4話
「ハァハァハァ!どこだ?」
飛び込んだ裏路地はその名に相応しく薄暗い。客に見せる様な場所でもないからか、掃除されている表と違って幾らか雑踏として、長い間開かれなかった蔵の様にも見えた。足の踏み場こそ困らないが好んで入ろうとは思わない。
路地裏に入る頃には例の人物の背は見えなくなっていた。出来る限り急いだがそれでも一つ目の角を曲がった位では見当たらない。そして路地は奥に行けば行くほど入り組んでいく。これは後から無秩序に建物を立てた影響だろう。いくら上方向に伸びた建物が多くても決められた範囲にどんどん建てたのだろうから仕方がない。それこそ路地があるだけ凄いとも言えた。
「クソッ!こっちか?」
自棄になった子供のように足を動かす。どの道が正解なのかは分からないが兎に角前に進まなければならない様な気がした。今になっても何故背を追わなければならないと思ったのかも分からないが、考える余裕もなかった。
それからがむしゃらに路地を回ったが結局例の背を見つける事は出来なかった。息も上がり、胸の奥がうるさい位に鳴って、喉が乾きで引き攣る。無理矢理に走ったせいで足もじんわりとした痛みが広がっていた。靴も汚れ、服の端も煤の様な物がついてしまった。とんだくたびれ儲けだ。苛立ちが頭と言わず全身に募った気分だ。
「チッ!」
大きく舌打ちをして足元の小石を蹴とばした。それでも気分は晴れない。何かしたわけでは無いはずなのに、胸の奥にぽっかりと穴が空いた気分だ。なのにその穴を隠すように例の背格好が上からぺたりと貼り付けられてもいた。
「・・・そういえばプロト、おいてきちまった」
息が整い、熱くなっていた頭が暗い路地の冷たさで冷えてくると、肌が粒だつような感覚と共にやらかした事に意識が行く。
「つうか、ここ何処だ?やっちまったなぁ・・・」
自然と力が抜けて肩が落ちる。感情に突き動かされる儘にきてしまったから帰り道が怪しい。勿論来た方向はわかるから、帰れないという事は無いだろうが、時間は掛かるだろう。それにしても自分らしくない事をしてしまったと思うだけに足は重い。同時に仲間を置いてきてしまった事も心に澱を作っていた。きっと今頃プロトは寂しく、不安を抱いていることも、彼と旅をしてきた中で培った経験から分かる。できれば路地の前にいてくれると有難いが、そこまでは分からない。ひょっとしたら少しだけ追って来て、巻き込まれる形で迷子かも知れない。それだけならまだしも、帝国の追っ手がこの隙を狙う可能性もあるのだ。やっぱりいくら思い返しても自分が悪いという事しか思い浮かばなかった。
「急いで戻ろう」
名残惜しく、一度向かっていた方向を見てから体を翻して来た方向へと目を向けた。それでも心の奥底にはあの背恰好がしみついていた。
「あ!ルーク!」
来た時の倍位は時間を掛けて元の通りに戻ってこられた。空は既に薄暗く、諦めの悪い商人でも流石に店じまいだろうと思う陽の当たり具合だ。路地の入口とも言える場所にはプロトが立っていた。彼は大声で自分を呼び、親から離れた子のように駆け寄って来た。
「ルーク、よかったぁ。ボクもうどうすればいいのか思って・・・」
「ごめん。何言っても、言い訳にかならないけど・・・どうしても気になることがあったんだ」
今にも泣き出しそうな声でそう言われるとただでさえ狭かった肩身がより締め付けられる様な感じがした。でも、自分が悪いのは事実だし、プロトはもっと心細かっただろうことは直ぐに分かっただけに謝罪を口にする他なかった。
「ううん。ルークが意味もなく変なことするとは思わないから・・・でも何があったの?」
プロトが首を振る。普通なら怒っても良いだろうにと思うが今は彼の優しさが有難かった。心の奥の虚しさが怒りに釣られて口から出てしまえばいらない事を叫んでしまいそうだった。
「あぁ・・・話すのは、いいんだ。でも、ほら!もう暗いからさ、宿にもどってからでも良いか?」
まだ頭の中でどう話したら良いのか纏まっていないだけに、少しだけ時間が欲しかった。ただでさえ、待たせているのは分かっているがそれでもまだ、足りなかった。
「あ、そうだね。うん、ボクは全然良いよ。それに喋りたくないならボクは、別に」
「いや、流石に悪いから話すよ。それにもしかしたら皆が俺といないときに会うこともあるかもしれないから」
