22話
陽の日差しとは違う。真っ白な閃光が辺りを焼いた。拡散し、地面に辿り着いたものは穴を開けるほどに強烈だ。それを見れば本来なら自分も真っ黒に焦げただろうと思えた。そうならなかった理由は単純、ウィリアムが雷を正面から砕いたからだと思う。どのような手法を使ったかまでは分からない。その瞬間はミラとプロトを庇うように飛びついて地面に倒れ込んでいた。そこから直ぐに起き上がり、武器を抜いて振り返った時にはウィリアムが大剣を振りかざしていて、その切っ先に雷が纏わりついていた。だから彼が何かしたのだろうと思った。
「無礼者!一体どのような理由があっての狼藉だ!」
ウィリアムが聞いたこともないような怒声を響かせる。声だけでボロイ建物なら崩れそうな覇気を纏った声は自分に向けられていなくとも腹の底にまで響く。背中越しに彼の鬣が綿毛のように広がるのが見える。きっと正面から見れば花の様にも見えたかもしれない。尤も中心には恐ろしい形相と剥き出しの牙が見えた事だろう。
「・・・ほう、裏切り者ガ、よく吼えル」
強風に煽られた森の様な羽音を立てながら雷を放った者らしき相手の声が聞こえる。逆光のせいで、青空の一部だけを黒く塗りつぶしたような蠢く影は悠々と手の届かない場所で滞空していた。
影だけ見れば大鴉にも見えた。しかし中央の線は人型で、頭には幾分大きいが見慣れた三角帽らしき影があった。そして流暢に喋ってはいるが言葉の最後、嫌な記憶と結びついた片言が耳に障った。だから正体は直ぐに分かった。
「何者かと問うている!それとも返事も出来ぬ阿呆か!?」
それはきっとウィリアムも良く分かっているのだろう。それでも彼の性分か手に持った大剣を影に向かって伸ばし、鋭く言葉を投げかける。しかし以前の個体とは違うのか、それで苛立つような雰囲気は感じられず、虫か小動物の威嚇を見下ろすような雰囲気を感じた。
「カカカッ!吼えるなヨ、獣。そう焦らずとも話位はしてやル」
木の人形を激しく揺らしたような、やや気味の悪い笑い方をした相手は少しだけ高度を下げる。それに併せて相手の姿が良く見える様になった。
下りてきたのはある意味では予想通りの相手だった。以前、船の上でこちらを襲ってきたαによく似た見た目だ。しかしαよりも体が明らかに大きく、プロトがお子さんと言うなら彼は若旦那位のサイズ差がある。黒翼もαより二回りは大きいだろうか。しかしよく見れば足に当たる部分が見えず、擦り切れたローブがユラユラと彼が興した風に舞っている。しかし、それが未完成故の姿には見えなかった。また、口調も大分滑らかだ。αとは比べ物にならない。
「我こそは第二魔道部隊隊長、βダ。以前にαが世話になったらしいナ」
βと名乗った彼は今も怒り心頭と言った具合のウィリアムを前にしながらもその余裕な態度を崩さない。確かに距離がある上に空中というアドバンテージがあるとは言っても以前、自分がウィリアムの前に立った時は正直怖かった。だけどβはまるで自分の方が強いとでも言いたげに堂々としていた。
「αとやらは吾輩は知らぬが・・・成程、お前が皇女様の言う魔道部隊か」
ウィリアムは固い声音で呟く。彼は此処に来てようやくこちらの言っていた相手が本当に存在したことに直面した。しかし驚きの感情は混じってはいなさそうだったのは、仮とは言え証拠があったからか。はたまた、戦場で大きく感情を揺らさないようにしているのかは分からない。
「間違いないぜ。確かにαの奴とそっくりだ」
覚悟を決めて少し前に出ながら話に加わる。するとβは今気が付いた、とでも言いたげに顔をこちらに向ける。その顔はやはりプロトとそっくりだが似ても似つかない何かが、悪意の仮面を着けているように感じた。
「ほうほウ。只の盗人とばかり聞いていたガ、口も利けるらしイ。それともなんダ、我に刃向かおうというのカ?そこの裏切者なら兎もかク、お前何ぞ相手にならんゾ」
今にも腹を抱えて笑いだすのでは無いかと思える態度だ。確かに自分はウィリアムの様に強くはないが侮られる理由もない。
「ハッ、αも同じ事言って結局俺たちにやられたぜ。それともなんだ、魔道部隊ってのは口先の魔法使いの集まりか?」
詐欺師やほら吹きの代名詞のように彼らの部隊名を煽る様に口を開けば少しだけ機嫌を損ねた雰囲気を感じる。良いぞ、もっとだ。もっとこっちに苛立て、そう思いながらにんまりと口端を浮かべる。別に自分だけで勝てるとまでは思わない。勿論、逃げられるとも。でもウィリアムを相手にしても余裕を崩さない相手と真面目に向き合ってやる必要もない。これで隙が生まれればウィリアムもやりやすいだろうという思惑があった。それに今、ウィリアムが向こうに着くとも思えない。
