13話
森での夜は静かに明けた。どうもタルシアの存在と戦闘の余波で森の住人は棲家にも関わらず押しのけられ、自分達と同じようにひっそりと嵐が過ぎるのを待っているようだった。それはここの主の仕業かそれぞれの判断なのかは分からないが疲労していた自分たちにとっては僥倖そのものだった。
「さて、問題は此処がどこか、ってことだな」
荷物が生きていたお陰で食事はきちんと摂れた。戦闘で消しとんでしまったかと思ったが自分が寝ている間に三人が手分けして探してくれた。もしこれが無くなっていれば詰んでいたかもしれない。
「上から見てみるとか?」
「まぁ、それもアリだな。大河がある場所は木も無いから見えるだろうしな」
ミラの出した案は悪くない。今とれる最善だろうと思える。
「ふむ、何かに見つかるリスクはありますが・・・まぁ、それ以外無さそうですな」
ウィリアムも頷く。
「でも結構、高いよ?」
プロトが指さすのは近くの木の頂点だ。ここは人の手が入っていないだけに木が好き勝手に背を伸ばして光を搔き集めていた。それでいて左程太さも無く、下の方は枝だってない。だから登るには不似合いの木だ。上まで行けても枝葉を掻き分ける苦労があるだろう。
「まぁ、他に手もないよな。いいよ、俺が登る。ウィリアムだと木、折れそうだし」
そう言いながら身体を解す。一番身軽なのは自分だ。それにこういった器用さも持ち合わせている自負もある。木登り位、支えのない梯子よりよっぽど簡単だ。
「そうね。身体は大丈夫なの?」
「あぁ、いつもより軽い位さ。じゃ、ちょっと行ってくる」
ミラに軽く返しながら腰に地図を括りつけて木に手をかける。揺れは多少、堅い木肌は引っかかる程ではないかもしれないが滑る程でもない。思いっきり滑れば手が大変な事になるかもしれない。指先までしっかりと力を籠めて握る。靴は敢えて脱ぐ。靴底はどうしてもいらない滑りが生まれる。それなら多少我慢して素足だ。
「よ、ほ、はっ」
息を吐きながらテンポよく登る。手に伝わる揺れに身体を合わせて自分も木になった様な心地で少しずつ、でも確実に登り詰める。慣れてくれば後は単純作業だ。そしてあっという間に三人が豆粒になって、自分は枝葉のゾーンに飛び込む。この辺りに来ればもう落ちる様な事はない。無数の枝が十分な足場になって、速度が上がる。
「さぁて、今は何処かな?」
ワクワクとした心持で木の頂点から顔を出す。出来れば簡単だと助かるが。そうでなくとも大河の位置さえ分かってしまえば既定路線を目指せる。森も静かな内に動ければ被害を一気に抑えられる。であれば拙速こそが正義だ。
「うーん、方角はたぶんあっちだよなぁ・・・うん、あそこが大河かなぁ」
事前に聞いておいた逃げてきた方向を頼りに切れ目を探す。そうすればそれらしき線が一本、影になって出来ている場所が見えた。それなりに距離があるせいか確実とは言い難いがまさか何本もあのような大河はないはずだ。それに幾らか周囲の木がくり抜かれたように消えている。これはあの大河の魔物のせいに違いなかった。なら自分たちが来た場所も多少は見当がついた。これも間違いだったとすればもう何も信じられなくなってしまう。
「なら、えっと向かうのは・・・・あっちだ」
持っていた地図に大河の影と戦闘痕を合わせて指で道を辿る。大河まで戻る事は出来ないが、大河を基軸に道を考えるならそこまで難しくない。持っていたペンで簡単に書き込みながら予想図を描く。後は時折こうやって登って確認していけば方角を大きく間違う事はない。最悪、ミラが出来るかは分からないが彼女の中に眠っているだろう精霊種としての血が示す直感も合わせてもいいかもしれない。方角自体は旅慣れた自分とウィリアムで調整出来るだろう。
「よし、完成。後は進んでからだな」
もう一度、景色を確かめて向かう方を睨む。目指すは森の突破とその先にある最終目的地、ムニオだ。もう目と鼻の先にまでやってきた。ただ、ここまで来て自分には何だがムニオに、というよりはムニオで何かが起こる。そんな予感が胸をよぎる。それは起きてからぽっかりと空いた隙間を通って胸中を寒々しく感じさせた。嫌な予感だ。今は『全ての物の生まれた地』というかの国のうたい文句も不穏を表している様に思えた。
それから森の突破は今までの騒動を無かった事にしたかのように静かだった。タルシアが彷徨っただろう森は彼が振りまいた不穏を呑み込んで、それらと相対した自分たちをもまた避けている様に思えた。事実としてはあっているが、その時の記憶があやふやな自分にとっては想像がついても気は抜けない。もし、三人が言う、力が溢れた自分、というのが再現できればと思ったが身体はうんともすんとも言わない。生まれた時からの付き合いの筈がまったく知らない他人の様に思えてしまう。それでいて記憶にある程度ならきちんと動くのだからモヤモヤしてしまう。兎に角あの時の事は全てがイレギュラーとして処理して、会話にも上がらなくなった。それでも森を抜ければウィリアムが何やら興味があるらしく、鍛錬の面倒を見てくれると、珍しく彼から伝えられた。その時は思わず目を丸くしてしまったがそれを揶揄われていると思い込んだ彼の損ねた気分を直すのに苦労したのは良い思い出だ。漸く、というべきかまだまだと言うべきか、ウィリアムとの付き合いも少しずつ良くなった。
