい。流石は帝国というべきか、全速力の飛空艇に向けて魔法を放てる存在がいるらしい。
「オイ、アンガス!もっと速度上げられねぇのか?」
「無茶言わないで欲しいでやんす!ただでさえ急発進だったからこれ以上変な事したら羽が捥げるか動力が落ちるでやんす!」
ボスの怒声に半分怒ったかのような声でアンガスが返事をする。とはいえそれぐらいはボスだって分かっており、舌打ち混じりにぼやく。
「カァー!!どうしようもねぇか!あぁ、それよりもルーク!お前、ちょっと甲板で様子見て来い!姫さんは、そうだなその辺に座っててくれ」
「マジ?」
出来ないとは言わないが実質死んで来いと言われたようなものだ。誰が大砲や魔法で狙われている船の甲板に出たいというのか。
「あぁ、マジだ。ちょっと後ろからの視界が足りねぇ。だから直接見て指示をしてくれ。なに、攻撃の予兆だけでもだいぶ違う。それに城の大砲はそろそろ届かないはずだ。後は魔法使いの攻撃だけが知りたい」
そう頼み込んでくるドープの表情は少しだけ厳しい。アンガスが一度もこちらを振り返ったり、声を掛けてこないあたり、問題ない、という言葉はハッタリだった可能性が高い。とはいえ、危機で慌てふためくようなボスでは困る。なるほど、すでに限界で発狂しそうなのを理性で強引に抑え込んでいる状態だったらしい。ならば仕方がない。命の掛けどころだ。
「仕方ねぇなぁ・・・行ってくるぜ!姫さんはここで大人しくしててくれよ!」
元気に、ボスのハッタリ染みた空元気に答えてやる。そしてまだ不安げな顔を浮かべていたミラの肩を軽く叩いてから、ここまでの道を戻る。ここからは運否天賦、どうなるかは誰にもわからない。
「おっと!・・・やっぱり外は揺れるなぁ」
甲板に出た瞬間、荒々しい船の機動に揺さぶられる。そして頬を撫でる風も身を切るように鋭い。何かを掴んでいなければ、まともに立つことすら困難な環境だった。
視線を向けた先、既にだいぶ遠くになった城は相変わらず皇后の怒りを現すかのように煌々と輝き、大砲の爆発が花のように咲いて帝都の夜を飾っていた。
「すっげぇ・・・ほんとに逃げられるか、コレ?」
全速力で逃げている都合上、帝都を囲む塀は見ていてもハッキリと分かる程度には近づいている。しかし、塀に近づいているということは城からの攻撃が止むと同時に今度は塀からの攻撃が来てしまうということだった。如何にアンガスが踏ん張っても容易く逃げられるようにはとても見えない。これは心のどこかで帝国という国を侮っていた代償だ。
「ま、仕事するとしましょうかね」
とは言え、ここで先を案じても自分に出来ることは少ない。取り合えず、甲板の入り口に取り付けられた通信機を手に取る。
「あ、あぁ、こちらルーク。天気は晴れ時々、大砲の大雨。避けられそうに有りません、どうぞ」
「馬鹿野郎、そんな報告があるか!」
すぐさま声を荒げたボスの声が返ってくる。とはいえ、本当にどうしようも無いぐらい一気に発射されたのが見えたのだから仕方がない。
「サッサと逃げたほうが良いと思います、どうぞ」
「んな事分かってんだよ!魔法はどうだ!」
グン、足元が引っ張られるような感覚と共に船の速度が上がる。どうやら無茶を通す時が来たらしい。同時に通り抜けた塀からも大砲が撃たれ、辛うじてこちらは避けたのが見えた。
「あぁ・・・激しすぎて、分かんないなぁ・・・」
魔法の予兆といっても目に見えて何か強烈な予兆がある訳ではない。近距離なら魔法使いの杖や何かしらの道具が発光して、魔法が放たれる事が分かるが大砲がもう届かないだろうにこれだけ撃たれていては何が魔法か判別できそうになかった。仕方なしにそう伝えれば、苦虫を噛みつぶしたようなうめき声とアンガスの絶叫染みた慌て声が混じって聞こえてくる。
「ググググ、仕方ねぇ。やっぱり真っすぐ行くしかねぇか!!アンガス!もっと全力で走らせろ!それと総員、何かにしがみ付いてろ!」
「もう絶対無理でやんす!」
その声を聞いてもはや甲板にいる意味は本格的に無くなってしまった事を悟る。やはり最後は神頼みか、そう思いながら中に戻って落ちても大丈夫そうなところを探す。
「ま、その時はそん時だな」
そう思った次の瞬間、今までよりも明らかに大きな衝撃音と揺れが発生して体が大きく揺さぶられた。
(思ったよりも早かったな)
シェイクされたカクテルのような心地の中、必死に手摺を掴んで奥歯を噛みしめるのだった。
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