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A new Era  作者: ラー
一章
7/7

7話

「はぁ、皇后様も扱いが酷いよ。あのままサーカス見て騒いでればいいのに」

「はぁ、まったくだよ。ボクたちも暇じゃないのにさ」

時は少し戻り、ルークがミラと共に城を脱出した後、2人の精霊種と思われる者がぶつくさと文句を言いながら気怠そうに廊下を歩いていた。

「まぁ、どうしようもないね」

「まぁ、仕方がないね」

同じ背丈に黒と白の色違いの衣装に身を包んだ2人は城の上層へと向かっていた。2人の顔は真っ白な化粧が施されており、目や口をあえて強調するようなラインが施され、どこか人を小ばかにするような印象を受けるメイクだった。着ている服も騎士や官僚等とは違い、それこそ舞台に立っているルークたちのような人の目を引く様な恰好で道化師の様相であった。

性別が分かるような要素はすべて隠されており、声も酷く中世的で体型もゆとりのある服装のために何1つ個人情報が外からは分からない見た目だ。そんな2人は歩くことに慣れてきた幼児のような足取りで、しかし全てが意図されたリズムと動きで廊下を歩き、ルークとアッシュが演技で切り抜けた門番たちが立っている階段へと辿り着いた。

「ねぇ、皇后様に言われて皇女様の様子を見に来たんだけど」

「ねぇ、通してくれない?」

2人に声を掛けられた騎士たちは伸びていた背を更に伸ばすようにして体勢を整え、両足を揃えて返事をする。

「お疲れ様です。先触れに聞いております。どうぞ、お通りください。しかし、皇女様はお加減がよろしくなく、お一人になりたい、と先程声を掛けに行った騎士団長より聞いております」

最初はハッキリと、しかし後者は少しだけ声を顰め、周りに聞き耳を立てているものなどいるはずもないがそれでもどこか気まずげに騎士がそう答えた。流石に癇癪を興している、などとは言わない。あくまで具合が悪く、周囲に人がいると気が散って休めない、そう主張していると伝える。

「うん、ありがとう。でも皇后様がさ」

「うん、でも見て来いって言われちゃったからさ」

そんな騎士に対して道化師の2人は面倒な仕事を言い渡されてしまった、やれやれ、そんな雰囲気を出しながら答える。しかしそんな彼らの脳内では別の事が巡っていた。

彼らが知る皇女の普段の行動や言動からすると周囲から人を完全に排除しようと思うほどに機嫌を損ねるのは少し変な反応だなと思えてならない。ましてや文字通り突然に体調が悪くなったとも考えにくい。それこそ皇女は皇后に大事にされており、つまるところ帝国で最も大事に管理されている。体調面は朝には何ら問題はなく、昼間もそうだった。加えて不慮というのは在りうるがそれでも生まれた時から常に周囲に人が侍っているのが当たり前の人間が『体調が悪くなった』で人を完全に排除するのは違和感があった。それも騎士の反応からして癇癪のようなものを起こしていると推測が付く。確かに年頃の少女、と思えばありえなくはないが皇后に見習って欲しいと思うほどに儚げで自己主張の弱い、優しい少女だった。やはりありえそうであり得ない、そう思えてしまう。しかしここでそれを問答する意味はない。互いに軽く目を合わせるだけで済まし、道を開けた騎士の間を通りながらいつも通り、ご機嫌な道化師のような足取りで階段を登る。


「ねぇ、どっちが声を掛ける?」

「ねぇ、どっちが扉を叩く?」

皇女の部屋の大扉の前でいたずらをする子供のような雰囲気のままに2人は顔を見合わせる。しかし頭の中は疑念でいっぱいだった。ただ、道化師のような雰囲気と言動が彼らにとっての当たり前だったがゆえに訝し気な態度が一切表に出ないだけだ。

「じゃぁ、キミが声を掛けて」

「じゃぁ、キミがノックをして」

互いの発言をそのまま相手にやってもらうよう指示し合った2人はそれぞれ行動にでる。

コンコンコンコン、4回強めに扉が叩かれる。

「皇女様、お加減は如何ですか?」

ここに来て初めて、片方だけが口を開いた。

「今は機嫌が優れないの!喋りかけないでちょうだい!」

すると中からは年頃の少女の声が直ぐに帰ってくる。声色は誰が聞いても「あぁ、癇癪を起こしているな」そう思ってしまうもので、その雰囲気はこの城にいるものなら誰でも聞いたことがあるだろうモノに、詳しく言えば皇后の癇癪によく似ていた。

