21話
杖を購入した後、ミラとプロトは何処か申し訳なさそうな表情を浮かべながらも興奮を隠せない様子だった。気持ちは分かるだけに苦笑いしながら宿に戻る。ちなみにプロトが元々持っていた杖も彼の背負われている。何せ新しい杖はまだ只の杖だ。本来の力が発揮出来ない状態の物に切り替える事は出来ない。
その二人は宿に戻り次第、新しい杖へ店主に言われた方法で魔力を送り込んでいるらしく、時折楽しそうに会話をしながらベッドに腰かけていた。この手のはプロトが上手く、というか最初から出来るように出来ているからかスムーズだった。新しい杖に完全に切り替わるのも早いだろう。そして夢中になっていた二人に早々に眠る様に声を掛けて明かりを消した。何せ此処は補給の為に立ち寄っただけで長居はしない。明日には出ていく。それが分かっている二人も何処か名残惜しそうにしながら頷いた。
「よかったな、出るときは簡単で」
横目にウィリアムの方を見ながら声を掛ける。アルニカの外、自分たちが入ってきた方とは違って、ある程度切り開かれて道のある場所に出る。こっちはアスケラ王国が他国と隔てる森の反対方向で、アルニカが主に取引をしている小国群のある方だ。だからか車輪の轍もあり、商人のような恰好をした奴が時折通る。ただし道があっても森の中を通るだけあってリスクがある。流石に多くの通行があるわけでは無いらしい。思えばアルニカがどうやって魔物を排除しているのかは分からなかった。まぁ、あの外壁が何とかしているのだろうとは思う。
「やかましい。あれは相手が抜けていただけだ」
自分の言葉にウィリアムは不愉快そうに眉を顰める。まぁ、彼が偶々体がデカすぎただけだ。確かに彼に非はない。でもあの時は中々に愉快だった。暫くは忘れられそうにない。
「ふふ、でもお陰でウィリアムの珍しい姿が見れたもの。彼には感謝してるわ」
「こ、皇女様・・・」
ミラが思い出し笑いを嚙み殺しながら口を開く。そうすれば裏切られたようにウィリアムが肩を落とした。そんなウィリアムを見てミラがまた、面白そうに笑った。
「さて、揶揄うのも止めて行こうぜ。ここからまた遠いからな」
「お前が言うな!」
急かせばウィリアムが忌々しそうに口を開くが飄々と交わし、プロトの背を押しながら前へ行く。
「次はなんて国に行くの?」
それに駆け寄ってきたミラが楽しそうな表情をフードの奥で浮かべながら小首を傾げる。
「次はこの辺りだと結構大きな国だな。サルーグって言う国だ。ここは何度か行ったことがあるな」
「どんな国なの?」
「サルーグは規模だとアスケラとかセイリオスと比べると半分も無いと思うけど、すっごい色んな種族が纏まって過ごしてる国だ。だから区画によって色が大きく違うし、ルールも多様な場所だな。中央の範囲に対して面積が足りてないからか家も凄い高さの物が多い。まぁ、初めてだと結構迷うかな。でも慣れれば色んな国が集まってるようなもんだから、賑やかで楽しいぜ」
「そうなんだ。楽しみだね!」
ミラはサルーグに向けて思いを馳せる。嘗ての記憶を思い出せば結構賑やかな国だったから彼女の願いは叶うだろうとは思う。尤も、国に慣れる前に出ていくことにはなるだろうが。本命は最初からムニオと決まっている。サルーグも大きな国だが此処にはあまり用事もない。おまけに何か事を起そうとするには様々な種族が入り乱れすぎて難しいだろう。思想も文化もまったく違う連中が無理矢理に収まっているのだ。国とは言っても纏まりはなく、普段から些細な諍いは多い。それが国民全員分かっているだけに今更国を割る様な諍いは逆に起きにくい。思いのほか上手く回っている国だ。
それから三日も歩けば道らしき物は無くなる。周りには無人の丘陵帯が見渡す限り広がるばかりで、まるで緑の海に自分たちが呑み込まれた様にも思えてしまう。アルニカの周囲は本当に何も無いようで、森に住む者以外はもっと住みやすい場所で、それこそ今向かっているサルーグ等の国に住んでいるようだ。お陰で村の一つも見当たらない。出てくるのは精々魔物位で鬱陶しい。隠れる場所も少ないだけに休むのも一苦労だ。水結晶には余裕があるが、川すら見当たらないこの場所で水が切れたら完全に詰むとしか思えない。飛空艇が出てくる前の旅が如何に過酷で、それに向いた種族、特に獣種で健脚な奴らが幅を利かせたというのも納得だ。