「ふむ、思ったより容易で済んだな」
「あぁ、もう暫く森はいいよ」
先に森から出て周囲を警戒していたウィリアムの独り言に続ける。久しぶりに全身で浴びる日光は暑く、服越しでも湯に浸かっているような暖かさがじんわりと地肌に伝わる。同時に白日に晒された自分の恰好の汚さが酷く目についた。
「もうムニオまではそんな遠くないのよね?」
服を掃ったミラがそう疑問を零す。彼女の外套も森そのものになった様に汚れが酷い。倒れ込んでしまえば土とも見分けがつかないだろう。それもそのはずでそもそも7日は森の中を散々に彷徨ったのだ。仕方がない。
「そのはずだな。地図で行きたかった場所とはちょっと、離れてる気もするど、平野だから直ぐに道も見つかると思う。あとはそこに沿って行けばムニオだ」
腰から抜き出した地図を見る。少しずつ書き足した地図は大分読みにくくなってしまったが問題ない。向かうべき先とその周囲の景色が分かれば辿り着ける自信があった。何よりムニオは大きな渓谷、その間に存在する都市国家だ。渓谷も渓谷と言うよりは大きな山を無理矢理二分したような見た目をしている事もあって、よく目立つ。何なら適当に正解の方角を目指して歩いていれば嫌でも目につくだろう。
「そう言えば皆は水とか大丈夫なの?」
プロトがキョロキョロと顔を振る。彼の言う通り、大分物資がない。予定よりは時間が掛かっていることもあって荷も軽く感じられていた。節約している事もあって、体調が万全とは言い難い部分があるのも事実だ。そう言う時の判断力は頼りにならないので、プロトに事細かに調子を聞いてくれる様にお願いしていた。うっかり、補給を忘れて、その瞬間い運が悪ければ敵襲があるかもしれない。そう思えば耳タコになるくらい調子を確認する位が正しい。
「前は、どの位で摂った?」
「ううん・・・でもボクがこれ聞くの5回目だからもう給水とか食事もした方が良いんじゃない?」
「もうそんなか」
なんとなくまだ行けると思っていたが時間は想像より経っていた。なら休憩するべきだろう。
「流石ですなプロト殿。お陰で誰も身体を壊す事はありませんでした。騎士団でも一番困難なのは移動ですから、的確に補給を促してくれるのは本当に有難い限りです」
ウィリアムがそう言いながら休憩と補給の準備を始める。声音と顔色からそれが本当だと良く分かる。それに彼の言うことも分からないでもなかった。自分達も基本は飛空艇を使っていたが大部分は移動を如何に上手く熟すか、だった。徒歩で、なおかつ大軍ともなればそれはそれは移動に多大な苦労をしたに違いなかった。
そして束の間の休息の後、最後の一頑張りと言わんばかりに街道を探す。これさえ見つかれば後はどうとでもなる。何とか日暮れまでには見つけてしまおうとアレコレと手を尽くした結果、何とか日暮れまでに街道を見つけ、その近くで身体を休めることが出来た。
街道と言っても旧道には変わりなく、人通りはあまりない。整備もいまいちで極めて閑散としていた。それでも今まで通ってきた道と比べれば禿げた道でも歩き易く、見晴らしも悪くないので、奇襲も受けにくい。勿論見つかりやすいデメリットは十分にあるが、戦力を思えば万全の準備を出来る街道沿いが一番都合が良かった。帝国からの刺客も今まで十分に攻め入る機会は多分にあった。それでも来なかったのだからもう気にせず、ムニオへの道を急ぐ運びになった。
「お、見えてきたぞ!」
山を両断したようなシルエットの大渓谷のが見える。上部は霧が掛かってしまって全ては見えないが、その間に佇むムニオの街並みは十分に見えた。
「あれがムニオなのね」
ミラが感慨深そうな声を漏らした。ミラからすれば漸く辿り着いたという感情と、何かの手掛かりが見つかるかもしれないという期待があるだろう事を思えば、それもよく理解できた。
眼の前に佇むムニオは渓谷の間に幾つもの尖塔が極めて乱雑に伸びていて、そこらへんはサルーグにもよく似ていた。ただ、真ん中にある他よりも高く、太い塔が本体の様な物で、それだけが他と一線を画した造りな事が遠目にも良く分かった。また、両側にある渓谷には色とりどりの屋根が海岸の石場の貝の様にびっしりと張り付くようにして建てられていた。門の様なものは見えず、遠目にはいくつかの飛空艇が渓谷同士を繋ぐようにして架かっている大橋に停まっているのが見えた。渓谷ならではの国づくりがされている事は明白で、成程、少しばかりワクワクしてきた。
「ルーク?」
「あぁ、ごめん。すぐ行くよ」
自分がムニオに思いを馳せている間に他の三人はもう進み始めていた。振り返ったミラに直ぐに返事をして少しだけ駆けて合流する。何か、良い情報があれば良いが。ミラの楽しそうな横顔を見ながらそう思った。
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