「・・・、怒ってるね、でも変だね」

「・・・、面倒だね、でも可笑しいね」

それに対して顔を見合わせた2人は小さな声に疑念を声色に加える。騎士たちの言葉から推測できた疑念を裏付けるような声だ。確かに年頃の少女らしさはある。しかし作り物の声に聞こえた。そういった訓練を積んだ人間が想像で作ったような声だ。この時点で疑念はほぼ確信に至る。

「やっぱり、声が変じゃなかった?」

「やっぱり、雰囲気が変じゃなかった?」

顔を見合わせたまま互いに右へ首を傾げる。確認のように言葉を相方へ投げるがそれは互いに確信があってのことで最終確認に等しい。

「・・・、もう一回」

「・・・、交代で」

先程と同じようにノックを4つ、そして声を掛ける。

「気分が優れないと言っているでしょう!誰も構わないで!」

同じようなセリフ、癇癪を起こした少女の声、しかし違和感は拭えず、増していくばかりだ。それは扉越しだから違う声に聞こえる、だとか本当に体調が悪くなって、だとかそういったものとは違うと確信があった。

「ねぇ、騎士団長を呼んでみようか?」

「ねぇ、2人とも呼んでみようか?」

このままこの扉を開いても良い。それだけの権力が2人にはあった。ましてや皇后に直接見て来いと指示されているのだ、いずれにせよ体調が悪そうでした、では済ませられない。絶対に直接確認する必要がある。しかし何かあった時に実際に動くのは騎士で、それに指示を出すのは騎士団長たちだ。自分たちも騎士へ指示を出せるがよっぽどで無い限りは役職通りに指示は出したほうがよい。2人の中ではすでに緊急事態の4文字が浮かんでおり、自分たちの勘違い、という線は1%未満と言っても良いほどだった。そして後始末含めて一番効率の良いほうへ行動を開始する。


「それで、吾輩たちを呼んだのか」

再び皇女の部屋の前、そこから少しだけ離れた場所で道化の恰好をした2人と男女の騎士が向き合わせて立っていた。

「うん、その方が良さそうだからね」

「うん、その方が効率的だからね」

男の方の騎士団長、ウィリアムが自慢の金の鬣を棚引かせながら顎に手をやり、考えるような仕草をする。彼の記憶からすれば間違いなく中に居るのは皇女本人、何より彼には観覧室から皇女の自室迄送り届けた記憶がある。そして皇女の「1人にしてほしい」というお願いと問答を繰り広げたのも彼だ。部下からも目の前の皇后付きの道化師以外通してはいないと報告を受けている。道化師の言う通り、確かにいつもの皇女とは違ったとは言え、本人と対面しながらだったが故に判断を決めあぐねていた。

「それで、姫様が、ねぇ・・・」

その横ではウィリアムとは対照的に細身ですらりとした女性の騎士が品物を吟味するような表情で扉へと顔を向け、顔の横に付いた長い耳を僅かにピクリとさせる。彼女はウィリアム程には鎧を着こんではいないが戦闘がここで始まったとしても問題が無い程度に武装をしており、顔の中央を通る様にして右から左下へ斜めに走る傷跡が残っていた。しかしそれが彼女の魅力を損ねるかと言われれば違い、むしろ優し気な容貌に勇ましさが加わって、新たな美しさを作り出しているようにも見えた。彼女自身が傷のことを何一つ気にしておらず、誇りと認識していることもあるだろう。

「それで、ウィリアム騎士団長」

「それで、ブライヤ騎士団長」

「「君たちに対応を頼みたいんだ」」

道化師の2人は子供のおもちゃの様に回り、立ち位置を替えながら2人の騎士団長にそう話を持ちかける。それに対して騎士団長達は彼らの動きに一切の気を払うことなく、互いに一度、顔を見合わせると女の騎士団長、ブライヤが静かに目を伏せてから道を開けた道化師の間を通って扉の方へと歩き出した。