「ふう、木があって良かった」
無人の丘陵帯を行く最中、陽が頂点にも来ると突き刺すような日差しが降り注ぐ。いくら優秀な外套とは言っても暑さが中で籠りだせば鬱陶しい。おまけに汗も酷く、服に張り付いて気持ちが悪い。こんな中、歩けば無駄に体力が失われると思い、偶々見つけた木の木陰に全員で潜り込んだ。
「本当に・・・そうね」
ミラは膝を抱えるようにして座り込んでおり、新しく買った杖は本来の役目ではなく、歩行補助装置になっていた。人気が無いこともあって外套は脱ぎ捨てられ、キツイ陽にも負けない彼女の美貌が露わになっていた。もっとも表情は曇りだ。今もウィリアムがせっせと水を用意して彼女に渡している。
「やっぱり厳しい、の?」
そんな中、プロトだけはピンピンとしていた。汗をかく様な事はなく、どんな時も変わらない。帝国領を抜ける際の洞窟も寒さを感じてはいなかったし、今も暑さを感じてはいないようだ。
「あぁ、大分な。せめて雲でもありゃぁな・・・」
葉の隙間を透かすように見上げれば何処までも突き抜ける様な空だ。きっと今日の夜は星も良く見えるだろうと思うぐらいだ。
「プロト殿はやはり、こういった暑さは感じられない、のか」
「うん。ボクは温度ってのは良く分からない、かなぁ・・・」
ウィリアムが呟くようにして零した言葉をプロトが拾う。流石のウィリアムも暑そうにしていて、汗が自慢の鬣に絡んで宝石を散りばめたように時折反射する。
「う~ん、羨ましいような、そうでないような」
完全に寝転がってしまう。どうせ直ぐに歩き出す訳にはいかない。体力も無限ではない。なら上手く使うべきだ。
「そう?ボクは・・・皆が羨ましい、かな」
「羨ましい、ですか?」
ミラの言葉に小さく頷いてからプロトがやや上を向く。何かに思いを馳せる様な、そんな雰囲気だ。
「うん。今まで、そんな事思ったこと、無いんだけどね。でも、皆と旅してると皆が感じる事が感じられないのが少し・・・寂しいかなって、思うんだ」
「・・・・」
プロトの呟きに返す言葉が直ぐには見つからなかった。プロトが時折、何か悩むような雰囲気を出しているのは知っていたが、そこまで思いつめている様には見えなかった。彼自身、結構明るい性格なのもあって、寂しいと零す彼は普段とは違って見えた。
「あ、でもそんな気にしないでよ。ボクもよく、分かってないんだ。寂しい、ってのも合ってるか分からないし、ね?」
天気とは裏腹に暗くなってしまった雰囲気に気が付いたのか、はたまたそうでないのか。分からないがプロトはいつもの温度の口調に戻ってしまう。声を返すタイミングを逃した、とは思ったが蒸し返すのも、なんだが気が引ける、そんな空気になってしまった。プロト自身もそんなこっちを見て、不思議そうに首を傾げている。
微妙な空気になってしまい、どうしたもんかと一度目を閉じた時だった。ずっとミラの世話を焼いていたウィリアムが急に後ろを振り返る。
「どした?魔物か?」
彼が警戒を露わにする時はいつも襲撃がある時だ。ただし彼だけで対応出来そうな時は此処迄派手に動くことは無かっただけに気になった。
「・・・何かが来る。準備しろ」
いつもより一段低い声、今にも獣種らしい唸り声でも聞こえそうな程に歪んだ口元は初めて見た。ここに来てかなりの異常だと分かる。少なくとも旅人や傭兵集団、または単なる魔物ではない。
「分からん。だが、空からだ。間違いなく、こっちへ来るぞ。皇女様、プロト殿、申し訳ありませんが直ぐに動ける用意を。ルーク、お前も早くしろ。直ぐに来るぞ!」
ボリュームが上がる。間違いない。急いで飛び上がり、武器を手にする。そしてウィリアムの近くに駆け寄って彼の見ている方を見上げる。
「あれは・・・」
天に一点、黒い影。見覚えがある。この感じは間違いない。外れてくれと思うがその望みとは裏腹に真っすぐこちらへ黒い点が落下してきていた。
「来るぞ!吾輩が防ぐ!」
次の瞬間、ウィリアムが木陰から飛び出し、落ちてくる黒点とまっ直ぐに向き合う。その直後、快晴にも関わらず、落雷が轟音と共に降り注いだ。
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