1話
鍛冶場で金床を叩くような音が響く。眼の前では火花が散って、押し負けた自分の体が後ろに向かって飛ぶのが分かる。また力任せになってしまった影響で負けた事が分かって歯噛みする。直ぐに体勢を整える頃には再び眼前に大剣が迫ってくるのが見えて大きく横っ飛びしてしまう。また、体勢が崩れた。いつもこのパターンで負けてしまう。兎に角急いで反撃の準備を整えようとするがそれを簡単には許してはくれない。攻撃に転じようとするその瞬間を待っていたように相手の攻撃が先に来てしまう。そして今日も、武器が飛ばされて両手を上げる羽目になった。
「ちくしょう」
吼える元気もない。もはや当たり前の様に処理された、それもかなり手加減されている事もハッキリと分かるだけに、呻くように言葉を吐く事しかできなかった。こっちは砂漠にいるかのように汗が噴き出しているのに、訓練相手のウィリアムは涼しい顔をして同じように訓練しているミラとプロトの方を見ていた。いくら実力差があると分かっていても子供扱い、何ならそれ以下のように見えるのは情けなさが穴の開いた樽のように漏れてきてしまう。
βの襲撃からサルーグ国に向かう道すがら、日々の生活に明確に訓練の項目が入った。勿論旅の過程にもよるがこれはほぼ毎日何かしら実力を上げるためのものが行われていた。今日は自分とウィリアムは打ち合い、ミラとプロトは杖の育成と魔法の発動を短くする為の修業だ。他にも素振りの日もあればミラとプロトがウィリアムの攻撃を避け続ける、なんて物もあった。兎に角生き残る事と、身を守るために攻撃する事の訓練だ。そしてこれらはウィリアムが率先して指示してくれているお陰でスムーズに出来ていた。自分も生傷こそ絶えないがそれもミラの訓練になるので、毎日のようにボロボロになるのも決して悪いことではないがそれでも苦労する。でも何時強敵が来るか分からない以上、少しで早く強くなりたい、その思いだけは確かなものだった。
「にしてもあれから襲撃は無いよなぁ」
夜、訓練の傷をいつも通りにミラに治して貰った後、焚き火を囲みながら食事をしている間に呟く。
「そうね。位置は捉まれてる、そんな口ぶりだったけど・・・」
ミラが同意する。彼女の顔にも疑問が貼り付けられていて、口端がやや曲線を描く。
「ほ、ほんとうは偶々だったとか?」
火を弄りながらプロトが首を傾げる。しかし自分でも違うだろうなと思っていそうな声音だ。
「いや、態々あそこで嘘を付く意味も余り無い。であれば分かってはいても簡単には追っ手は出せない、と見たほうが良い。此処も帝国からすれば遠く、それこそ空路を使う必要があるだろう。なれば、そうそう簡単に次とは行かん。αは分からんがβは決して弱くはなかった」
ウィリアムが顎に手をやりながら返す。彼の頭の中には魔道部隊なる存在はないが一般的な帝国の戦力なら十分に頭にある。それから考えれば早々簡単に追っ手が出せない、という結論になったようだ。そしてそれは実にしっくりくる。
「まぁ、そうだよなぁ。帝国領じゃないし、俺たちがアスケラにいたのも分かってるならそんな簡単には追っ手は出せないか」
帝国から見ればアスケラは自分達との間にある壁の様な物だ。βの様な単独なら兎も角、軍艦を飛ばして追うには余りにも目障りだろう。そう言う意味では軍艦が追ってくるなら必然的にアスケラが滅ぼされた、と見るのが自然だ。あんまり考えたくはない。
「そうね。おじ様には苦労をかけるわ・・・何とか、それに見合う成果を出さないと」
ミラはそう言いながら小さく頷き、手をその決意の様に固く握る。
「ま、でも焦る事は無いぜ!ミラだって帝国から出てきた時と比べりゃ随分と魔法の腕も上がったみたいだしさ!杖も馴染んで来たんだろ?」
「えぇ、皆のお陰でね。でも杖が咲くのはまだ先みたいね・・・」
そう言いながら掲げられたミラの杖に全員の視線が向く。ミラの杖は最初に見た時よりも幾分白っぽくなっていて、先端の蔦が捻じ曲がりながら楕円を描いた部分が少しだけ緩くなった様に見える。いずれは先端が開いて花の様になるのかと予感させた。
「ま、簡単に行っちゃ、間にもう一つ職人が挟まる必要がないしな。仕方ないさ」
「それもそうですね・・・うん、もっと頑張らなくちゃ」
そう言ってミラは残っていた果物、乾燥させたものを口に入れる。意外、というのもあれだがミラは行動的だし、結構前向きだ。まぁ、そうでなけれな帝国の皇女の身分で亡命まがいの事はしない。だから少し落ち込むような事があっても直ぐに立ちあがって前を向く。個人的には彼女の好ましい部分だ。今は大分慣れたが旅だって彼女の心が折れたら終わりという思ったより薄氷の上にある。だから彼女のやる気が減りにくいのは有難かった。
「プロトはミラと比べると結構変化があるよな」
