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A new Era  作者: ラー
一章
6/7

6話

演目を完全に終えて、演者全員での挨拶も万雷の拍手で幕を下ろした後、客が捌けるのを合図に仲間全員でボスを中心に集まって会議を始める。

「いいか、お前ら。どうやら予定より早く気取られたらしい。こればかりは運だ、仕方がねぇ」

やや声を潜めながら暗に誰のせいでもない、切り替えろという意図が籠められた言葉をボスが最初に投げる。どうやらボスの目から見てもミラ・セイリオスが部屋にいないと帝国側にバレたと判断したようだった。城に潜入した身としては申し訳ない気持ちもあるが同時にその時に出来ることを精一杯やった手ごたえもあるだけに歯がゆい。ただ分かるのはこちらが思っていたよりも遥かに帝国の騎士が優秀だったということだ。どこからバレたかは知りようもないが今も遠くから騎士が慌ただしく走り回るような音が響いて来ている。これでは間違いなくと言えるレベルで自分たちが気絶させた騎士も見つかった可能性もある。

「これから俺は向こうのまとめ役と話をして、なおかつ皇后と話さなきゃならねぇ。流石に今逃げたら一発だ。まぁ、どっちにしろこの謁見で最終行動を決めるが緊急発進で考えろ」

それに対して全員で頷き、非戦闘員はボスの手振りに従って駆け足で船や舞台へと駆けていく。彼らはこれから急いで荷物の片付けと緊急発進からの荒い運転を想定して物の固定を行わなければならない。勿論、擬態の為に必要性が薄いものは外に置きっぱなしにしながらだ。そういったものは基本的に消耗品でどこでも手に入るようなものだ、最悪置いて行ってもダメージは薄い。しかし選別は時間がかかる。特に舞台は急いで解体していかなければならないだろう。

「姫さんはどうしてんだ?」

アッシュが周りを見渡しながら聞く。そういえば別れてから姿を見ていない。

「あぁ、あの娘には悪いが少しだけ舞台を見せてから船の中で隠れてもらってる。見つかったら最後だからな、出来れば全部見せてやりたかったがそうもいかん・・・よし、話は終わりだ、お前たちも急いで準備しろ」

そう言って話を切ったボスは蝶ネクタイを指でピッと伸ばして形を整えるとズンズンと巨体を揺らしながらいつもの雰囲気のままに皇后との謁見に向かってしまった。あの雰囲気ならそう簡単に突かれることはないとは思えるが、その背中を心配になって見送ってしまう。

「どうした、ルーク?」

全員が三々五々に持ち場へ行くのを尻目に城に消えていくボスを見ていたら不思議に思ったのかアッシュに声をかけられる。

「いや、大丈夫かな、ってね」

周囲の雰囲気が良くないだけにボスがきっちり戻って来られるかは不安要素だ。図体の割には戦闘能力も高くない。この前も船で全員と打ち合ったがアレはあくまでじゃれついただけで、ボスは基本的に戦えない。また、こちらは図体通りに足が遅く、何かあれば逃げるのも難しい。

「ふっ、ボスなら問題ねぇよ。誰よりも修羅場を抜けてきた人だからな。何も剣振って走るだけが生き残る方法じゃぁないのさ。それよりお前も早く持ち場に行ったほうがいいぜ。置いてかれて捕まろうもんなら拷問からの処刑だぜ?」

自信満々の声でお道化ながらアッシュがそう言い放つ。ボスへの熱い信頼が感じられ、いつもと変わらない頼れる兄貴分の態度に少しだけ心が軽くなる。

「そうだな、ボスなら大丈夫か」

今、自分に出来ることは家族の言葉を信じて待つことだけ。頬を叩いて気を入れ直す。そして身を翻し、船のほうを向けば顔だけ振り向いて不敵な笑みを浮かべて待っているアッシュがいた。そんな彼の背中を追い越すように小走りで船へと急いだ。


船内は全ての明かりが点っており、船員たちが総出で出港の準備をしていた。とはいえ大声で叫ぶような事はせず、それぞれが持ち場で自分の仕事に集中していた。尤も忙しのはアンガス率いる大道具の連中だ。設営した舞台を最低限の分解に留め、積めるサイズになった段階で重要な部分から船に強引に積み込んでいく。それを中で待っている人間が船の中でさらに細かく部品に分ける作業に追われていた。これはいつでも飛び立つように言われても何とでもなる様にという理由だ。その半面、自分は踊りと剣劇しかしていないために精々服飾の連中に物を返して道具を手入れすればよく、時間が余っていた。

