3話
「フゥ、これで全部だな。なにか忘れてるとかあるか?」
一通り店を回って、買い出しと冷やかしを楽しんでから振り返る。あらかじめ予定していた物は全て買えたと思ったが忘れ物があっては面倒だ。
「ううん、多分全部買ったと思うわ」
ミラが指を折りながら顔を上向きする。しかし問題は無さそうだ。
「こちらも問題はない。必要な物はあるはずだ」
「うん、ボクも思いつかないかな」
全員が頷く。ならば買い物は終わりだ。後は宿に荷物が届くのを待つだけでいい。一度腕を伸ばして背骨を伸ばす。
「よっしゃ、なら後は自由時間だな。どうする?何かしたいこととかあるか?」
流石に旅の疲れを癒したい気持ちもあるだけに数日は此処に留まる。必要な事が終わっただけに後は個々の時間に充てるのは最初に決まっていた。
「私は・・・ちょっと休みたい、かしら」
ミラが最初に休憩を口にする。彼女も慣れてきたとはいえ、旅の疲れは隠せない。何より合間に鍛錬の時間も増えたのだ、その疲労もあるだろう。
「ボクは・・・ちょっと街を見てみたい、かな」
プロトが周囲をキョロキョロと伺うように視線を飛ばしながらそう口にする。彼自身好奇心は旺盛だ。疲れもしっかりと休んでいれば感じない体なだけにミラとは対照的にこういう時は結構活動的だ。今も、うずうずと、体が小さく揺れている。
「吾輩は、ミラ様と共に」
ウィリアムは至極当然の回答だ。だが状況を思えば彼がミラと一緒にいてくれるのは有難い。彼がここで帝国に傾くとも思えないし、純粋にミラの護衛としての言葉な事は直ぐに分かった。
「そっか、なら二手に別れるのもアリかな。流石に全員で行動することも無さそうだしな」
そう言えば他の三人も同意するような顔を浮かべる。なら決まりだ。
「それじゃ、私はウィリアムと宿に戻るわ。気を付けてね」
そう言ってミラが振る手に同じように振り返す。隣ではウィリアムがしっかりとついて、周囲を警戒していた。何度言っても治らない彼の癖は周囲から人を少し遠ざけていた。
「あぁ、そっちも気をつけてな。夕方には帰るよ」
「しっかり休んでね」
ミラはもう一つ頷くとこちらに背を向けて歩き出す。その背は直ぐに人ごみに消えるが近くにいるウィリアムが雲の上に突き出した高山の頭の様になっているせいで何処にいるかは直ぐに分かった。
「さて、俺たちも行くか。何か見たいのか?」
「うん、あっちの方から見たいんだ」
横で同じように見送っていたプロトに顔を向ければ好奇心が露わになったプロトが楽しそうな声で頷く。彼が指を差すのはサルーグの入口の方だ。どうやらそこからじっくりと大通りを見たいらしい。見てない店の方が多いし、何処か生真面目な性格をしているプロトの事を思えば改めて端からじっくり見てみたい、というのはよく理解できる。
「いいぜ、案内してやるよ。つっても、此処は移り変わりが激しいからな、俺も分かんないかも知れないけどな」
そう言いながらプロトと連れたって出口の方へと歩いて行った。
それからガイドにでもなった気分でプロトにサルーグの大通りを案内する。とはいえ道案内ではなく、市場の傾向だとか商品の効果だとか、そんな程度だ。何なら商人に直接聞いても良い位の情報だったがプロトは仕切りにせがんではよく頷いた。そうなれば口も良く動くと言うか、気分も良くなってアレコレと口にしながらプロトの興味の惹くままに歩く。中には当然自分も知らない物も多く、買いもしないのに商人に説明を求めた。そうすれば彼らは大袈裟に、身振り手振りでよく口を回す。彼らにとって売り上げと評判は命だ。だから客候補には愛想よく、仮に買われなかったとしても悪態はつかない。彼らにとって話しかけられるのは商機で、買ってもらえなければ実力不足、そんな価値観があった。気持ちよく金を払わせての商人と言った所だろうか。だから此処ではよく金が回る。外から来た人は国を出入り出来るくらいには裕福なのは当たり前だし、此処で暮らしているなら良く金を使って金を稼ぐのだからそれも当たり前だった。何でも商売だ。だから自分たちは金は余り使わないが気分よく観光が出来た。まぁ、無い袖は振れない、が現実だが。もしかしたら、いや確実に次の国では金稼ぎをする必要があった。最終目的地であるムニオはその先、強引に真っすぐ行けば金稼ぎはしなくていいがより過酷な旅になる。此処は後日、仲間と相談しなければならないだろう。