可能性は酷く低い。でも少しでもあるならそれにも賭けてみたかった。まだ、この国には少しだけ滞在する。だから話した方が都合はよかった。先程気まずさを覚えた筈なのに此処でまた、自分の為と考えてしまう自分が少し嫌になった。
「遅かったわね?」
宿に戻るとミラとウィリアムが何か話していたのか、ベッドに腰かけているのはミラだけだが互いに向き合っていた。というかウィリアムも座っていればいいのにと思うが警戒もあるのか、彼がこういう時に座ることはあまりない。
「あぁ、俺のせいで遅くなっちまった。プロトもほんとごめんな」
「ううん。ボクは気にしてないよ」
ミラに返事しつつ、プロトに改めて謝罪を口にする。そして約束通りに一度説明しておこうとベッドに腰かけ、プロトも彼のベッドに座らせる。
「何かあったの?」
寄り道が長引いたと言う雰囲気では無かったのを感じ取ったのかミラが小首を傾げ、特に口を開きこそしなかったがウィリアムも片眉を興味深げに上げた。
「あぁ、つっても、俺の勘、っていえば良いのかな・・・」
なんて言えば良いのか少しだけ口ごもる。仲間は特に急かすような雰囲気も無く、落ち着いて頭の中で話を纏める。難しいことは無い。ただ、あの例の背格好を見た時の焦燥感にも似た感覚をどう、伝えるべきなのかが分からなかった。
「そう、だな・・・まずは俺とプロトが大通りをある程度見た後のことなんだ」
そしてそれから路地の中にある人物の背中を見つけた瞬間に異常なほどに目と心を惹かれてしまった事、その背を必死に追ったが見つからなかった事、そしてそれから帰ってきたために遅れた事を話した。ただ、あの心の騒めきを上手く伝えられた自信は無かった。きっと自分が逆の立場でも理解できなかっただろうと思うから、気にはしなかった。他の仲間も特に突っ込む事は市内で静かに聞いてくれた。
「つまり、覚えは無いけど凄く気になる人に会った、ってわけでもないか・・・良く分からないけど、ルークにとって大事な何かがあったってことよね?」
ミラが顎に指を当てながら自分の言葉を何とか纏めてくれた。
「あぁ、でもこの、何て言ったらいいんだろうな・・・絶対、会わなきゃいけない、ってよりもようやく見つけた、みたいな感覚っていうか・・・会った事は無いんだけどなぁ・・・あぁ、でもプロトを見た時の感覚には似てるかも」
「ボクに?」
「あぁ、初めてプロトを見た時も凄く、目が惹かれたんだ。あの時は・・・あんまりにも見たことが無い容姿に惹かれたんだと思ったけど、後で話した時に同じような境遇だったからなんだとも思ったんだ。でもそう言うのともまた違う、っていうか。そうだなぁ・・・死別した奴に会った、みたいな方が近いかなぁ・・・」
うんうん唸ってしまうが良い答えは出ない。でもニュアンスは伝わった様にも見えた。
「・・・まぁ、でも会えなかったのであろう?どうするのだ?まさか探す、とでも言うのか?」
ウィリアムがそう聞いてくる。気持ちとしては探したいが確かに彼の言う通り自分たちの目的とは大きく違う。だから探したいとは口に出来ない。そう、目的を思えば暫く此処にいると言っても、探すのはリスクがある。帝国の追っ手だっていないとは言えない。ただでさえこっちを掴んでいるような事をβが言っていたのだ。此処で仕掛けてきても変じゃない以上、ミラを晒す様な事は出来ない。我儘だ。だけど心がまだあの路地に残っているように感じられ、一瞬、口が引き攣って止まってしまった。
「・・・いや、探さないよ。流石に、な?」
露骨に次が遅れてしまったから微妙な顔を浮かばさせてしまった。でも、口に出したら仕方がない、となんとなく諦めも少し出てきた。
「いいの?どうせもう少しは此処にいるから、探したいなら、私は」
「いや、いいんだ。あそこで必死に追っても会えなかったんだ。縁が無かったんだよ。だからいいんだ。それより、先の話をしようぜ」
これ以上、話を引っ張ると折角抑えが効き始めたのが無駄になる。最初の目的を果たそう。だから頭を一回強く振ってから改めて前を見る。そうすれば何処か憂う様な顔をしたミラ、咎めるようにこちらを見るウィリアム、ミラと似たような感じでこちらを見上げるプロトの顔があった。やっぱりいい仲間だと思う。
「実はこの先のルートについて決めたいんだ」
そう口火を切って例のもう一つ国を金稼ぎしながら経由するか、或いは直接行ってしまうか、問うことにした。
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