「うぅん、どうすっかなぁ」

周りが忙しそうにしている間、暇を持て余しているのはどこか居心地が悪い。かと言って、別の作業を手伝うには知識と手順の問題で簡単に入るわけにはいかない。同じように空いているはずのアッシュもどこかへ消えており、話し相手も居なかった。

「あ、そういえば姫さんがいるじゃないか」

手をポンと叩く。どこに隠れているかは知らないが彼女も今は暇しているはずだった。正確に言えば自分と違って隠れている、というのが正解だ。まぁ、どちらにしても自分の暇を潰せればそれでよく、彼女を探す時間、そして運よく彼女に出会えれば話し相手も確保できて一石二鳥の案だ。

「そうとなれば早速いくかな」


足早に出た廊下は昼間のように明かりが点っており、姿は見えないが遠くからは作業の影響でドタバタと足音が響いてきていた。他には暇になった連中からすぐにご飯を食べることになっているからか厨房のほうからいい匂いも漂っており、こんな状況ではあるがしっかりと食事も出来る。とは言え、自分は何かあった場合、積極的に動く役目もあって腹いっぱいには出来ない。まさか吐くわけにもいかないだろう。

「さぁて、どこにいるかね」

頭の後ろで手を組みながらブラブラと廊下を歩きながらミラがどこにいるか検討する。

「一番は・・・客室かな」

この船にも客室、というのが存在する。普段こそ、使われてはいないが稀にボスが人を乗せる事があった。帝国の皇女様に相応しいとは言い難いがこの船では一等と言ってもいい。そんな事を考えながらそちらのほうへと足を向ける。

廊下ですれ違う仲間たちは忙しそうにしている者もいるが自分と同じように作業が終わったのかノンビリしている人もいるようで、そういった連中は興奮を抑えるように酒を飲んだり食事をしたりと自由だ。これから緊急発進の可能性もあるというのに一部の連中のその肝の太さは流石と言えた。勿論、戦闘員ではない。そんな彼らと短く言葉を交わしながら歩いていけば目当ての部屋を見つける。

「さぁて、いるかな」

扉を4回、リズムよく叩く。しかし中から反応が返ってくる事はない。身じろぎしたような音も聞こえてこない為に小首を傾げる。

「あれ、いないのか?」

念の為、もう一回ノックしてみるがやはり物音1つ無かった。

「失礼するぜ・・・」

こっそり、扉を開いて見るが中は真っ暗で人の気配が無い。それどころか廊下の明かりで見える室内は人が入った形跡も無かった。

「はずれか・・・となると?」

正直言って此処が一番の候補だっただけに肩透かしをくらった気分だ。使った形跡も無いのではヒントも貰えない。

「仕方ない、もうちょと探すか」


それから広い船内をぐるぐると見回ってみるがミラが居そうな気配がどこにもない。ボスは確かに隠れてもらったとは言っていたがここまで手がかりが無いのは予想の範囲外だ。まぁ、自分の知識の中に無い場所位あっても変ではない。

「うーん、こりゃ運がないな。甲板でも行くか」

仕方なしにミラを見つけるのは諦めて気分を変えついでに外で周囲を見ながらボスの帰りを待つことにする。この頃には慌ただしかった船内にも落ち着きが戻ってきており、後はボス次第といった空気になっていた。そんな彼らを眺めながらフラフラと廊下を歩きながら甲板を目指す。当然、ミラの姿は影ひとつ見当たらない。


そうして船内を抜けて甲板に出れば帝都の風が頬を撫でた。森や地方とは違うどこか無機質な、しかし人の活気が混じった風は帝都独特の匂いを運びながら歩き回った事で火照った頬を丁度よく冷やしてくれた。

「どうかなぁ・・・」

風を全身に浴びながらため息を吐く。体から力も抜いて前を見ればこちらを見下ろす帝国城が爛々と輝いている。その様は不夜城にも思えたがどこか忙しない雰囲気と夜にも関わらず多くの人間が動いているような喧噪が響いてきていた。間違いなく自分たちが攫ったミラを探している騎士たちのものだろう。胸の奥が不快感のあるざわつきを醸し出す。

