12話
幾つもの景色が暗闇の中を通り過ぎていく。それは紙芝居のようで、自分は地面に座り込み、誰かが紙を入れ替えながら次の物語を映し出すのをワクワクとした気持ちで眺めていた。
流れていく画はその大半が見たことの無いものだった。何処までも荒廃したような風景であったり、全てが水の中に収まったり、天から裁きのように隕石が降り注いだり、その全てが嘘だったと言わんばかりに青々とした山脈や茂った森、そして多くの生命が跋扈したりしていた。
生命体については幾らか見たことがあった。それらは今も同じものだったりもした。あるいは何かしらの人種と同等だった。しかしその中にはやっぱり自分と同じ種族はいなかった。
暗転、見える風景がまた変わる。こっちは見たことがある。なにせ自分たちの旅路だ。ミラからの依頼を受けたあの作戦会議が既に懐かしい。アガパンサス団の皆は元気だろうか。不安だが彼らのしぶとさは自分が一番知っている。きっとまた全員で騒ぎを興せるだろう。
時が流れていく。逃亡が始まって、あらゆる災禍を運と機転で乗り越えてきた。誇らしくもあり、顔を伏せたくなる様な情けなさが後半にかけて増えてしまったがそれでもよくやってきたと過去の自分なら言っただろう。何せ帝国の刺客もタルシアの様な災厄も退けたのだ。運の悪さも、幸運もピカ一だ。そこまで流れて疑問が泡のように浮く。
「あれからどうなったんだ」
どうもタルシアに吹き飛ばされてからの記憶があやふやだ。倒したというのもあくまでウィリアムが渾身の一撃を入れる場面が流れたからそうなのだろうと思ったに過ぎない。では自分はどうなってしまったのだろうか。これが願望でないなら、見ていた筈だ。
次々に疑念が湧いては割れる。そもそも今は一体・・・そう思った瞬間、再び場面が変わる。それはサルーグでの事だ。そう、あの路地裏に消えていった、あの後ろ姿が描き出される。
「あぁ、そう言えば結局誰だったんだ」
さっきまでの事が全て遠い日の記憶に変わる。そして不思議なことに眼の前の景色はあの日、追えなかった彼の背をピッタリと、追走していた。まるで連れだって歩いているような風景はおのずと自分の目も惹いた。
裏路地をカツカツと、品のいい靴音を立て、綺麗な髪がその滑らかさゆえの揺れを映し出す。背中越しにも関わらず、どこか機嫌が良いのだろう。そう思ってしまうようなリズムはそれを見ているだけの自分の感情も軽くさせる。
「精霊種なのかな?ミラとどことなく似ているような気もするし」
パット見、獣種や爬虫種の様な分かりやすい特徴がない。なら精霊種かなと当たりを付けてみる。実際、その髪色や耳の形等を除けばミラはかなり自分に似ていた。だけど精霊種の様な自然と一体、溶け込むような雰囲気が自分にはない。ミラがどうなのかは分からないがやっぱり自分とは違う超然とした物を感じていた。だから自分は精霊種ではない。そして目の前の存在はどこか浮世離れした感じもあった。ただ何故だろうか、胸を締め付けるような郷愁が確かにあった。
見える景色はどんどん例の存在の背を追って、路地裏を進む。さっきまでは自分の記が映している、そう思っていたがこんな記憶はない。ここに来て違和感がのそりと胸の奥で目覚める。でも眼の前の光景が気になって仕方がない。遂には食い入る様に前傾してしまう。
(せめて顔でも見れないか)
そう思った瞬間だった。眼の前で歩いていた相手がトンと足を止める。それに合わせるように見える景色も動かなくなった。
「なんだ?」
そう口にした瞬間、景色に映っていた背姿が翻る。黒紫色の髪が回転に合わせて跳ねた。腰に巻かれたローブもしなやかに、髪の先を追っかけた。
「は?」
