5話
それから旅立ちの日まであっという間に時間が過ぎた。心の中では蓋をした感情が伺うように蓋をずらしてはこっちを覗き見ていたが、何とか無視し続け、旅立ちの為に門の前にまで来ればようやく鳴りを顰めた。思えば折角愉快な事が多いだろう商業都市国家にいたにも関わらず、例の背格好以外余り記憶に残っていない。それぐらい脳に焼きついたのは初めての事だった。きっと暫く忘れられそうに無いし、次の街でも同じように探してしまいそうだった。それを心配したミラたちに幾分、心配をかけてしまい、ウィリアムにも苦言を零された。いけないとは思いつつ、それでも振り払えない影は鬱陶しく、もどかしい。
「よかった、晴れて。地面はまだ湿ってるけど、これなら問題なさそうね」
門を出てすぐ、地面を踏み鳴らしながらミラが安堵した声を漏らす。昨日は凄い雨が降った影響でずっと宿の中だった。ただ、そのお陰で全員で沢山喋る機会が出来たのは良いことだった。最近はどうしても旅続きだったし、βの事から気を張り続けていた事もあって、こうやって全員で膝を突き合わせることも減っていた。夜番なんかはそう言った機会になりそうなものだが、寝ている人が直ぐ近くにいて、襲撃に備えている事を思えば会話が弾む、ということはあまりない。だから宿の様な場所で一日一緒にいる、というのは意外にも貴重なことだった。それにそのお陰で探しに行く機会を失うことが出来たのも、今の自分には良いことだった。
「そうだな、これからを思えば幸先はいいな」
結局、自分たちは進路を当初の予定から替えた。理由は色々あるが、街中で金を稼ぐのはリスクがある。何時襲撃を受けるか分からない身で余りちんたらしたくないというのが主だが、巻き込まれる人を減らす、という意味合いもあった。あくまで自分たちは追われる身だ。楽しい旅行ではないのだから少しでも早く旅路を終えたかった。それにウィリアムの存在も相まって、多少の過酷なら越えられるだろうという目論見もある。
そして門を出てから直ぐにムニオへと足を向ける。此処から直通の道、というのは余り認知された道ではない。距離の問題もあるが、人が住んでいない地を真っすぐに行かなければならないのが問題だ。間には渓谷や山も立ちはだかっていて、少なくとも商人は使わない。商人が使わないなら、旅人も使わないし、人も住まない、という理屈だった。やろうと思えば村も開拓できるだろうが、誰が好んで厳しい環境に敢えて住もうと思うのか。おまけに人が住まない場所は魔物の領域になっているということなのだから、其処も問題だ。理由は不明だが魔物は人気が無くなった地をよく好むし、より強くなりがちだ。森もその代表だが、森が主を主軸にした魔物の巣なら、渓谷や山は争いの絶えない、群雄割拠の戦場だ。様々な魔物が単独で、或いは群れを成しながら、常に生存圏を広げ合っている。そう言った事情もあってより人は近付かないし、魔物も強くなる。時には見たことの無い強力なモノも生れ落ちる事もあって、各国も時折決死隊の様な調査団を送る事があると聞いたことがあった。そんな場所を今から通り抜けるのかと思うと少しだけ滅入った気になる。少なくともウィリアムのような戦力が無ければ厳しいのは確実だ。それに彼が帝国にいた時にそう言った活動をしたことがあったのもこの強硬策に出た理由だ。
サルーグを出て、暫くは平坦な道が続く。サルーグの周辺は道が多く、周りには大規模な村が多い。サルーグは国の中心に人が集まりすぎて、そこで何かを作ったりすることが難しい。いわば消費に特化した造りになってしまっている。だから周囲に何かを作り出す為の村とそれを繋ぐ道と手段が豊富だ。だからその辺りにいる間は一切困難に会うことはない。それこそ、他国のように城門から出たら危険が蔓延っている、なんてことも無いと言えるほどで、警備の為に人間が多く割かれて、野盗の様な存在も少ない。むしろそうでないとあの国は一気に成り立たなくなってしまう。だから仮に商人が一人で買い付けに出ても大丈夫な様に安全をいわば買っている様な状態だ。だがそのお陰で自分達も多少リラックスしながら歩けていた。
「この辺りは、本当に馬車も多く通るのね」
ミラが興味深げに過ぎていった馬車を見る。その後ろをまた、違う商人の馬車が追いかけるようにして通り過ぎていき、ひっきりなしと言っても良いほどだ。道も態々作ったのか馬車用の轍が掘られていて、彼らの進みは他国よりもスマートだ。なんならこれのお陰で歩く方もぶつかる事が減っているだろう。
「そうだね・・・帝都でも見たことないよ。凄いなぁ・・・あれ皆商品を積んでるんでしょ?」
「そうであろうな。まさに商人の為の国だ。商売に関してあらゆる合理さが伺えるな。帝国でも見習うべき事もあった」
プロトは純粋に見たことが無い馬車の群れに感嘆を、ウィリアムは帝国の上位者としての視点を口にする。彼らが帝国に戻る時は相応の覚悟と理由が必要になってしまったが、それでも長くいた場所、やはり郷里の念、とでも言うべきモノがあるようだった。