「あ」

突然、後ろで驚いた様な声が聞こえて一瞬肩が跳ねる。気を抜いていた所に聞き馴染みの無い声だっただけにびっくりしながら振り返ればそこにはフードを被ったままのミラが立っていた。

「なんだ、姫さんか」

誰だか分かれば何ということもない、肩の力が抜ける。同時に何故こんなところにいるのか疑問が湧いた。

「なんでこんなところに?隠れてたんじゃないのか?」

甲板には隠れられる様な場所はない。自分が知らないだけかも知れないが記憶の中にはそんな場所は無かった。ここで彼女が見つかろうものなら大騒ぎだ。

「はい、そうなのですが・・・少し、お城を見たくなってしまい」

後ろめたさがあるのか、どこか気まずげに彼女は答えながら先程の自分と同じように帝国を見上げる。

「帰りたくなった?」

本人が理解していることを態々突っつくこともない、そう思って彼女の言葉へ純粋に疑問を投げかける。本人の意思だとしても彼女からしてみればずっと居た家から何も分からない世界へと飛び出すのだ、離れた事もないだろう彼女が寂しく思っても変ではない。自分とて、この船に乗ってから長期間離れたことはない。それだけにこの船から離れる想像するだけでどこかもの悲しさに駆られる。

「・・・少しだけ、寂しくはあります。しかし、私には為さねばならぬ事があるのです」

ミラはこちらを見ることなく、しかし強い信念が籠った声色でそう返してきた。両手は下で祈る様に組まれており、城の背後に煌々と輝く月に祈っているようにも見えた。

「ふ~ん、そっか。なら叶うといいな」

なんとなく、真面目に返すのが億劫に感じられ、相槌のように返してしまう。しかしそれを気にした様子は彼女にない。もう彼女の中では確定した事項で、他人の意見がそこに入り込む余地がまったくない事だけはよくわかった。


「なぁ」

心地の良い沈黙ではあったが、次第に手持無沙汰感が勝ってしまい、言葉を掛けようとした瞬間だった。突然城のほうから破壊音にも似た大きな音が夜空を引き裂くようにして響く。

「うぉ!?なんだ!?」

二度寝で微睡んでいたところに突然金物を耳元で叩かれた気分になる。しかし同時に城の方から嫌に騒がしい焦燥感が帝都全体に波に乗るように伝わってくる。

「これは・・・まさかお母さまが?」

隣ではミラの驚いたような声がした。既に先程までの空気は完全に霧散してしまい、足元の船内でも大きな騒ぎになっている。

「今のはなんなんだ?」

ミラなら何か知っているのではないか、そう思って疑問を投げる。

「私も初めて聞いた音ですが・・・恐らく、非常事態の音、かと」

そう口にするミラの声色は固く、緊張感があった。けして冗談で言っているのではない事だけが分かる。

「兎に角、一回船内に!?」

そう言いながら安全と情報のため、中に戻ろうとした瞬間だった。船が大きく揺れ、プロペラと魔道エンジンが寝坊した朝のように動き出す。足元から伝わる振動は一気に強くなり、自分は兎も角、ミラがふらつく姿が目に映る。

「手を!」

直ぐに手を伸ばして彼女の手を掴む。同時に取り付けられた手摺まで地を這うようにして近づくとがっしりと掴む。船は既に飛び立つ寸前で周囲へ凄まじい風を振り撒いていた。間違いなく緊急発進の前兆だった。普通に飛ぶのなら機器に負担が掛かるために暖炉へ爆弾を入れて着火するような真似はしない。城の方からは人の喧噪がどんどん大きくなっているのが分かり、夜中にも関わらず、爆音に釣られた帝都の民衆にまで火が付くようにして波紋が広がっているように感じられた。

「仕方ない、飛び上がるまでここで我慢だ!絶対に手を離さないでくれ!」

ミラは自分の言葉に返事の代わりに大きくうなずくと同時に手に力を籠め、自分でも手摺を掴む。それを尻目に自分は帝都の方を睨む。

帝都は完全に明かりが点り、その光は間違いなく自分たちに向けられていた。そうなれば気がかりなのは謁見に向かったボスの事だった。自分は見逃してしまったがこの様子から戻って来ている可能性は高いが安心は出来そうにない。そして船は轟音を立てながらフワリと空に浮いた。




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