口から無意識に声が漏れた。こちらへ向いた相手は恐らく男だった。ただ、恐らくとしたのには理由があった。まず、相手の顔が極めて整っていた。ただ、ある部分を見れば男性的な顔の作りでありながら、それに付随する細かな部分が女性的だった。目つきを見れば猫の様にも妖艶な娼婦のようにも見えた。唇は薄く、挑発的に弧を描く。肌はシミなど一つもなく、奥まで透けてしまいそうなほどに白い。瞳は黒く、奥に薄っすらと茶色が混じっていた。年かさは少年の様にも、青年の様にも思えた。若いのは確実だろう。でも、大人か子供かを問われれば困難だった。背丈で見れば年上だろうが、それにしては無垢が目立った。
恰好に関しては他に類を見たことがない。上半身は髪と同系統の色合いの胸当て一つだ。他の部位は総じて肌が出ており、ガントレットを除けば、白い肌がいっそ恥ずかしい位に剥き出しだった。見れば意外にも筋骨があり、細身ながら極めて男性だった。下半身もまた、上半身と合わせた色合いの下着同然のパンツだけで、後は脛を守る様なレギンスがあるだけで、極めて大胆な恰好だった。娼婦だってこんな恰好で街を歩かない。そう断言出来る。それでいて腰の当たりにローブを巻いていて、長髪と合わせることで、後ろからはこの恰好が分からないようになっていた。その意味があるかは自分に判断がつかないが、これがおしゃれと言うなら自分には一生この手のものは理解できそうにない。
男はこっちを本当に見ているような所作と笑みを薄っすらと浮かべ、口に人差し指を横にあて、面白い物を見たかのように口端を嗜虐的に曲げる。そして口を開く。
「・・、・・・・・・・・。・・・・・、・・・・」
聞き取れない。口を開いて語り掛けているのは分かったが強風の中、喋り掛けられたように聞き取ることが出来ず、耳へ手を翳してみるが効果はなさそうだった。だがそれ以上に眼の前に映る男は自分の興味を兎に角惹きつけた。
「俺の・・・同族?」
ポツリ、そう声が漏れる。自分とはまったくタイプの違う相手だ。それこそ今まで知り合った種族の中でここまで特徴に違いがあるのは居なかった。あるとすればミラと皇后の様なパターンだが、それには明確に理由があったし、血の繋がりは確かに感じられる見た目だった。眼の前の相手とは違う。なのに漠然と、彼が自分と同じだと思った。同時にだとすれば、あの時強烈に惹かれた理由もなんとなく分かる。まるで荒廃した大地で遭難して初めて他人にあった様な心持だ。唖然とする他無かった。しかし、身体は彼の言葉を聞こうと、必死に暗闇に浮かぶ彼の姿を求めた。
「・・・・、・・・・・・・・。・・・・、・・・・・・・・」
「クソ、なんだ、なんて言ってるんだ!」
癇癪を興した様に騒ぎ立てるがその全てに意味が無かった。例の男の姿はあの日の様に、
どんどん霞みに消えていく。彼がこちらに向けている微笑が、酷く記憶に残りながらも、意識に空白が出来る。そして水底から引き上げられる様な感覚がした。
「待ってくれ!」
大声が口から飛び出していく。しかし、目に映ったのは暗闇、それも見慣れた闇、詰まるところ夜の闇だった。闇は赤い光に照らされて、影をその上に映し出していた。
「あ、あれ?」
眼前には自分の右手が行き場を失ったまま突き出されていた。ズレ落ちた外套と、背に感じるじっとりととした湿気が現実を酷く訴えかける。左耳にはパチパチと木が爆ぜる音が聞こえた。
「ルーク?」
聞きなれたミラの声、やや戸惑いが多いが彼女の声には違いなく、恐る恐ると言った感じで顔を向ければ焚き火を囲んだ仲間が目を丸く、尤もハッキリと驚いた顔をしたのは諸事情でミラだけだが全員がそんな雰囲気でこちらを見ていた。
「あれ・・・ここは?」
キョロキョロと周囲を見る。見覚えは無いが森の中に居ることだけがハッキリとしていた。
「ルーク!目が覚めたのね!」
「わぁ!良かった、起きたんだねルーク!」
