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A new Era  作者: ラー
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5話

「何とかなったぁ!」

ずっと体にあった緊張感を勢いよく吐き出して歓喜を口にする。侵入した部屋から出た後、警備の目を潜りながら小走りに階段を下って行くのは思いのほか精神を削った。行きとは違い、口と立ち回りのうまいアッシュが居ないことと、明らかにその場にそぐわない人物を引き連れていることもあって警備とすれ違う事も許されないのは困難を極めた。流石に下級騎士、最悪ただの兵士くらいにしか見えない装備を着た奴が城内部で明らかに高位の者を1人で案内することはない。特に階下は質こそ上層には敵わないがその分人の数が多く、結果として最難関だったと言えた。特に最後は隠れるような場所が無い、開けた中庭のような場所を真っすぐに通り抜ける必要があった。そこ自体はずっと監視の目が有るわけではないが定期的に通る警備の目があり、運が悪ければ正面からばったり、という可能性も十分だった。こういった緊張感は独特で、一番疲れたタイミングな事もあって息が詰まった。

結局その時には敢えて奪った鎧を脱ぎ捨ててから、荷物のように見せ掛け、団の裏方がショーの荷物を運んでいますと言いたげな雰囲気を出しながら歩くことになった。実際に荷物置き場が近い、ということを加味しての作戦だった。その際にはミラに鎧の一部を持たせて、自分は私服の一番上を脱いで中に残りの鎧を入れておくことで大荷物の様な雰囲気を出しながら顔を隠しながら歩いた。これで最悪、警備とすれ違っても勝手に誤解してくれる可能性に賭けたのだ。こうして何とか安全圏に彼女を連れてくることに成功した。

「姫さんもお疲れ。あ、その鎧はそっちに投げといていいぜ。もう使わないしな。後は団長に会いに行こう」

緊張で縮こまった体を伸ばしてから彼女の方へと振り向く。彼女は首を縦に振った後、丁寧に鎧を荷物が積み重なった方へと置く。彼女の育ちの良さが節々で感じられる。

「ようルーク、ギリギリだな!」

「アッシュ!お前も無事だったのか」

背中越しに一緒に潜入したアッシュの声が聞こえて振り向く。アッシュの恰好はいつものではなくて既にこの後の舞台に立つ衣装を着こんでいた。潜入の疲れを感じさせないあたり、結構早くに城から抜け出したようだった。

「当然だろ。それより、そっちに居るのが皇女さまか?」

「あぁ、ミラって言うんだ。アッシュ、ボスはどこにいる?会わせたほうがいいだろう?」

「ボスか・・・よし、俺が呼んできてやるよ。それよりお前も用意したほうがいい。直ぐに出番だぞ」

「やっぱり?ならボスが来てからにするよ。大丈夫だとは思うけど1人にするのもあれだろ?」

そう言えば「それもそうだな」とアッシュは頷き、ボスが居るだろう方へと小走りに去っていく。

「今から、俺たちのボスが来るからさ、その指示を聞いてくれ。俺はこれから舞台に立たなきゃいけないからさ」

「・・・舞台に出るのですか?」

彼女の琴線に引っかかるものがあったのか、ミラはそう言いながら興味深そうに小首を傾げる。

「あぁ、さっき喋ってたアッシュと剣劇をするんだ。ボスが見て良いって言ったら見られるかもな」

「そうですか・・・それは少し見てみたいですね」

ミラはそう言いながら思案するように顎へと手を当てる。しかし自分で言った事だが彼女の願いが叶うとはあまり思えなかった。舞台裏は自分たちが自由に使ってはいるが必ずしも監視が無いとは言えない。おまけに事がバレて強制捜査が行われるようなら彼女は最重要人物だ。安全策を取りたいだろうボスからすれば危険を増やして迄、舞台を見られるようにするとは思い難かった。


そうして暫くの間、雑談に花を咲かせていると2人分の足音が聞こえて振り返る。やってきたのは粧し込んだボスと呼びに行ったアッシュで小走りにやってくるのが見えた。そしてアッシュは指で衣装場の方を指さしている。