「安い挑発だナ。まぁ良イ。我はお前たちを抹殺するために来たのだかラ」
苛立ちを急速に収めたβは再びウィリアムの方を見やり、ついでとばかりにその後ろにいるミラとプロトの方にも視線を向ける。
「あァ、そう言えば皇女ヨ。お前が我と共に来るのならお前の命は助けてもいイ」
言葉を掛けられたミラは一瞬だけ肩を跳ねさせる。しかし直ぐに頭を振って前へと出てきた。
「貴方の話に私が乗るなどありえません。私は貴方たちの生みの親にこそ用はありますが、お母さまの手に戻ることは無いと知りなさい!」
強く、覚悟の籠った声が響く。しかしβは分かっていた事だったのか動揺はない。それこそ様式美のように口にしただけだ。
「まァ、其処の出来損ないと一緒にいる時点で同じだナ」
「また、俺の友人を出来損ないと呼んだな!木偶人形野郎!」
今度はこっちの頭に血が上る。プロトが、こんな奴に一々出来損ない呼ばわりされる事がずっと腹ただしい。
「魔道部隊長だかなんだか知らねぇが、ちょっと羽が生えた程度で偉ぶりやがって!お前だって足なしの木偶人形じゃないか!直ぐにその羽捥いで、地面に落としてプロトに頭を下げさせてやる!」
手の中で双刃剣を回して肩に乗せる。突然自分が大声を出した事に仲間が僅かな驚愕と視線を向けてきたのが分かるがそれ以上に苛立ちが募る。自分が逆に相手の挑発に、それもきっと想定したわけではないだろう言葉に苛立っているのは滑稽かも知れないが、それでも友人を馬鹿にされて黙っている様な生き方はしてこなかった。
「・・・口は慎めヨ、盗人。・・・よく見れバ、お前も出来損ないの様な見た目だナ?種族の特徴を何も持っていないじゃないカ、何処の生まれダ?」
ベータの言葉に脳が沸騰しそうだ。そんなもん、俺が知りたい位だ。手に力が入り、足が前に出る。しかしその瞬間、頭をに衝撃が走り、痛みがつま先まで響いた。
「イッテェ!?なにしやがんだ!」
目を向ければベータに目を向けたまま呆れたような横顔をしたウィリアムがすぐ傍に立っていた。
「怒りに呑まれるな、ルーク。怒りは力を生みこそすれ、難事を越える力は持たない。ましてやお前一人では無理だ」
その言葉に再び頭の熱が上がりそうになるが痛みが強引に冷静さを引っ張ってくる。うるさい、と思う感情と、最初の雷撃が頭をよぎっては冷静になれと呼びかけても来る。
「ルーク、ボクは大丈夫だよ。だから、一緒に戦おう?」
いつの間にかプロトも近くに来て、自分の服の裾を引いた。その横ではミラも不安そうに、こちらへ顔を向けていた。こんな前まで来たら危ないだろう、とか色々言葉が浮いてくるが口を一度大きく噤む。今、一人で熱くなって飛び出そうとした自分が言っていい事ではない。徐々に熱が冷めると共にそう思えて来た。
「大丈夫、ルーク。私たちは仲間、でしょ?だから一人でやることは無いわ。今度は私も、戦う」
ミラは勇ましく口にすると杖をぎゅっと、胸に抱いてβの方へ向き、プロトは杖を二つ持って同じようにβへ向けた。
「・・・・フゥ。ごめん、それとありがとう。そうだよな。いつもそうだ。俺一人じゃ、いつも上手くいかない。だから力を貸してくれ。アイツの顔が殴りたくてしょうがないんだ。・・・ウィリアムも助けてくれ」
「ふん、吾輩はβなにがしに聞きたいことがあるだけだ」
「もう!ウィリアムったらもう少し上手く言えないの?」
「アハハ・・・」
自分の熱が冷めれば後の三人が気にしてない、とでも言いたげに言葉を吐く。そうだった、俺は一人じゃない。アガパンサス団を離れて何処か寂しい思いもあって、彼らを本当に仲間ともまだ心のどこかで思い切れて無かったのかもしれない。でも、何時だって助けられていたし、助けたいと思うのも本当だ。だから今からやり直す。
「行くぜ。悪いけどウィリアム、お前に前は任せたい。俺じゃアイツの魔法はどうしようも無いからさ」
「良いだろう」
「ミラとプロトはそれぞれの得意な事を、後ろから」
「うん、任せて」
「うん、ボクも、少し怒ってるんだ。だから任せて」
力強い返事が聞こえる。
「後は、俺がアイツの弱点を探して突っつきまわす!それまで頼むぜ!」
「あぁ」「うん!」「分かったよ!」
「・・・茶番は終わりカ?なら行くゾ」
βのその言葉と共に、戦いの火ぶたが切られた。
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