商人たちの群れは数日経っても時折見かけるだけでなく、自分達とも擦れ違った。警備の為の兵士も自分達と同じような形で見かけた。これは本当に凄いことだ。きっと空から見ればサルーグの中央を起点に蜘蛛の巣の様に見えただろう。そして縦と横の糸全てに人の血が通っている。もはやサルーグだけで幾つもの国が集っているように思えた。アガパンサス団の講演で来たときはそっちに掛かりきりだっただけに気が付かなかったが、ここにいれば商売の全てが分かるだろうとすら思えた。しかし商人たちの風も、5日目を過ぎる頃には感じられなくなった。それは自分たちが人の領域を外れたことを意味する。
「ハァァァ!!!」
踏み込み、体ごと独楽の様に回しながら双刃剣を振り回す。振り上げ、下ろす。その勢いのまま回って横薙ぎに。一歩下がって逆回転。繰り返す。眼の前からは魔物の群れが自分を呑み込もうと迫ってきているのが目に入る。種類は様々だが四つ足の魔物が幾分多い。この世界の何処でも見られる形で、鋭利な爪や牙を持っているのも特徴だろうか。全身が毛に覆われて、不揃いだが概ね三角形かやや楕円にも似た耳を持っている。鼻はなだらかな長方形の穴が二つ、横並びで獣種の特徴とほぼ一致している。集団で過ごす事も多く、孤独な者は少ないか、異常な強さを持っている。そういった所もよく似ているが獣種にそう言う事を言うと顔を真っ赤に膨らませて怒るからタブーだ。きっとウィリアムのそうだろう。まぁ、気持ちは良く分かる。俺だって魔物と一緒、なんて言われた眉を顰める。
頭越しに火球が飛んで群れに穴を開ける。魔物たちは自分の毛が燃える事を嫌がる様に着弾点と焼死した仲間から距離をとってこちらを再びつけ狙う。心なしか速度も上がった様に見える。どうやら魔物でも死にたくないと思うらしい。でも前に出たのは彼らにとって悪手だった。
「オォォォォ!!」
地下に穿たれた洞穴から吹き抜ける風の様な、足が竦み底冷えさせる咆哮が響く。同時に地面を伝って衝撃が走る。哀れにも前に飛び出した魔物を待っていたのはウィリアムだ。彼が大剣を横に振るだけで境界線を引いたように魔物たちが一文字に切り裂かれる。一瞬で頭から尾まで揃って切り裂かれた魔物達は地面に放り投げられたゴミのように散らばった。火にあてられた後続の魔物たちもギョッとしたのか追撃の足が止まる。さっきまでの威勢も蝋燭の火みたいにしぼんでしまった。狙い時だ。
「オラオラオラ!止まってっとそのままやっちまうぞ!」
頬に熱を、足元に血を感じながら前に出る。ここで前に出られないなら自分に価値はない。勢いよく右手の中で回転させた双刃剣を振りながら前へ真っすぐに駆けていく。今相手している四つ足で毛が多い魔物は総じて耐久力に優れないのが常識だ。お陰で自分の力でも十分に押し通せた。彼らの体重こそ手から伝わってくるが、引っ掛かる程ではない。勿論頭蓋骨を何個も同時に割ろうと思ったら無理だろうが柔らかい腹部や首であれば難なく双刃剣は一息に切り裂いた。
「ふぅ。キリがないな。皆大丈夫か?」
とりあえず襲ってきた分を処理し終わって振り返る。完全に道を外れて数日、魔物襲撃は絶えない。それは山に入った事でより過熱したように思えた。間違いなく、人の手が入っていない。境界の感じで言えばサルーグの領域だろうがここは完全に手つかずだと確信できた。彼らは稼ぎにならない事はとことんやらない。それこそ、ここの魔物が溢れて自分たちの農場を食い荒らす位のことを繰り返さなければやらないだろう。良くも悪くも商人らしかった。
「こっちは大丈夫よ。ルークも無事?」
「あぁ、問題ない。無事なら早く移動しようぜ」
ミラが代表して返事をしてくる。まぁ、ウィリアムが近くにいて、プロトも一緒なら早々問題は起きない。奇襲を受ける事もいまいち想像に付かなかった。だからあくまで確認だ。
「しかし、ここまでとはな。よほど彼らにとって此処は用事の無い場所らしい」
ウィリアムが溜息を吐いた。彼は帝国にいる間は主にこういった場所を狩りとっていたらしく、サルーグの有様に落胆しているようにも見えた。真面目そのものな彼にとっては確かにそうかもしれないが実際殆どの国がサルーグと同じだろう。そう言う意味ではやっぱり帝国は世界一の大国だ。
「この山も登り切ってもまだまだなんだよね?」
プロトが首を傾げたのに頷いて返す。
「あぁ、山も幾つか、渓谷も横断するぜ。だから今の内に慣れときな。間違いなく楽にはならない旅だ」
そう言えばプロトは知らない人に会う前の子供のように背筋を伸ばして大分育ってきた杖を握りしめる。その時良く見えた彼の杖はミラと比べると以上に成長が速い。もう元々の杖は殆ど使っていないほどだ。こういう所を見ると彼が本当に兵器として作られたと感じられる。プロトが感情豊かで良かったと思わざるを得なかった。それを見て、自分も気を引き締め直す。旅は始まったばかり、そう言って差し支えなかった。
良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。