「来たな。俺はもう着替えなくちゃいけないからお別れだ。ま、ボスは良い人だから安心してくれ」

そう言いながら背を向けるとミラが「あっ」と声を出したのが聞こえて首だけ振り返る。

「あの、そういえばここまでありがとうございました」

そう言って丁寧な、それこそ初めて部屋であった時と同様に頭を下げた。

「良いってことよ。仕事だからな。それじゃ頑張ってくれ」

今度は彼女の返事を待つことなく、急いで演目の準備へと向かった。自分の本番はまだ続く。緩んだ気を引き締め直さなければならない。


「変なところは・・・ないな」

衣装を担当している仲間に手伝って貰いながら急いで着た衣装を確認する。大きく動くこともあって左程飾りが多かったり、着るのが大変な服ではない。それに観客から細かいところが見えるかと問われれば見えないだろうが万が一、解れや切れ目が有って、衣装が大きく損傷すれば事だ。直すことはもう無理だがそれでも分かっていれば対処は出来る。

そして一通り確認を終えると背中の剣を弄びながらため息を吐く。舞台上では再びボスが観客に向けて声を張り上げており、自分たちの演目の紹介をしているのが耳に届く。

「緊張してんのか?」

横にやってきたアッシュが揶揄うように声を掛けてくる。

「城から脱出するほうが緊張した」

流石にミラを抱えたままの命懸けの降下作戦の方が遥かに緊張感があった。出来れば二度としたいとは思えない。それに反して今からするのは練習成果を出すだけだ。しっかりと準備した剣劇は観客が多い程度で緊張などしない。あるのは高揚感だけだ。

「違いねぇな!俺も帰りにあの騎士団長とすれ違ったときは終わりかと思ったぜ」

そう言いながらアッシュはケラケラと笑う。

「なんも無かったのか?」

騎士団長の事は一切詳しくないが遠目に見た感じで言えばすれ違うだけでもリスキーな存在に見えた。

「いや、訝し気に見られる程度で済んだ。まぁちょっと遠くだったからな。でももう少し近かったら声でも掛けられたかもなぁ・・・思わず肝が冷えた。流石は帝国の2枚看板だ」

アッシュは肩をすくめて手のひらを上に向ける。この手の技量があるアッシュがそう言うのであればやはり侮れない人物だと確信できる。まぁ、そうでなければ帝国騎士団のトップに立つことなどできない。今回は実に運が良かった。やっぱり2度とない幸運だ。

「ま、もう会うことはないだろ。流石に接点が無さすぎるからな」

「そりゃそうだ。無事に帝国から出られるよう、祈っとくぜ」

そんな軽口を叩いていると遂にボスの前口上が終わり、大きな拍手が鳴り響く。自分たちを呼び込む手囃子だ。一度だけ目を閉じて深呼吸、そうすれば頭の中が切り替わる。

「じゃぁ行くか」

アッシュの呟きに頷き、互いの拳を軽くぶつけ合った。


カンカンカン、劇場のど真ん中、金属が勢いよくぶつかり合う音が響く。音の正体は当然、自分とアッシュの武器が火花を散らし合っているからだった。

「ハァァ!!」

大袈裟に、威勢の良い声を出しながらアッシュへと切りかかる。自分の持っている剣は少しばかり珍しい型の武器で剣と言うよりは槍の分類に入れられる両剣、双刃剣等と呼ばれるものだ。一本の棒の両先端に剣が取り付けられたもので、今使っているのは蝙蝠の羽の様な形をした刃が左右反転した形で取り付けられていた。

それなりに重量もあるがその重量がいい具合に遠心力を作り出し、それを活かす形で派手な動きを繰り出す。必然、大振りになるため、相手からすれば受けやすく、観客からすれば見やすい。そして双刃剣を地面に突き刺してポールダンスのようにクルクルと、直線だけでない動きを取り入れてやれば華が出る。そこに自分の身軽さを生かした蹴り主体の格闘技擬きを入れれば緩急も出て舞台映え、という意味ではかなり受けが良かった。勿論、今手にしているのは舞台用の物で普段使いの物と比べれば不要な装飾があり、刃も潰している。動きも実戦ではこんな派手な動きはしない。しかしここは舞台で戦場ではない。いかに観客の目を楽しませるかが大事だった。

そんな自分の演舞染みた動きに対してアッシュは少し刃渡りの長いロングソードを巧みに使って攻撃を受け流し、手数の自分に対して一撃の重さと鋭さを活かした様な反撃をしてくる。アッシュの剣は騎士たちが使う技術とは離れており、どちらかといえば実戦の中で磨かれたもので、一対多数で戦うアッシュなりの魔物を相手にする技術だった。構えて見定める。そして一撃で確実に仕留めていく、そんな動きが意外なことに舞台映えして、まるでその道の玄人のようにも見えることから剣劇に使われていた。勿論、これをギリギリで避ければ避けるほどに、観客の声は大きくなる。


(そろそろ、回るぞ)