杖の話になったからプロトの杖も気になった。彼は今、杖を二本持っていて元々持っていた方と状況に併せて使い分けている。
「うん。凄く良く馴染む、って言えばいいのかな?魔力の通りがどんどん良くなるから、そんなに掛かんないと思う」
そう言って掲げられた長杖はエレガントな茶色と言いたくなる色合いで先端の弧を描いた部分の中央にある飾りも星の輝きを絵で表したような菱形に変わってきていた。ミラと比べるとかなり変化が速く、明らかだ。もしかしたら彼の生い立ちも影響しているかもしれないが、それ以上にプロトが魔法を使う頻度が高いのもあるだろう。流石に怪我もしていないのに聖魔法を使う訳には行かない。それと比べれば魔物との戦闘でもどんどん使えるプロトの方が成長が速いのは当たり前だった。
「そっか。なら俺ももっと頑張んないとなぁ・・・」
二人の目に分かる成長を見たせいか、思わず愚痴のように零れる。とはいえ、事実としてまだ成長と呼べるような物を掴めていないのは自分位なものだ。勿論ウィリアムは除くが。
「でも、私とかはほら、初心者だから。ルークが頑張っているのは知ってるし、そのままで良いんじゃない?」
ミラがそう言ってくれるのはすごく嬉しいが、やっぱり一人の男としてはもっと頼られる様な力が欲しいとも思ってしまう。
「・・・お前はもっと、自分を活かせ。吾輩では模擬戦は出来ても成長の手がかりはわからん。お前だけの物を見つけろ」
ウィリアムが口を開く。どこかそっけない感じもするが彼なりの励ましなのは分かってきた。まぁ、今だに良い関係とは言えないだけにそんなもんだとも思う。
「ま、そりゃ俺はそんなゴツく無いしなぁ。獣種みたいには行かないよな」
自分の手を見る。毛の一本も無ければ子供の胴体ほどの腕もない。非力とまでは行かないが特徴のない手だ。せめて強靭な爪の一本でもあればなぁと思うが無い物は仕方ない。ウィリアムの言う通り、何者でもない自分は自分だけのスタイルを確立させなきゃいけないだろう。
「でも、ルークも頑張っているもの!大丈夫よ!」
「そうだよ!ボクも一杯助けて貰ったから、ルークは強いよ!」
「ありがとう、二人とも。でも、もっと強くなりたいんだ」
ミラとプロトの言葉は本音であると分かるだけに有難くも、自分自身が無力を感じるだけに少しだけ、刺のように胸の奥に刺さる。日に日に、分かってしまう。特徴が無いことが、何かに特化出来ない事が、今は苦しかった。いっそ何でも出来たのなら、いやいっそ、何か一つ、誰にも負けない、そう言える物があったのならこんな悩む事は無かったのに、そう思ってしまった。
楽しくも、自分勝手にダメージを受けてしまった夕飯も終わり、一人焚き火の前で夜番をする。普通なら相方を作るがなんだか一人で考えたい思いもあって他の三人には寝てもらった。一人になると思い浮かぶのは不安ばかりだ。それが夜となればより一層、深みに嵌って抜け出せなくなりそうに思え、焚き火の爆ぜる音に何度も視線を向けることで嵌ってしまうのを避けていた。
空は満天の星空だ。どんなにその道を極めた芸術家や職人であっても模倣できない様な美しい夜空が今だけは膝を抱える自分を笑っている様にさえ思えた。星々はきっと生まれた時から役目があって、それを全うしているに違いなく、それが見つからない自分を見て憐れんでいるのだとさえ思えた。
「・・・俺は誰なんだろうなぁ」
一人、ぼやく。いつもの言いなれてしまった疑問と言葉が口をついて零れだす。同時に思ってはいけないことだと思いはするがプロトが少しだけ羨ましかった。彼の生い立ちが、役目が彼にそぐわない形とは言え、あったのだ。そして今や彼は自分の意思で歩き始めた。迷いは沢山ある様に見えた。話してはくれていないがぼんやりとする時間が増えたのだからきっとそうだろう。特に兄弟とも言える相手とあった後は特にそうだ。でも、彼は自分が誰で、何の目的で生まれたのかをある意味では知って、それから自分の道を歩き始めたのだ。それが羨ましくないかといえば嘘になってしまう。勿論、ミラやウィリアムは言わずもがなだ。再び、自分だけが何処の誰か分からず、同種が見つからない存在になってしまった。その事にもガッカリしなかったかと言えば嘘になる。
「止め止め!考えったってしょうがない」
頭を振って負の方に傾きそうな感情を戻す。自分はプロトの兄貴分で全員の仲間だ。こんな事で悩む姿は見せたくない。特にミラやプロトは今、強く成ろうと藻掻いている時期だ。邪魔はしたくない。自分が藻掻いているだけに特にそう思った。そして無心で焚き火を弄って、次の夜番であるウィリアムとの交代時間を待った。
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