それからも暫く大通りを進み、そろそろ終わりも見えてくるか、もしくは時間かと言う頃合いだった。横にいたプロトも少しずつ落ち着きを戻していて、ここで切り上げても十分に楽しめたと口にしてくれそうだった。だから「そろそろ宿に戻ろう」そう提案しようとした矢先のことだ。ふと視界の端、大通りに並ぶ一等店の狭間、一応市民街にも繋がる暗い路地、其処へ目が吸い寄せられた。
この路地は余り一般的な道とは言えなかった。暗いし、其処を使うのは基本的に一等店の下っ端が使うのが主だ。いわばちょっとした裏道と言ってもいい。休憩に使われる事もあって客が入ることは禁止こそされないが望まれない。それにその先は何れかの種族の街と棲家だ。基本的に用事は無いし、そこの住人もきちんと明るくて整備された通用門を通って各々の街へと帰る。何せ評判というのは大事だ。どこそこの誰ならまだましだが種で括られて、悪評を流されればたまったものではない。だから基本的には陽の下をきちんと歩くのが一般的だ。暗い道を歩く、縁起の良い事では無いだけに避けられる行為だ。でも気になったのはそんな理由ではなかった。
「あ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。その一瞬だけ、他のもの全てと自分が隔離されたような感覚さえした。すぐ傍にいたプロトでさえも、今だけは会った事もない他人のようにさえ感じられた。何ならここまで来た理由さえ忘れていたかもしれない。そう思うほどに、意識が惹きつけられてしまった。
一等店の間、薄暗いその路地にそいつはいた。そいつと言ったのは男か女か分からなかったからだ。背格好で見れば何方とも見えた。背中を覆う様な長い黒紫色の髪は薄暗い路地にあっても艶めかしくぬらぬらと棚引いていた。風など一つも吹いてはいないから、歩く時の揺れだけなのだろうがよく撓り、それでいて軽さを伴った長髪は、多少の癖を混ぜながらも余りに自由にそれでいて規則正しく揺れる。ミラの七色に輝く長髪を歴史と伝統の最高傑作と表すなら、これは自由と不自由の極点とも言える髪だった。頭の中で上手い表現が出ない、でもそれが最高に上質な物であることだけがハッキリと分かった。でもミラの物がよく手入れされた物だとするならこれは完全に天然だとも、不思議とそう思った。
恰好は後ろ姿だった上に長髪で良く分からなかったが神官が纏う様なローブを魔改造したような見た目だった様に思う。手足には独立した部品がついており、鎧で言えば布で出来た手と足が出たガントレットにレギンスだ。後ろ姿であっても膝裏や足の節々は良く見え、一級品の絹よりも遥かにきめ細かく、しろい肌が遠目にも良く分かった。それだけ分かってもそいつが男か女か分からないのだから本当に中性的だったと言わざるを得なかった。
「どうしたの?」
突然足を止めた自分を不審に思ったのだろうプロトが小首を傾げる気配がした。でも応える余裕がなかった。心の中は今見た人影を追えと命令していたからだ。いや、何なら自分の心そのものがそう叫んだからかもしれない。兎に角、足が止まったのは動揺が原因で、動き出さないのは僅かに残っていた理性が必死に引き留めたからに違いなかった。それでも足がそこから数歩、無意識に動いてしまったのだからどうしようもなかった。きっと次の瞬間には走り出すのだろう。そう、どこか他人事の様に頭に浮かべながら路地の奥、こちらからは影になって見えなかったがきっと曲がり角でもあったのだろう其処を例の人物がその中へと消えていく。その瞬間に、せめて顔でも見えないものだろうかと目を必死に凝らしたが結局影に消え、見ることは叶わなかった。しかし同時に自分の足がどんどんその路地に向かっているのに気が付いた。しかし止める気には不思議とならず、何処か諦めのような面持ちでもあった。遠く、子供の頃の記憶を辿っている時の様な感覚でプロトが必死に自分を呼んでいることにも気が付かなかった。そしてその勢いの儘に自分の足は駆けだして、例の存在が消えていった路地の先に向かって駆けだしていた。
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