何度目かの鍔迫り合いの最中、アイコンタクトでアッシュがそう告げてくる。今回は事前の打ち合わせで舞台の大きさから考えて、中央で打ち合うだけでは場所が勿体ないという結論に至った。そしてどうせなら観客の真ん前でやろうと言う話になり、観客席前にある通路を2人で駆け回りながら剣劇をやることになった。

アイコンタクトを切っ掛けにしてアッシュに押し負けるような形で大きく後ろへ飛びのいていく。当然、派手な動きは欠かさず、観客の目を一気に奪うと同時に観客席の、舞台よりも少しだけ高い客席前の通路へと飛び移り、見栄えするように大きな動作でアッシュへと挑発をする。そうすればアッシュは挑発に乗ってきたような動きをする。それは観客からするとそれこそアドリブでこれが始まった、そんな印象を与え、その勢いと歓声を背にしたアッシュが同じ通路へと飛び移ってくる。

観客によって湧いた熱を冷まさないうちに剣劇を再開する。いきなり目の前で剣劇が始まった観客はこれに大喜びしたのか歓声を何倍にも膨れさせながら手に持ったおひねりを舞台のほうへと飛ばす。これらは裏方の人間がきっちりと回収している。そして遠くからは早くこっちまで来てくれと叫んでいるようにも感じられた。

本業は盗賊、というよりも何でも屋のようなものではあるが、こういった興行はやはり好きで、歓声を浴びるたびに気分が高揚していく。その高ぶった感情の儘にアッシュと切り結ぶ。踊る様に、舞うように、戦士のようにも暗殺者のようにも見えるように武器と体を動かしていればあっという間に舞台の外周を一周して再び舞台に降りて中央へ戻ってくる。そして切りの良いところで相打ったように見せかけ、剣劇を終わらせた。それから額の汗を拭い、歓声冷めやらぬ観客へ礼をひとつ、そうすれば万雷の拍手で演目が閉じられた。


「あぁ、やり切った!」

息が切れる。演目の間はなんとも思わなかったが終わってしまえば口を大きく開けて呼吸をしていた。額どころか全身にびっしょりと汗をかいていて、どこか気怠い重さが全身を支配していた。しかし成し遂げた、という感覚がどこまでも心地がよかった。

「戻るぞ」

同じように息を荒げながら手を観客へと振っていたアッシュが小声で話しかけてくる。それに頷き、2人して再び頭を下げてから舞台を去る。

「ハァ、上手くいったんじゃないか!」

観客の熱に当てられたように声が大きくなってしまった。しかしそれぐらいに上手くいった手ごたえがあった。

「そうだな。それより荷物の準備、しとけよ」

自分の言葉にアッシュは軽い感じで答えると声を顰めて耳元に寄ってきた。

「・・・もしかしたら姫さんがいなくなったのがバレたかもしれない」

その言葉に冷や水を浴びせられたように背筋が凍える。なにか大きな失態をしていないか思い返すがこれといって思い当たらない。あるとすればロープが燃えているのを見られたか、あるいは移動しているのを遠目に見られて怪しまれたか、だ。しかし特殊な魔物の素材を使って作った特別なロープは火花ひとつ散らさずに燃え切ったはずで、周囲への警戒も十二分にしたつもりだった。

「剣劇の最後のほうだが騎士が慌ただしくしていた。あれが俺たちが寝かした奴らが見つかっただけなら良いが、最悪姫さんの安全確認で部屋に入られた可能性まで見た方が良いだろう。俺はボスにちょっと言ってくるから、お前は他の主要メンバーに伝えて備えるように伝えておいてくれ」

アッシュのその言葉に頷く。少なくとも冗談でそんな事を言う奴ではない。であれば騎士が慌ただしそうにしていたのは当然として別の、どこか思い当たる事があったのだろうと容易に想像は着く。何より、警備の突破はそこそこ強引だったのだ、そこから連想される可能性位はあった。


アッシュと別れた後、軽く汗を拭いてからいつもの格好に着替え、アッシュの言葉を伝えて回る。そうすれば他の面々も慣れたもの、バレないように逃走の為の準備を始める。具体的に言えば絶対に持って帰らなければならない物だけは船内に、最悪置いといて良いものは怪しまれないようにそのまま放置する形だ。これから最後に全員揃っての挨拶もある。その時間まではボスがお喋りで多少時間を稼ぎ、準備が終わり次第、全員で挨拶をして、ボスの判断で直ぐに出発するかが決まる。しかし、アッシュの勘はよく当たる。なんとなくであるが夜逃げする形になるだろう、そんな空気が仲間内には流れていてそれを見張りの騎士に悟られないように平静を装った。

良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。

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