「ミラ様、ブライヤです。お加減は如何でしょうか」

ブライヤは扉の前で深呼吸をすると騎士然とした、思わず背筋が伸びてしまう様な声で室内に呼びかけ、扉をノックする。

「今は機嫌が優れないの!喋りかけないでちょうだい!」

返ってきたのは予想通りと言うべきか癇癪の声、それに対してブライヤは不快感が湧きたつ。それは話を拒否するような言葉だったからではない。先程、道化師たちが言うような違和感がはっきりと有ったからだ。

「・・・姫様の声ではないわね」

ぽつりとブライヤが呟く。同時に彼女の胸の奥からは決壊したダムの様に焦燥感が湧き出し、頭の中では既に皇女に何かあったと決めつけていた。これは長年、直接ミラへ言った事はないがブライヤは実の妹の様に彼女のことを思い、気を掛けていた。特に皇后と比べるとなんとも繊細で心優しき少女なのだ、騎士という職業の人間が気にかけない訳もなかった。

「それに、さっきとまったく同じセリフだね」

「それに、さっきとまったく同じ声だね」

そんなブライヤに道化師の2人はその不安を煽るようなことを口にする。確かに同じ人間が喋ったとて、毎回同じように聞こえるわけではない。加えていくら機嫌が悪くとも、同じセリフを違う人間に同じように発する、というのは奇妙と言えた。道化師の2人が嫌われていて厳しい言葉を掛けられただけなら兎も角、仲が良いと互いに自負のあるブライヤにまで同じ対応というのは確実に異変だった。

「開けるぞ」

それらを後ろで聞いていたウィリアムも他の人間と同様に確実に何かが起きたと頭の中で確定させ、押しのけるようにして扉の前に立つと同時に手を掛ける。それに応えるようにブライヤは腰のロングソードに手を掛け、ウィリアムを盾にしながらもいつでも飛び出せるように姿勢を取る。この先に敵がいるとは思い難いが罠位は想像できる。それゆえの対策だった。道化師の2人は騎士団長たちの邪魔にならないように少しだけ離れたところから同じように扉を睨む。


勢いよく開かれた扉の先、囮と壁の役割の為に派手な強盗のように押し入ったウィリアムとその背後、暗殺者のように静かに部屋へ滑り込んだブライヤ。それぞれが部屋を注意深く観察するがその目にはこれといった異変や荒らされたような形跡、あるいは何者かが潜んでいるような気配を見つける事は出来なかった。しかし、たった1つだけ、奇妙なものが目に留まる。それは皇女の部屋のやや中央、扉側に対して背凭れを向けた椅子だった。

椅子は目の前に机が有るわけでもなければ景色を眺められる窓の前でも無いところに置かれていた。そして後ろからは誰かが座っているようには見えるが普段からミラを見ている人間からすれば明らかに見慣れたものではない後ろ姿が晒されている。背凭れ越しに見える全てが手抜きで作られた模造品のような違和感があった。

「気分が優れないと言っているでしょう!誰も構わないで!」

部屋に人が入ってきたというのに何一つ身じろぎもせず、癇癪の声だけが椅子から聞こえる。扉越しに聞くよりもハッキリと聞こえるそれは確実にミラとは違った。

「やられたか・・・」

ウィリアムはそう声を漏らすと足から怒りを発しているのかと思うような足取りで椅子に近づき、ひっくり返す。するとそこには相変わらず癇癪の声を繰り返す出来の悪い人形擬きが腰かけていた。

「ブライヤ、騎士たちに緊急事態だと通達を出してくれ。皇后様には俺が報告に行く。それとモノ殿にクロ殿、貴方たちはどうする?」

険しい表情を浮かべたウィリアムがそう言えばブライヤは無の表情、怒りが上限を突破してしまった顔を浮かべたまま、頷くこともせずに踵を返して部屋から出ていく。

「うん、ボクたちも皇后さまのところに行くよ」

「うん、キミがその場で殺されちゃっても面倒だよ」

相変わらずメイクのせいで本来の表情は分からないがそれでもウィリアムには自分を少なからず思案してくれている事が分かった。事実、皇后が癇癪を起こすのは間違いない。そしてその場で勢い任せに処刑を命じられる可能性は十分だった事から彼らの提案は有難いことだった。皇后も彼らの言葉には他の人よりも良く耳に留める。

「では早く行くとしよう」

そう言うとウィリアムは出来の悪い皇女の人形を苛立たし気に手に持つと足早に皇后のもとを目指した。








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