ミラが立ちあがり、駆け寄ってくる。そして自分の手を取って顔に持っていった。その後ろからはプロトが同じように駆け寄って来て、ウィリアムがいつも通り、スカした雰囲気で焚き火を弄った。
「ルーク?どうしたの、もしかしてまだ、痛い所があるの?それとも・・・」
「いや、痛い所はない・・・無いけど、えっと」
上手く言葉が出ない。先程まで、何をしていたかも思い出せなかった。何か大事なものに手を伸ばした様な。そんな漠然とした気持ちが心の奥底に泥のように溜まっていた。
「姫さま、それにプロト殿。それも困惑している模様、一度落ち着かれた方が良いでしょう」
「あ、そうよね。ごめんねルーク」
そう言いながらミラは心配そうな表情の儘、手を離す。彼女の手から伝わる熱が一気に冷めてしまうのが何とも寂しく思った。
「い、いや、俺は問題、ないぜ。それより此処は・・・」
「うん、それは話すけどまずはこっちに来ない?」
ミラにそう言われ、身体を起こす。幾らか冷めた身体に身震いする。夜の森は寒い。特に外套も落ちてさらけ出された肌が酷く震えた。そして焚き火を囲む輪に入る。
「ふぅ・・・あ、治療もしてくれたんだな。ありがとうミラ」
「ううん。私にはこれしか無いから。それよりも平気なの?」
「あぁ、ちょっと怠いけど、大丈夫。それより、どうなったか教えてくれないか?」
そう言えばミラが一度頷いたあと、ウィリアムへ視線が動き、それを追った。
「うむ、ではお前が寝ていた間に吾輩が聞いた話も纏めてしてやろう」
そう言ったウィリアムは口を開く。しかし、その中で自分の知らない話が幾つも出てきた。
「え、それは知らない、なぁ・・・というか、ミラの回復してもらった当たりから記憶がちょっとな」
彼の話を聞く限り、容貌が変わった自分が戦闘に乱入して、ウィリアムと一緒にタルシアを倒したらしいがまったく記憶にない。夢も見ていた様な気がしたがそのこともまったく覚えていなかった。
「あの時のルーク凄かったんだから。なんか全身から毛が生えて、特に髪なんて背中が隠れる位だったわよ!おまけに光っているし」
「いや、全然、覚えてないなぁ」
ミラが興奮気味に言うが本当に覚えていなかった。それこそ今も夢を見ているのではないかと思うほどだ。
「本当にすごかったなぁ・・・ボクが何かする隙も無くて。あっという間だったよ」
プロトがミラの言葉を肯定する。ならやっぱり本当の事なのだろう。釈然とはしないが少なくとも自分以外の三人がそう言うならそうなのだろう。
「本当に記憶がないのか」
ウィリアムがぼやく様にそう呟くが本当に自分には何も分からなかった。何か大事な物がぽっかりと無くなった様な空虚感があるだけだ。
「ごめん。マジでわかんないや」
自分がそう言えば空気もなら仕方が無いか。という風に流れていく。いや、どこか納得しかねる雰囲気も僅かに残ってはいたが大きく、突っ込まれる雰囲気はない。
「まぁなら仕方あるまい。それより、明日からの動きだ」
ウィリアムがそう言いながら場を仕切りだす。確かに、話を聞く限り此処が何処なのか誰にも分かっていないようだった。これは致命的と言っても良い。戻るにしても幾らか困難があるし、ウィリアムが言う通りなら結局あの大河の魔物は倒せなかったようで、あそこ迄戻るのも容易ではない。
「なら、俺が言うのもあれだけど明日にしないか。皆疲れてるんだろ?」
「癪だがそれも手だな。吾輩も少し疲労がある」
彼がそう言った事を言うのは珍しい。なら本格的に疲れているに違いなかった。そうして結局、前倒しにはなったが全員が交代で休息をとって、困難を次の日に倒すのだった。
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